そうだ! これはスカウトだ!(6)
「……後、お兄様の動体視力も純粋にとてもつもないです。常人の100倍程度はあります。普通の人の0.01秒の動きが、お兄様にとって1秒を見てる様なレベルです。一国を亡ぼす程度の能力と言うのは伊達ではありません。有名になると死にますが」
最後さえなければ、申し分なかった。
「本当……そこだよな」
亜明の言葉に、リリアは底なしの溜息を吐き出して同意する。
「うん、分かるよ……はぁ」
程なくして、セシアも思い切り同意していた。
「はてさて、これらの説明を元に言いますと、お兄様は時間の流れすらも相対的に遅くしてしまう動きでサーベルタイガーへと向かい、突進切りからの斬り上げ、斬り下ろして突き、斬り返しからの斬り上げ斬り落とし、十字斬りして回転斬り……更に旋回ループでステップを踏んで斬り上げ斬り下ろし、二連突き、回転斬り、大回転斬りしてます。つまるに16連撃を浴びせてます。細切れになる訳ですね」
亜明は軽い口調で言う。
「………」
「………」
リリアとセシアの二人の口がポッカリ開いた。
説明を聞いた上で、一応の理解はしたが、納得は出来ない。
一体、なにをどぉぉぉぉすればそんなおかしな事を可能に出来ると言うのだろうか?
「最終的な結論を述べます。お兄様は私が居たのでサーベルタイガーを1マイクロ秒で片付けました。お兄様、愛してる」
「いや、そこは違うだろ!」
顔を赤らめて言う亜明を前に、リリアは秒で反発した。
間近に居たのは亜明で間違いないのだが、きっとリリアが近くにいても、同じ事をしたに違いないのだから。
「そうだよ亜明さん! そこは姫である私が傍にいた為、勇敢なる騎士として私を守る為に雄太が動いたに違いないのだから!」
そこから三秒程度遅れてセシアも反論していた。
同じ冒険者として同行している筈なのに、何故か勇敢な騎士へと昇格している雄太がいた。
「何を言ってるのです? 皆さん? お兄様の思考は一番に私です。二番も私です。私のワンツーフィニッシュです! そこから、猫のポチと犬のタマが居ます! これが三番と四番!」
「待って! 猫と犬の名前がおかしいよ! 亜明さん!」
真剣な顔で叫ぶ亜明に、セシアがすかさずツッコミを入れていた。
ツッコミは正確だったけど、なんかズレていた。
「リリアさんは……そうですね? 一万九千八百光年程度の順番にならあるかも知れません」
亜明は背景に「えっへん!」って感じの文字を無駄にでっかく書いた上で胸を張っていた。
どうでも良いけど、光年は距離だった。
「ちょっと待って? あの……私は? リリアさんが19800光年と言う、お手頃価格な距離なのは理解出来ますが、私が居ないのですが?」
そこでセシアがイラっとした顔で亜明へと尋ねる。
直後「オイッ! 私が198000光年で良いわけないだろ!」って感じの喚き声をセシアに向かって浴びせていたが、華麗にスルーしていた。
「そうですね? では39万AU程度にして置きましょうか?」
「もっと遠くなってませんか!」
「いえ違います、1AUは一億五千万キロしかありません。一万光年より近いですよ? 良かったですね!」
それは良いのだろうか?
「良かった! リリアさんに勝ってる!」
セシアは感涙していた。
……本当にそれで良いのか? セシアさんよ。
「……はは」
雄太は苦笑していた。
正直、亜明にツッコミを入れてやりたい気持ちで一杯だったが……余計な事を口にすると、セシアとリリアの意識が雄太にやって来るのは必然だ。
……君子危うきに近寄らず。
万年平社員にとって、この言葉は座右の銘にも等しかったのである。
ズシィィィンッッッ!
他愛のない会話を交わす三人に、ひたすら苦笑する事しか出来なかった雄太が居た頃、周囲に地響きにも近い音がやって来る。
一体、何が起こったのだろうと、音がした方向へと目を向けると……そこには体長五メートルはあるだろう、紅蓮の鱗に覆われた巨大なドラゴンの姿が。
果たして。
「……う~ん。なんだろうなぁ。タケノコを掘り起こすだけのクエストだって言うのに、ここはちょっと危険なモンスターが多過ぎなんじゃ?」
「そうですね。ここは冒険者協会に、探査の申請を出した方が良いかも知れません……あ、私達が出すと面倒なので、ここはリリアさんに申請書を出して頂きましょう」
雄太と亜明の二人は、悠長にドラゴンを見据えていた。
もう、能天気過ぎてリリアすらもポカーンと呆気に取られてしまうレベルだった。
しかしながら、雄太と亜明の二人が悠長に事を構えている理由は、リリアとセシアの二人にも、ある程度の察しがついている。
全員の前までやって来たドラゴンが微動だにしなくなった事で、全ての理由に察しが付いてしまったのだ。
つまるに……さっきと同じである。
「参考までに……このドラゴンは、どの程度の斬撃を受けてますか?」
「ザックリと答えだけを申しますと……100連撃ぐらいでしょうか? やっぱりお兄様は素敵です!」
一応の質問をするセシアに、亜明はうっとりとした乙女の笑顔で返答していた。