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23.対峙

 応接間に通されたウルスラとデルフィーヌを出迎えたのは、アルヴィエ伯爵夫妻だった。召集した家庭教師達は別室で控えているらしい。

 アルヴィエ伯爵夫人は前レインバード伯爵夫人アンジェレッタの妹であり、確かに顔付きもよく似ていたが、華やかな雰囲気を持つアンジェレッタに比べると、穏やかで、どこか牧歌的な雰囲気を纏った女性だった。

 やや緊張した面持ちの夫妻は、何を言われるやらと心配そうにしている。

 身分が上であるデルフィーヌがまず挨拶をして上座に座り、次にウルスラが挨拶をしてその隣に座った。

 客人の挨拶を受けて、ようやく挨拶を許された夫妻が慣例通りの口上で挨拶を述べ、全員が席についたところでマリアンヌの実父であるアルヴィエ伯爵が口を開いた。


「お二人ともようこそおいで下さいました。本日はマリアンヌに関する事でお話と伺っておりますが、当家の娘が何かご迷惑をお掛けしておりますでしょうか」


 アルヴィエ伯爵のその問い掛けにウルスラは目を瞬かせた。

 確かに面会を取り付けた手紙には、マリアンヌへの体罰の疑いについては書かなかった。

 ただ、マリアンヌについて詳しく話をしたいので時間を設けてほしいと、そう書いただけだ。


「マリアンヌは根は良い子なのですが、今はどうにも反抗期のようで……。レインバード伯爵夫人に何か御無礼を働いたという事でしたら、母親の私が娘に代わりお詫び申し上げます」


 深く頭を下げるアルヴィエ伯爵夫人に、ウルスラは再びパチリと目を瞬かせた。

 二人の様子からは、マリアンヌが何か粗相をしたのだろうと推測した事が容易にわかる。

 けれど、夫妻はどう見ても娘に手を上げるようには見えなかったし、娘への体罰を許すようにも見えなかった。

 ウルスラがちらりとデルフィーヌへ視線を送ると、彼女も違和感に気が付いたのか、小さく頷いてから貴婦人の笑みで夫妻に声を掛けた。


「アルヴィエ伯爵夫人。レインバード伯爵夫人から聞いたのだけど、貴女の娘は少々お転婆なんですってね。教育方針はどのようにお決めになっているの?」

「公爵夫人にお聞かせするにはお恥ずかしい限りでございますが、教育については家庭教師にまるきり任せておりました。娘に一番最初につけた家庭教師は長く貴族令嬢の教育に携わり、当家の他の娘の教育も任せたベテランですし……」

「でも教師はお代わりになったのよね?」

「はい。その、これ以上の成長は見込めないとの事で……」


 母親であるアルヴィエ伯爵夫人は心底困り果てたという顔で溜め息を吐き、それでも、と言葉を続けた。


「シュタイン先生は娘の専属から外れる際、後任の先生に向けて指示を幾つか残して下さいましたから、それをもとに他の先生にも何とか指導をお願いしていたのですが、最近のマリアンヌはどうにも手が付けられなくて、とうとう教師も寄り付かなくなってしまったのです。私やあの子の姉達の言葉も聞いてもらえず……」


 ですからレインバード伯爵家に教育をお願いした次第です、と彼女は説明を終えると肩を落として顔を俯けてしまった。

 娘の品行が問題で何度も教師を変える事になったというのは、王都であれば表も歩けなくなる程の醜聞である。

 このままではデビュタントも危ういと、母親なりに心配しているのがよくわかる。

 娘の修道院送りも考えるほどだ。教育に熱心になるあまり、家庭教師による体罰を許さざるを得なくなったのだろうか。

 ウルスラは小さく深呼吸をして、なるべく心を落ち着かせながら口を開いた。


「教育は厳しく行われたのですか? 例えば、食事を抜かせるだとか、体罰の類のような事は?」


 眉ひとつ動かさず淡々と尋ねるウルスラに、夫妻はギョッとした顔になる。

 その後、アルヴィエ伯爵が苦々しい表情で答えた。


「……仕置きといっても、せいぜいおやつや外出を我慢させる程度です。娘に甘過ぎた結果が現状であると言われたらそれまでですが……」

「もしやレインバード伯爵夫人はその事で当家にいらしたのでしょうか? 確かにマリアンヌは行動に問題がありますし、厳しく教育するのが将来の為には良いのでしょうが、まだ幼い娘です。どうか体罰だけはお許し頂けませんでしょうか」


 どうやら夫妻はウルスラがマリアンヌの態度に辟易し、体罰を与えてでも厳しく指導すべきとしてその許可を取りにきたのだと勘違いしているらしい。

 ウルスラもデルフィーヌも社交界での経験がそれなりにあるので、嘘を吐いているのならば薄っすらとでも気が付くはずだが夫妻にその様子はない。

 ウルスラは重ねて問い掛けた。


「なるほど。参考までにお伺いしますが、マリアンヌはこれまで家庭教師から体罰を受けたと訴えた事はありませんでしたか?」

「えぇ。家庭教師をつけてすぐの頃は、授業を休みたがってそのような事をよく零していましたが……、まさか今もそんな事を?」

「よくわかりました」


 ウルスラはこっくりと頷いた。

 マリアンヌの言葉が事実である事がよくわかった。

 この夫妻はマリアンヌの訴えを授業を休む為の言い訳だと思って取り合わなかったのだ。そしてマリアンヌは取り合ってもらえず、家族にも頼る相手がいない事に自暴自棄になってしまった。周りに助けを求める事を諦めてしまったのは、両親のこの態度が原因の一つとしてあるのは間違いない。

 ならば、これ以上聞いても全く意味は無い。

 ウルスラが今日ここに来たのは、マリアンヌに体罰を与えた家庭教師の特定と、その体罰を家族が容認していたのかの確認だ。

 この夫妻は体罰を容認してはいなかったが、マリアンヌの訴えに対し事実確認を怠った事で、結果的に体罰が長期化するに至ったのは明白である。

 事実を知った時、この二人はどんな顔をするのかしら。

 ウルスラはちらとそんな事を思った。

 善良そうな夫妻である。きっと大いに悲しみ、憤るのだろう。全て手遅れであるが。


 デルフィーヌが広げた扇子で口許を隠して苦笑するのを横目に、ウルスラはジッと感情のない硝子玉のような目をアルヴィエ夫妻に向け、静かな声で家庭教師と面会したいと申し出た。

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