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【連載版】伯爵夫人は笑わない【第二部完結】  作者: 文月黒
第二部

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35.木漏れ日の下で

 ──マリアンヌが家に帰る事を決めた翌日から、ベルナールとウルスラは各種連絡や支度に奔走していた。


 ベルナールから手紙を送ったアルヴィエ伯爵は、領地の屋敷では娘もまだ辛い思いをするかもしれないからと、社交期には少し早いが王都の屋敷へ滞在する事を決め、マリアンヌを迎えに来てそのまま王都へ向かうと早々に返事をくれた。

 しかし社交期の前から王都へ移るという事で、支度にはそれなりの時間がかかる。

 アルヴィエ夫妻がマリアンヌを迎えに来るまでの間に、ウルスラはマリアンヌの身の回りの荷物を整え、教師役を最後まで果たせなかった事の謝罪の手紙を義母へ送ったり、残りの日数で出来る限りの授業を行えるよう段取りを取った。


 マリアンヌは参加こそしないものの、生まれて初めて社交期を王都で過ごす事と両親が迎えに来る事を知って喜んだが、王都に行く前にやらなければいけないとウルスラから手ほどきを受けて二通の手紙を出した。

 宛先は元家庭教師である子爵夫人とナースメイドで、自分の問題に巻き込み迷惑を掛けてしまった事への謝罪の手紙だった。

 二人は自分に痛い事はしなかったが自分は二人に乱暴してしまったと、マリアンヌ自ら謝罪したいと申し出たのである。

 拙いながらも心のこもった謝罪の手紙だが、あれだけ迷惑を掛けたのだから受け取って貰えるかはわからない。

 謝罪だってあくまでマリアンヌの自己満足であって相手に自分を許す義務もない。

 それはマリアンヌが一番よく理解していたらしい。

 手紙を書く彼女の横顔は屋敷に来た最初の頃に比べると随分と成長して見えた。


 ちなみに出会った当初より少し大きくなった例の仔猫は『ウーシュ』と名付けられ、世話をすると約束したマリアンヌが責任を持って共に王都へ連れて行く事となった。

 ウーシュという名前はウルスラの幼少期の愛称であり、本人は少し気恥ずかしい様子だったが、マリアンヌがどうしてもと言うので最終的に折れたのである。


 一方マイケルは、従騎士としての知識を得て必要な振る舞いが出来るようになってきたので、従騎士の認定を受けるに問題は無いだろうと予定通り社交期の移動に合わせて王都に戻る事が正式に決まった。

 それまでの間は未だに自分が貴族であるという事を度々忘れるマイケルに、ベルナール自らが貴族としての振る舞いを見本として見せるのだという。

 己も決して貴族らしい貴族という訳ではないが、何も手本がないよりは良いだろうとはベルナールの弁である。


 ウルスラもベルナールも、今回の経験がなければ自分の有り様について改めて考える事もなく、自分達夫婦の子供の話に向き合うにはまだ少し時間が掛かったかもしれない。

 それ程今回の件は二人にとって良い機会であり、経験であった。




「──ウルスラお姉様! お父様達が到着したわ!」


 ベルナールを兄と呼んでいるのだからと、ウルスラを姉と呼ぶようになったマリアンヌが仔猫を抱いて中庭に駆けて来る。

 使用人達に指示をしながら昼餐の支度を進めていたウルスラは、マリアンヌの報せを聞いて予定通りの到着だと小さく頷き、アルヴィエ伯爵夫妻を迎え入れる為に玄関ホールへ人を向かわせた。同時にベルナールを呼ぶように控えていた使用人に申し付ける。

 今日は中庭でピクニック風の昼餐を予定している。

 今日の為にウルスラは料理長と打ち合わせを重ね、キッチンメイドと料理人の他、手の空いている使用人を総動員して準備にあたっていた。

 その甲斐あってレインバード邸の美しい中庭は、今や夏の日差しを楽しむピクニック会場と化している。


「お二人ともようこそお越し下さいました」

「レインバード伯爵夫人、この度は当家の為にご尽力を賜り、感謝のしようもございません」

「いえ、私は大した事はしておりません。馬車での移動でお疲れでしょう。お飲み物をどうぞ」


 程なくしてアルヴィエ伯爵夫妻が使用人に案内されて中庭にやってくると、夫妻は中庭に調えられた昼餐の支度に驚いた表情を浮かべた。

 木陰には敷き布が広げられ、柔らかなクッションが置かれて寛ぐのにちょうどいい空間になっていたし、テーブルに並べられた沢山の料理は、まるでちょっとしたデイパーティーのようだったからだ。

 なお、料理の種類が多くなったのはウルスラがベルナールの好物をあれもこれもと作った結果であったのだが、アルヴィエ伯爵夫妻がそれを知る由はない。

 少し遅れてマイケルを連れたベルナールも合流し、和やかな雰囲気で中庭での昼餐が始まると、すぐにマリアンヌが両親にマイケルを紹介した。

 アルヴィエ伯爵夫妻は娘にマイケルという異性の友人が出来た事を知ってひどく驚いた様子だったが、人懐こいマイケルの気質と、マリアンヌ自らマイケルには何度も助けられたのだと両親に説明した事で好印象を抱いたようだった。

 子供とはいえ貴族の男女である。

 子供達の微笑ましい交流を応援したい気持ちがあるだけに、伝えるにしてもどのような言葉選びが適切なのかと悩んでいたベルナールは、良い方に転がって良かったと内心でホッと胸を撫で下ろしていた。


「奥様!」

「何です。お客様の前ですよ」


 それぞれが料理や会話を楽しむ中、慌てた様子のメイドが小走りになりながらウルスラを呼ぶ。

 レインバード邸の使用人達はよく教育されており、普段では来客の前でこのような姿を見せる事はない。

 何か問題でも起こったのだろうかと詳細を聞こうとしたその時、答えの方からその場にやって来た。


「ウルスラさん!」

「お義母様。王都にいらっしゃるのでは」

「貴女からの手紙を受け取って慌てて出て来たのよ」


 ドレスの裾をからげる勢いで中庭にやってきたアンジェレッタは、ウルスラが先日送った手紙を手に、大変な事を頼んでしまって申し訳ないとしきりに謝った。

 元々、家庭教師はアンジェレッタが請け負う予定だったのを、多忙を極めていた事からウルスラに託したのだ。

 マリアンヌについて事前にお転婆とは聞いていたが、その年頃の子供にはよくある事と思ってしまったのがいけなかった。

 彼女はもっと事情をよく確かめてから任せるべきだったと反省し、居ても立っても居られずに王都の屋敷を飛び出して来たと言う。


「大変な事に巻き込んでしまったみたいで、本当にごめんなさいね」


 謝るアンジェレッタに、ウルスラはいつも通り表情一つ変える事なく首を振った。


「いえ、問題ございません」


 そしてその場にいる面々を順番に見回し、最後にベルナールと視線を交わしてから、ヘイゼルの瞳で再びアンジェレッタを見詰める。


「今回の件は、私にも非常に良い経験となりましたので」

「だからと言って私が何もしない訳にもいかないわ。出来る事があれば何でも言って頂戴」

「では一つだけ……」


 望みがあれば言ってほしいとのアンジェレッタの言葉にウルスラは口を開きかけ、しかし最後まで言う事はしなかった。

 その様子にアンジェレッタは首を傾げたが、ウルスラは姿勢良く背筋を伸ばし、貴婦人の見本のような立ち姿で至極当然のように言った。


「それよりも、今はお食事になさいませんか。私も腕によりをかけましたから是非召し上がって下さい」


 その言葉にようやくアンジェレッタも中庭の様子に気が付き、更にはそこに並べられた料理の殆どが息子の好物であるのを見て、あらまあと目を瞬かせた。


「このお料理、ウルスラさんが?」

「はい、お義母様。全てではありませんが……」


 そしてアンジェレッタは息子の手にある皿に盛られた料理を見てなるほどと頷く。

 手料理の話は聞いていたが、どうやら思っていた以上に息子は胃袋をがっちり掴まれていたようだ。

 貴族女性の殆どは簡単なお菓子作り程度しかしない。実際アンジェレッタは厨房に立った事すらない。だが、貴族の口にする料理にあれこれと手間がかかる事は知っている。

 だからこそ、テーブルの上に並んだ料理がウルスラの小さな手で生み出された事が、まるで魔法か何かのように感じられた。

 ならば、これ以上料理を冷ますのも無粋というもの。

 アンジェレッタはウルスラの言葉に頷き、久しぶりに会う妹夫婦との再会や姪の成長を喜びながら、中庭のピクニックに参加する事を決めた。


「あぁ、こんな事なら無理矢理にでもアルマンも連れて来れば良かったわね。あの人、王都での付き合いがあると言うからと置いて来てしまったのよ」


 残念だと肩を竦めるアンジェレッタにウルスラは無表情に頷いて、次の社交期には手作りのパイをお送りしますと約束する。

 そうして中庭に集った人々は残り少ない夏季を存分に楽しみ、降り注ぐ爽やかな夏の木漏れ日にこれから始まる新たな日々への活力を補充しているかのようだった。

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