そうだ! 世直しをしよう!(25)
「…………………………………え?」
ルフレはポカンとなった。
ナーザスの言ってる意味が分からなかった。
厳密に言うと、そんな台詞を自分の耳に入れる日が来る事になろうとは、本気の本気で来ないと思っていた。
故に、真面目に惚けてしまったのだが……そこから、3・2・1。
「えええええええええええっっっ!」
ルフレはとんでもない勢いで声を荒げた!
きっと今世紀最大の驚きだったに違いない!
異世界だから、世紀の概念があるかどうか分からないけど、ルフレ史上最大の驚きだったに違いない。
「………嘘……でしょ……?」
他方、セシアは呆然としてしまった。
歓喜に沸いていた筈の顔は、一気に絶望色へと転落していた。
「俺はな? お前の素直になれない所が大嫌いでな?……だから、今までは婚姻とか許嫁とか……まぁ、ともかくその手の縁談相手がお前であっても全て無視したし、恋人的な物ですらなりたくもなかった……けどな?」
そこまで答えたナーザスは、更に強い視線をルフレに向けてから、再び口を動かした。
「それ以外は、全部好きだったんだよっ!」
「………っ!」
ナーザスの言葉を耳にし、ルフレは大きく息を飲み……そして赤面した!
脳が沸騰しそうな勢いで、耳まで真っ赤だ!
きっと、心拍数はとんでもない事になっているに違いない。
そんな……口から「はわ……はわわっ!」って感じのうわ言を、切なく吐き出しているルフレがいる中、彼女の心境を知ってか知らずかナーザスは更に言葉を続けて行く。
「この際だから全部言う! 世の中にお人よしは一杯いるけど……お前以上のお人よしは居ない! お前以上に自己犠牲がアイデンティティの人間なんて居ない! 愚直に全てを愛せる奴も居ない! お前は何処の聖女だよ? しかも悪魔になろうとしてる聖女だ! 結局、完全な悪魔になんてなれないクセに、それでも悪魔になろうとしてる偽悪者だ!……誰にも好かれない事を覚悟した悪魔もどきの偽悪者だ!」
淡々と……でも、感受性漲る声音を飛ばすナーザスに、ルフレは目線を下にして聞いていた。
誰かに愛して欲しいとは思わない。
自分のやっている事が正しいと、認めて貰わなくても良い。
清濁併せ吞む覚悟がなければ、この世界は動いてくれない。
それなら、濁の部分を誰かが背負わなければならない。
だから、愛して欲しいとは思わない。
けれど……でも、だけど。
それでも、ルフレは密かに思う。
本当は、自分だって愛して欲しいと思ったんだ!
「だからお前を愛そうと思ったんだ!」
「……っ!!!」
声を張り上げて叫んだナーザスの言葉に……ルフレは息を詰まらせた。
心の何処かへと置き去りにした自分の本心が……切なさが胸をむしばみ、強く大きな動悸としてルフレの心臓を襲った。
実に息苦しく……呼吸の制御さえも難しくなるまでに、言葉を押し出す力さえも失ってしまうまでに辛辣な衝撃だった。
けれど、その衝撃は……とてもとても心地よく、そして……自分が墓場まで持って行こうとした、自分の願望でもあった。
だから……思う。
参ったな、もう……降参するわ……。
「本当、恥ずかしくないのかしら? 私だったら羞恥心で胸が一杯になって卒倒してるわね?……全く、もう」
ゆでだこみたいな顔をしていると言うのに、精一杯の強がりをみせるルフレ。
だが、彼女の強がりもここまでだった。
「私も好きだよ、ナーザス。ううん、違うか?」
少し考える様な仕草を作ったルフレは、そこまで言うと満面の笑みを作ってから言い直す。
「大好き……愛してるんだから!」
そうと大声で断言した彼女は、自分の人生でもとびっきりとなる、最高の笑顔を満面にみせたのだった。
セシアは走り出していた。
一気に、全てが暗転した気がした。
理由は実に簡素な物だ。
ナーザスの想い人が、ルフレであった事。
いつでも、どこでも、どんな時でも……人を思いやる素敵な姉が、だ。
もう、どうしようもなかった。
セシアにとって悲劇であったのは、恋敵が余りにも強過ぎたと言う事だ。
逆立ちしても勝てないし、逆転のチャンスすらもない。
まさに完膚なきまで叩きのめされた気分だ。
「……ナーザスの、馬鹿……ぅぅ……ぐすっ……わ、私だって……私だって、本気だったのに……」
走りながら、己の感情を少しずつ吐き出して行く。
こんな事をした所で、何がどうなる訳でもないのだが……それでもやってしまう。
こうでもしないと、心が暴れて壊れてしまう。
それだけ、ナーザスが好きだった。
ここまで本気で人を好きになった事なんて、今まで一度だってない。
本当の恋と言う意味で形容するのであれば……これがセシアにとっての初恋だったのだろう。
だからこそ辛い。
彼女にとって、本当の意味での失恋もまた、これが人生で初めての体験だったのだから。