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【連載版】伯爵夫人は笑わない【第二部完結】  作者: 文月黒
第二部

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19.決意の夜

 その夜、マリアンヌは晩餐を初めて欠席した。

 彼女が泣き腫らした目をベルナールに見せるのは恥ずかしいと言ったからだ。

 ウルスラが彼女の立場であったなら同じ事を思っただろう。

 故にウルスラはマリアンの要望に頷き、彼女の為の夕食を部屋に運ばせるよう使用人に指示したのだった。

 そういう理由で久しぶりに二人きりとなった晩餐の席で、ベルナールは空席となっている少女の為の席を見て首を傾げた。


「マリアンヌの姿が見えないようだが」

「疲れたようで部屋で休んでいます。食事は部屋に運ばせました」

「そうか。そういえばマイケルと厩舎を回っていたと聞いたな……」


 ウルスラはベルナールに真相を濁して伝え、こういう時に内心を読まれにくい自分の顔は便利だと思いながら、いつも通りの優雅な所作で皿の上のムニエルを切り分ける。


 マリアンヌは魚を食べるのは大分上手くなった。

 肉料理も骨さえなければ切り分けるコツを掴んできたようだ。今の所の最大の課題は骨付きの鶏肉である。

 けれど、そろそろ夫に好きなものを、具体的に言うのならば大振りな骨付き肉のローストだとか、そういうものを食べさせてやりたい。

 マリアンヌのメニューだけ別にする事も考えたが、それでは彼女が気にするだろうか。

 そんな事を考えている内に手が止まっていたのか、ベルナールに名を呼ばれた。


「ウルスラ。君も疲れているのでは?」

「お気遣い有り難う存じます。私は大丈夫です」

「そうか。しかし無理は禁物だ。……その、慣れない事で無理をしてしまうというのは、私にも覚えのある事だからね」


 ベルナールはウルスラがマリアンヌの教育に手を焼いている事を知っている。

 だから心配してくれているのだ。

 自分も忙しいはずなのに心を配ってくれるその気持ちを嬉しく思い、けれど自分の立てた予想にウルスラは少しだけ目を伏せて言った。


「無理はしておりませんが、明日にはマリアンヌとしっかり話をしようと思っております。その内容次第では旦那様にご助力を願う可能性もございます」


 もしも本当にウルスラの予想通りであれば、ウルスラは黙ってはいられない。

 アルヴィエ伯爵家の内情を探る必要もあるし、他家に干渉するのには家門の長としてベルナールの名を借りなければならない場面もあるはずだ。

 ウルスラの言葉にベルナールも何かを察したのか、一瞬にしてレインバード伯爵家当主の顔になって頷いた。


「わかった。何かあればすぐに言ってくれ」

「はい。有り難う存じます。……それからもう一つ」

「何か」

「晩餐の内容についてなのですが……」


 そしてウルスラは至極真面目な顔をして(といってもいつもと同じ無表情であるが)マリアンヌのテーブルマナー練習にベルナールも付き合わせてしまっている事を謝罪し、メニューを分けるべきかと問うた。

 その問いに、先ほどまで当主の顔をしていたはずのベルナールは一瞬だけきょとんとした顔になり、すぐに声を上げて笑いだした。


「うちの食事は美味しいから、そんな事は特に気にした事もなかったな。言われて初めて気がついたくらいだ。これもやはり料理長の腕だろうな」

「えぇ、皆よくやってくれています」

「メニューを分けるのも手間だろうし、私は君と同じものを楽しみたいから、その点は特に気にしなくて構わない。……あー、でも、私の我が儘が許されるのなら、君の手が空いた時で構わないからまた何か振る舞ってくれると嬉しい」

「かしこまりました」


 ウルスラはそっとカトラリーを置いて深く頷いた。

 今はバタバタしていて余裕がないが、一段落したら彼の好きな料理をたくさん拵えよう。ローストビーフが良いかしら。それともハニーマスタードソースを効かせたチキンソテーかしら。西部風の魚のスープもお好きだったはずだわ。

 ベルナールの好物をたくさん作って、皆で中庭でランチをするのも良い。ジャムをたくさん入れたベリーのパイなら、マリアンヌやマイケルも喜んでくれるかもしれない。

 ここ数日あれこれと頭を悩ませていたウルスラにとって、ベルナールのささやか過ぎる我が儘は、きらきらと輝く楽しい約束でしかなかった。

 知らず胸の中に溜まっていた重い空気が少し軽くなったのを感じ、ウルスラはベルナールから向けられた優しい微笑みに思わず目を伏せて、ポッと耳を赤く染めたのだった。




──同じ頃、自室で食事を済ませたマリアンヌは、ソファに座ってぼんやりと天井を見上げていた。ようやく肩から剥がれた仔猫は、今度はマリアンヌの膝の上でころころと転がって遊んでいる。


(私、結局皆の前で大泣きしただけで、ちゃんと謝れてもいないし、今日も結局授業を受けてないわ。マイケルも初対面だったのに一日付き合わせてしまった……)


 アストン男爵家というのはこれまで聞いた事がなかったが、マイケル自身とても気さくで優しい少年だった。きっと育ちが良いのだろう。

 今度改めてお礼をしたいが、彼は彼で従騎士とかいうものになるためにこの屋敷で勉強しているというから忙しいのかもしれない。

 お礼の手紙を書いて、ベルナールからマイケルに渡して貰おうか。

 色々と考えたマリアンヌだったが、最後にはぐっと拳を握って言った。


「ううん。こういうのはちゃんと自分で伝えなくちゃいけないのよ。ウルスラ様にも、マイケルにも、ちゃんと自分の言葉で直接伝えなくっちゃ」


 そうよね、チビちゃん。マリアンヌは膝の上の仔猫を抱き上げてその鼻先に自分の鼻の頭をくっつける。仔猫の濡れた鼻先はほんの少しだけひんやりとしていた。

 まだ怖い気持ちはあるけれど、マイケルがあれだけ言うのだから、きっとウルスラは家族のように頭ごなしにマリアンヌを否定したりはしないだろう。

 マリアンヌの言葉を聞いた上で、納得できない点を指摘する事はあるかもしれないが、最初から嘘つき呼ばわりされるよりかはよっぽどマシだ。


「そうよ、明日こそ。明日こそ私頑張るわ! あ、痛っ、チビちゃん、おさげを引っ張ったらダメだったら!」


 飽きた仔猫におさげを玩具にされ、マリアンヌが小さく悲鳴を上げる。

──奇しくもこの夜、ウルスラとマリアンヌは共に「明日こそ」と決意をしてそれぞれ眠りについたのだった。

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