そうだ! 世直しをしよう!(26)
どうして良いか分からない。
何をして良いのかも分からない。
故に、あの場所に居る事も……出来ない。
姉は自分とは違い、自ら悪役を演じてでも他の人間を幸福にしようと真剣に考えられる様な人間だ。
ナーザスの受け売りになってしまうが、まさに偽悪者の聖女だ。
そんな姉の気持ちを全て看破した上で告白したナーザスも凄いと思う。
極論からして、自分の事しか見えてなかった自分は……身体だけ大きくなった、単なる子供だったのかも知れない。
そう考えると……もう、心の中には劣等感しか芽生えなくて。
どう足掻いても、姉には勝てなくて。
どう足掻いても、ナーザスの気持ちを姉から取り戻す事なんて出来ない。
……否、違う。
そもそも、ナーザスの気持ちはずっと姉にあったのだろう。
「本当……なにやってんだろう……私」
「えぇとぉ……姫様、大丈夫ですか?」
傷心の中、城の敷地内ギリギリと言えるだろう城壁まで走って来たセシアへと気まずそうに声を掛けるオッサン一人。
雄太だ。
「………え?」
セシアはポカンとなる。
ハッキリ言って意味不明だった。
一応、ボディーガードと言う名目で近くにいた雄太ではあったのだが、ここは王城内だ。
周囲には姫を守ろうとする兵士がわんさか居る状態である。
そして彼女は王族だ。
プラム国・第三王女だ。
臣下の人間でも、かなりの直近でもない限り、そう易々と話しかけても良い存在ではない。
その証拠と言うのも変な話だが、リリアは彼女を追いかけて来なかった。
その場に居合わせ、一部始終を見ているからだろう。
なんて事はない。
単なるクライアントでしかない姫の失恋と、自分の生活とを天秤に掛けたら……選ぶのは自分の生活と言う事だ。
傷心で泣き崩れた王女様に下手な事を言った日には、この街では暮らせなくなるだろうし、酷い場合は命さえない危険性がある。
簡素に言うのなら、王女に余計なお節介を焼いた程度の事で自分の生活が脅かされるのは御免被る……と、こう言う訳で。
しかしながら、何故かここに居るのだ。
「あの……何をしに来たのですか?」
「そうですね? 何をしに来たんでしょう?」
「こっちが知りたいんですが!」
しかも、意味不明な台詞まで言う始末。
本当に何がしたいんだ? コイツは?……なんぞと思うセシアがいた。
「とりあえず……そうですね? 実は俺もビックリするぐらいド派手に失恋した事があるんですよ、これが。あはははは!」
しばらくして、少し考える様な仕草を見せてから雄太は答えた。
「………は、はぁ? そうですか」
セシアは眉を捩って声を返す。
やっぱり意味不明だった。
正直、耳を傾ける必要もない気がしたのだが、
「一応……聞いてあげます」
なんとなく、思った。
王族を相手に、ここまでおかしな態度を取る不思議な平民と会話をする事なんて、もう二度とないのではないだろうか?……と。
きっと、それは単なる好奇心。
単なる気紛れにも似た思考だ。
可能であるのなら、もっと違うタイミングであった方が嬉しかった……と言うのが、セシアなりの考えではあったのだが、舞台や演劇じゃあるまいし、自分の思った通りのタイミングでキッチリ思った様になるなんてあり得ない。
自分の思い通りにはならないのが現実……と言う、悲しい事実をさっき思い知らされたばかりなのだから。
思って彼女は、雄太の話に耳を傾けた。
「じゃあ、話して下さいな?……あ、あんまり長いのはダメですよ? 私も暇ではありませんから」
「そうですね? では、手短に。それは今から23年ぐらい前の話です」
両腕を組み、嘆息にも近い吐息を口から吐き出して言うセシアに、雄太は苦笑交じりのまま話を始めた。
「当時、俺は22歳で、大学三年でした。大して有名な大学ではなかったんですが……それでも一浪してます。昔から要領の悪い人間でして……バイトしながら仕送りで足りない生活費を補いつつ、それでも呑気に暮らしてました」
「バイト?……良く分かりませんが何かの御職業なのですか?」
雄太の言葉に、セシアはキョトンとした顔で声を返す。
どうやら、この世界にはバイトと言う単語が存在しなかった模様だ。
「職業……と言うか、そうですね? 大体はあってます。正規雇用ではない準雇用者と言う所です……で、その当時の俺は三年付き合ってた彼女と別れました。本当の意味で」
「……本当の意味?」
苦笑にも近い顔のまま、淡々と口を動かして行く雄太にセシアは軽く眉を捻った。
すると、雄太は首を縦に倒してから言う。
「ええ、本当の意味で……つまり、死別です」
「……っ!」
セシアは息を飲んだ。