そうだ! これはスカウトだ!(5)
「そ、それは……どう言う……っ!」
不思議そうな顔になり、リリアへと質問しようとしたセシアがいた所で、その答えが出た。
リリアの口から出されるまでもなく、結果としてセシアの眼前へと、その答えが示されたからだ。
茂みの中から突き出す様に出現したサーベルタイガーは、全く微動だにせず……そのままピクリとも身体を動かす事がなかった。
思えば、この時点で不自然極まる行為と言えた。
獰猛な性質を持つサーベルタイガーが冒険者を発見したのであれば、なんらかの好戦的なアクションを取るのは必定だ。
茂みの中から飛び出して来ては、間近にいた雄太と亜明の二人を襲う程度の事は当然やってのけるだろう。
しかし、それをやらなかった。
茂みの中から颯爽と登場し……沈黙していたのだ。
果たして、サーベルタイガーはバラバラになった。
「な、なにが起きたのですか?」
あたかも割れた小瓶の様に、無秩序にバラバラとなって地面に落ちたサーベルタイガーの残骸を見て、セシアは呆然となりながらも口を動かしてみせる。
その問いかけに答えたのは亜明だ。
「どうしてそうなったのか? 良いでしょう? 良いでしょう! 亜明さんがお答え致します! お兄様の超加速はそんじゃそこらの超加速とは大きく異なります。通常、加速と言うのは? 一定の運動があって起こる物です。走って前に進むと、進む速さの運動エネルギーによって前に進みます。これが一定方向に進むベクトルであり、このベクトルこそが前に進む推進力……加速です」
言うなり亜明は、虚空に加速についての図解を書いてみせる。
毎回思うが、芸が細かいと言うか、何と言うか……良くやる物だ。
「この加速は、一定の速度に到達すると、元来ある時空の法則から逸脱して行きます。ザックリ言うと、光速の99%程度まで行けば、明らかに時間のずれが生じたりします。100%になってしまえば、時間の流れは限りなくゼロです。もう止まってます、うんストップ状態」
説明調の声を軽く吐き出しつつ、亜明は間近にいるセシアに向かって文字を書いて行く。
矢印を書いて、その上に「スーパー加速!」と書いては、その下に「加速するだけ時間が遅くなる」と言う感じの文言を付け足していた。
「それでは、実際に時間が止まっているのかと言うと? もちろんそんな訳ではありません。加速をしている存在も、静止している存在も時間の流れは等しく流れております。相対的に見て同時なのです」
そう答えながら、今度は「時間はどちらも一緒!」と言う文言を付け足す。
なんとも面妖な講義が始まってしまった訳なのだが、セシアは真面目に亜明の話を聞いていた。
見れば、リリアも真剣に亜明の言葉に耳を傾け、虚空に描かれた文字をしっかりメモまでしている。
これには雄太も苦笑しか出来なかった。
別に、そこまでマジにならんでも良い様な話だろうに。
「しかし、同じ時間にしてしまうと?……実は、相対的に同じにするのに矛盾が生じます。加速している存在の速さに対し、静止している相手から見える速さ……厳密には、その距離に矛盾が生じるのです。秒速29万キロ程度まで到達すると、秒速29万キロ進んでいなければならない筈なのに、静止している側からすると実はそこまで到達していなかったりします。なんとも不思議な話ですね!」
言ってから亜明は「秒速29万キロ」と書いてから矢印を引っ張り、矢印の上に「一秒後」と書く。
矢印の先に「29万キロ先の場所」と書いた上で、バッテンマークを作り、実際には一秒後に到達出来ていないと記す。
ここ、テストに出ます!……って感じの赤い文字もあったけど、そこは全員気にしなかった。
だって、そんなテストがある訳ないんだもの。
「この不思議な矛盾の帳尻合わせをする為に「加速している側の時間が遅くなる」と言う、この世界の大前提を覆さない為の特殊な作用が発生します。秒速29万キロを「加速側の体感で2秒」だったとしても「静止してる側の体感では1秒」にする為、相対的に加速してる方の時間が遅く、静止してる側の時間が早くなります……正確にはそう見えます。最終的には同じ時間の流れなのですが、相対的には全く違う時間の流れが、結果として生まれる訳なのです」
言いながら、亜明は虚空に文字を描いて行く。
最終的に「詳しい加速と静止の相対性はアインシュ〇インに聞け!」と、丸投げスペシャルな文字を書いてたけど、取り敢えず気にしない事にした。
「これが、先程のお兄様が行った超加速です。きっとお兄様の時間は、周囲の静止している人と相対的に見れば100分の1程度の時間の流れだったでしょう……まぁ、等しく同じ時間の流れに「理の上では」なるのでしょうが」
「なるほど……本来ある速さと距離を同じくする為に、時間が変わるのか……これは不思議な話だ」
亜明ちゃん講座(?)に、リリアは「へぇ~!」って感じの顔を作りながらもメモを取っていた。
結構興味を持ってくれた模様だ。
雄太的な感覚からすれば、そこまで興味をそそられる様な代物には見えなかったのだが。
他方のセシアも真剣その物で、亜明の話をしっかり聞いている。
……もしかして、異世界人の心には深くぶっ刺さる内容だったのかも知れない。
知らんけど。