そうだ! 世直しをしよう!(21)
「さて、それでは目的の場所へと向かいましょうか! 先程の状況を見て頂けたので言う必要性もない事ではあるのですが、セシア姫の護衛はこの私……三橋亜明がしっかりキッチリやって見せます。そこの赤い髪をした、ハリボテの英雄様とは違い? この私はお兄様の頼みであれば命さえ投げうって見せる覚悟です……覚悟なので、助けてお兄様っっ!」
セシアのスカウトを誤魔化しつつ、リリアの雑言をも跳ねのける勢いで強引に話を進めようとした亜明は、颯爽と第二王女が居るのだろう宿舎前へと進もうとするが、意気込み勇んでズンズン進んだ五秒後にUターンして雄太の背中へと逃げ戻って来た。
逃げ戻って来た……と、表現したのは他でもない。
やや早足で進んでいた亜明の眼前に、突如として空間転移して来た少年を見た瞬間、亜明は血相を変えて雄太の背中まで逃げてしまった……逃走本能に駆り立てられてしまったのだ。
果たして、邪神が蒼白になって逃げてしまう様な相手は、いつぞやの盗賊団でボコボコにされてしまった黒髪の少年。
ナーザス公爵が封印を解いた邪神……レンであった。
「……っ! お前はっ!」
突発的に眼前へとやって来た事で、雄太の顔も一気に引き締まる。
「ああ、そうか……そうなるのか」
他方のリリアは、少し納得加減の表情を作っていた。
なんて事はない。
ナーザス公爵の作った密売組織の秘密を暴こうとした雄太達を阻止したのがレンだ。
ここから考えても、この黒髪少年はナーザス公爵の配下か、少なからずあるのだろう深い縁を持った友人である事は間違いない。
そして、今回の一件もナーザス公爵が絡んでいる。
そうであるのなら、ナーザス公爵繋がりでルフレ第二王女に頼まれている可能性はある。
どんな頼まれ方をしているのかは不明だし、そもそも予想でしかない為、レンが持っているだろう本当の意図までは、リリアも分かりかねる……と言うのが、リリアなりの答えではあるのだが。
「それで? アンタはプラム城くんだりまで何をしに来たんだい? 雄太や、そこのブラコン邪神が束になっても勝てない……いや、手玉に取ってしまう様な奴が、何の目的もなく動くとは思えないんだけど?」
リリアは両腕を軽く組みながらも口を開く。
いきなり空間転移して来た、黒髪の少年を屹然と睨みながら。
「そんな顔をしないでくれないか、姉さん。俺はどの道、あなたと戦う気はハナからない……怖いし」
黒髪の少年……レンは嘆息交じりに答えた。
台詞の後半は、顔を露骨に青くさせた挙句、地味に逃げ腰になっていた。
どうやら本気で怖がっている模様だ。
「……?」
リリアは不思議そうな顔を作ってしまう。
ハッキリ言って解せない。
それはそうだろう。
雄太や亜明を簡単に倒してしまえる様な相手だと言うのに、それよりも戦闘的に劣るだろうリリアに恐怖を覚える必要性などあろうか?
答えは簡単。
塵も芥もありはしない。
そうだと言うのに……どうだろう?
レンは明らかにリリアへと恐怖を感じていた。
そもそも、根本的におかしいのだ。
「なぁ、アンタ……あたしの事を「姉さん」と呼ぶけど、どうして……」
あたしをそう呼ぶんだい?
……そうと、レンに質問を投げかけようとした、その時だ。
「セシアもここに居たのか。先にルフレのトコに行ってた物かと思っていたんだがな」
再び中庭へと空間転移して来た青年一人。
銀髪を短く纏めた好青年風の青年は……。
「ナーザス!」
答えたのはセシアだ。
レンの真横程度の所へと空間転移して来た彼を見て、間もなくセシアは笑みのまま彼の名を口にして、足早に駆け寄って見せた。
「久しぶりだな、セシア。半年ぶりぐらいか?……なんかまた綺麗になったな? これも成長期の成せる技か?」
「いつまで子ども扱いする気? 私はもう立派なレディよ? 成長期なんてとうの昔に終わってるんだから!」
軽く微笑みながらも冗談半分な台詞を口にするナーザスへと、セシアはちょっと膨れた顔をして声を返した。
「……ふむ、なるほど」
セシアとナーザスの態度を見て、リリアは軽く頷く様な仕草をしてみせる。
今回のクエストでもある密売組織の首謀者がナーザス公爵だと言う事は知っていたのだが、同時に旧知の仲である事も、少しだけ聞いてはいた。
本当に少しだけであったので、実際はどの程度の仲だったのかまでは分からず仕舞いだったのだが……二人の態度を見る限り、かなり良好な関係だったのだろう。
そうであるのなら、ここで戦闘になる事はない。
「ま、そっちの方が助かる……かもだしね」
少し肩の力を抜きつつ、リリアは苦笑交じりに答えた。
同時にレンが、どんな目的でこの場に現れたのか? その理由に目星が付いたからだ。
きっとナーザス公爵の護衛として現れたのだろう。
そうであるのなら、ナーザス公爵に危害が及ばない限り戦闘には発展しない筈だ。
そして、ナーザス公爵がこちら側に攻撃をする様子もないし……恐らく、その心配は杞憂に終わるだろう。
これら諸々を考慮するのなら、レンとの戦闘はあり得ない。
危険も回避されると言う事だ。