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レベッカ・サカモトさんは語る。

 キャンプ場で大自然に包まれていたレベッカさんは語る。

 

「彼の最初の印象ですか? 磨き抜かれた黒曜石でしょうか。少しだけ冷たい印象を受けましたけれど、私が作ったカレーをとても美味しそうに食べてくれました。中華大清民国出身の方みたいでしたが、流暢に日本語をお話しされてましたね」

 

 Aさんが語る謎の男性を巡る情報は錯綜している。

 曰く、鍛え抜かれた鋼の肉体。

 曰く、万戦錬磨のマッチング。

 曰く、1夜で多数の女性と手合わせをした。

 曰く、多対一を常とする常在性場。

 等々、彼の武勇伝はとても常識では語れない。

 

「あの人は死んだはずだと仰ってました。あの人の御子息が亡くなってしまうまで搾り取った性豪がこの世に存在した事が驚きでしたね。あっ、お肉焼けましたけれど、宜しければ食べます?」

 

 私はレベッカさんから焼けたお肉を御馳走になる。

 自然の中で味わう肉は殊更に美味いものだ。

 そう、大自然の中で味わう肉は美味い。美味いのだ。

 

「日が暮れて、一緒に焚き火を熾して暖を取ってました。出会った時にあの人は上半身が、その、裸だったので、私のパーカーをあげたんです。そしたら、満面の笑みで謝謝と言ってくれました。2人で飲むコーヒーが美味しかったです」

 

 正直、レベッカさんに激しい嫉妬を覚えてしまう。

 そのような男性と2人きりで焚き火を囲んで話し合うなど、許される訳は無い。

 私も極上の肉を食べてみたいものだ。

 

「掲示板を見ていた方々が続々と集結したものですから、あの人に私は聞いたんです。『大丈夫なんですか?』って。あの人は『問題無い』とだけ口にしました。本当に格好良かった」

 

 やはり謎の男性は万戦錬磨の達人と言うのは本当のようだ。

 少なくとも、レベッカさんが嘘をついているようには感じられない。

 達人は場所を選ばないとは良く耳にするが、実際には話の中でしか存在しないのは周知の事実と言える。

 そう! 達人は保護されているのだ。

 

「あの人は地下で闘っていた経験があったようです。地下闘技場でしたか? そんな単語を口にしたのを記憶してます」

 

 地下闘技場とは何なのだろうか。

 おそらく、暗い地下で数多の強敵達と闘って来たのだと予想がつく。

 そこで培った技術と経験に裏打ちされた自信があったのだろうと勝手に予測してみる。

 

「掲示板を見て集まった女性の1人が『お手合わせお願いします』とあの人に頭を下げてお願いしました。それに倣うように私達全員が頭を下げたんです。あの人は『見たところ、経験者はいないようだが。まあ、1人だけは入門したての門下生では束になっても勝てそうにない者もいるが』と一目で私達の経験の有無を見破ったんですよ。あの人クラスになると、雑魚と強敵は一瞬で分かるもんなんです。でも、その1人が誰だったのかは分からず仕舞いだったんですけれどね」

 

 そう力強く語ったレベッカさんが目の前の肉を食べる。

 少し硬いが、滋味に溢れてとても美味い。

 

「どうですか? 美味しいでしょ。この肉は私が仕留めた鹿さんなんですよ。まあ、職業柄総合や軍人格闘技を齧ってまして。あの日は有給を使って、ソロキャンプと言うか、山籠りをしていたんです」

 

 Aさんは笑いながら、私に力瘤を作ってみせた。

 そう。レベッカさんの正体は元総合格闘技世界チャンプ、現在は木蓮清十郎氏専属男性護衛サービスであるレベッカ・サカモトさんだ。

 武器を使用するとは言え、野生の鹿を仕留めるのは流石と言える。

 

「武器を? まさか。野生の鹿さんくらいは徒手空拳でいけますよ。流石に日熊さん相手なら軍用ナイフが必要ですけれどね」

 

 日熊相手にナイフ1本で立ち向かうなど、流石はレベッカさんと言うべきだろう。

 

「本当に経験者って誰だったんでしょうかね。私達の中には経験した人は居なかったのに。間違いとかはなさそうだし、誰かが嘘をついていたのかもしれませんね。まあ、仮に経験者でもあの人にして見れば、同じ事でしょう」

 

 このレベッカさんにそこまで言わせる謎の男性には私も興味が尽きない。

 そして、私の目の前でレベッカさんが軽く左手を走らせた。

 次の瞬間には2匹の蝿がその場に落ちる。

 もしかして、箸でも掴めるのかもしれない。

 

「箸で? 出来ますけれど、汚いでしょ。私の事よりもあの人の話の方が聞きたいのでは?」

 

 レベッカさんの言う通りだ。

 私はレベッカさんから続きを聞く事にする。

 

「あの人は経験が無い私達の相手をする事を最初は躊躇っていたんです。でも、私達がどうしてもって頼み込むと苦笑しながら『では、軽く揉んでやるとしよう』って言って下さったんです。思わず我が耳を疑いましたよ。揉んでくれるんですよ」

 

 レベッカさんの表情には喜びが溢れていた。

 確かに揉んで貰えると聞いて、喜ばない者は居ない。

 

「それを聞いた掲示板の女性達はすぐさまエアーベッドを膨らませ、シーツを掛けました。最初、あの人は私達の行動が何故か分からないようでしたが、『寝技を教えて欲しいのか』と直ぐに理解してくれました。私達はエアーベッドを何台も膨らませたので、あの人も『まるでリングのようだな』と笑ってましたよ」

 

 そこで始まるのは女と男の真剣勝負なのだから、リングと言う表現は的を射ていると言えよう。

 

「ベッドの準備を終えて、私達全員が戦闘準備に入りました。最初から全力全開でした。グローブを外したんですよ」

 

 戦闘体制に入るのを「グローブを外す」と表現するとは、格闘家のレベッカさんらしい表現だ。

 謎の男性もきっと彼女達の気に当てられたに違い無い。

 

「あの人は顔を真っ赤にして『恥を知れ』と私達を怒鳴りつけました。まさか、あの人が脱がせるつもりだったなんて思わないじゃないですか。私達の我慢は限界に来てました。一斉にあの人に飛び掛かったんですよ。そして、あの人は絶叫して私達の元を去って行きました」

 

 彼女達の行動の何が問題であったのかは私には分からない。

 しかし、謎の男性には女と男の手合わせに深いこだわりがあるのだろう。

 

「キャンプ場の前に川が流れてましたけど、あの人はその川の上を走って行ったんです。当然、泳いだ方が速いので、私達は直ぐに追いつきました。暑いから水の中で手合わせしたかったのでしょうね」

 

 水の上を走るとは信じられない話だ。

 しかし、水の中での手合わせには興味がある。

 

「水の中でもあの人は凄いスピードで逃げて行ったんです。本当に不思議な方でしたね。でも、次に会えたら逃しませんよ。必ず手合わせして貰います」

 

 謎の男性はしばしば掲示板に出現するそうだ。

 情報が出た場合は直ぐに有志が救出に向かっていると言う。

 彼がこの日本皇国で最優先に保護すべき対象なのは言うまでもない。

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