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続・六畳一間 [短編集]   作者: 六合綾宵
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第五話 六畳一間 柊 

第五話投稿いたしました。よろしくお願いいたします。

 12月18日


 俺は7時間という長時間残業を休憩なしで乗り切った。流石に肉体も精神も疲れ果て、ふぅと一息ついた。咄嗟に口から零れだしそうな愚痴を押さえる。あの糞野郎の顔が一瞬脳裏にちらつかせるが、すぐに振り払う。そう、今回の残業は予定していないものだ。糞野郎、ではなく、うちの課長は二週間前の会議で取り決められた追加業務内容を締め切り四日まで放置していた。正確には会議後から年休をとり続けてたのだ。たしか理由は海外旅行だったか。行く前に俺たちに電話でもすればいいことなのにすることなくそのまま、旅行へ。結果がこれだ。まぁ、課員の業務効率がかなり良かったため、期日には間に合ったが。俺は身支度を整え、帰宅することにした。さて、夜食はどうするかな。近くには牛丼がある。値段も手頃で24時間営業。よし、牛丼にしようか。


 オフィスから出ると、強い風が吹いていた。乾燥した冷たい風が、覆っていない顔や腕に当たり、ずきりと痛んだ。かなり冷え込んでいるな。ニュースでは今日が今年一の寒さにもなると云っていたな。


 駅の方向に牛丼屋はある。そして、帰路としても電車で二駅したところなので丁度良い。駅に近づくにつれ、木々はイルミネーションにより輝いている。クリスマスまであと数日。俺にとって今年のクリスマスは瞬く間に過ぎ去っていくだろう。


 去年は永い夜だった。今でも”彼女”との時間は忘れられない、忘れることなんてできない。




 俺は夜食を済ませ、駅で二駅の自宅に帰った。俺の住んでいる辺りは住宅街が多いが、その割にコンビニエンスストアや薬局が一つもないところだ。正直不便でもあるが、アパートが安いのだから背負うがない。家賃は二万五千円。格安だ。それでいて、事故物件ではないのだから、不思議なところだ。お陰で財布の中はとても暖かいのだから、少しの不便など許容してしまう。鍵を開錠するとドアを開く。鈍い金属音が鳴り響く。靴を脱ぎ、六畳一間の部屋へと入る。部屋にあるのはベット、テーブル、そして、ノートPC。テレビは見ないため、買わなかった。ほとんどはクローゼットに入っている。云い方を変えるならば、クローゼットに入る程、物は少ない。


 俺は服を籠に投げ捨て、シャワーを浴びる。暖かな温水がとても気持ち良かった。すぐに眠気に襲われたため、数分で上がると、髪を不完全に乾かした状態でベットに身を投げ、意識を委ねた。




 『はぁ、はぁ、はぁ……』


  気がつくと俺の眼の前には女がいた。一目でわかる程、綺麗な顔立ち、腰まで長く切り揃えられた黒い髪。そんな美女は裸体を俺の前で晒し、肉体を密着させている。彼女の艶のある唇は俺の唇へと吸い込まれるように触れた。柔らかいの一言に尽きた。数秒の間、そうしていると俺は勢いで彼女の唇の向こう側へと入ろうをした。彼女の表情は変わらない。むしろ嫌がることなく這わせていっていた。這わせるごとにねっとりとした触感と痺れる感覚が伝達されてくる。甘く、懐かしさを感じた。


 俺は唇を放すと手をそっと彼女の乳房に添える。綺麗で魅力的な形をした乳房、桜のように染められた先端。次へ次へと急かす衝動を抑える。ゆっくりと添えた手を弧を描くように動かす。柔らかな弾力を余すことなく味わう。


 『もっと……好きにしていいんだよ……』


 彼女の誘惑に理性は溶け、消えた。既に体内の血液は沸騰し、一か所に集中していた。


 彼女は俺の”もの”を見てもなお、委縮することはなかった。


 『じゃあ、挿れるぞ』


 『うん……』


 彼女の返事を訊き終えると、俺はゆっくりと”もの”を彼女の”もの”へと挿れてゆく。なかなか、うまく入ってはいかない。だが、焦らずゆっくりとゆくっりと……そして、すべてを挿れ終えた。彼女の締め付けは強く、俺自身、我慢するのがやっとだ。俺は動かない。彼女の事を考えて、まだ動いてはいけない気がするのだ。


 『大丈夫か?』


 『うん……だいじょうぶ……だよ……だから、動いていいんだよ』


 なら、と思いゆっくりと腰を前後に動かす。最初程彼女の表情は痛みを感じているような表情であったが彼女の”もの”が濡れてきたこともあり、今では激しい運動となっていた。


 『はぁ……はぁ……』


 『んぅ……はぁ……』


 俺の腰もそろそろ疲れてきている。だから、俺と彼女の位置を変え、彼女を上にした。俺の上に騎乗した彼女は月夜の光に上半身が綺麗に照らされている。


 『綺麗だよ』


 『……ばか』


 俺は照らされた彼女を眺める。彼女はあまりにも綺麗で……衝動に任せ、乳房の先端を吸った。




12月19日 PM5:30


 業務を終え、帰宅の準備をする。今日は昨日のような急ぎの業務は無く、通常業務で済んだ。さて、今日は外食なんてせず、家で夕食を作ろう。そのためには、スーパーで買い出しをしなくては。確か、冷蔵庫には卵が数個とサラダの袋が二袋。そもそも、今日の夕食は何を作るか。季節的には鍋物がいいな。うーん。卵があるからな。すき焼きにするか。


 俺は駅に近いスーパーに行った。ここは駅の周辺ではほとんどの品物が、最安値となっている家計に優しいお店なのだ。一か月に一回、タイムセールで破格の値段にもしてくれるし、週一で野菜のつめ放題もしている。それゆえに、常に客で多い店だが、今の時間を考えればそこまでいないだろう。


 すき焼きに必要な食材と来週一週間分の食材をまとめて買う。大のレジ袋二袋分にもなった。これから電車となるとちょっと買いすぎたかもしれない。だが、気づくのは買ってから。仕方ない。




 ようやく、家に着いた。あまりにも両手のレジ袋が重すぎて腕が千切れそうだった。鍵を開けるとき、ふと気になったことがあった。隣の家のドアの目の前、そこには、扉をただ眺める少女がいた。


 見たところ、十五歳くらいだろうか。長い黒髪で顔こそ見えないが、身長的にそうだろうと思った。冬とは思えない、半袖の純白のワンピースを着ている。一瞬脳裏に昨日の夢を思い出すがすぐに振り払った。俺はそんな彼女に無意識に話しかけていた。

 

「あの君、どうしたの?」

 

 だが、彼女は反応がない。もしかしたら、俺が話しかけていることに気づいていないのかもしれない。だから、近づき、話しかける。肩をそっと触れる。人間とは思えないほど、冷えていた。若干、肌も蒼ざめているようにも見える。


 「おい、大丈夫か?」


 「ふぇ?」


 彼女は驚いたようで俺から、素早く遠ざかる。


 「いきなり、話しかけてすまない。ただ、ずっと突っ立ているようだったし、寒そうな格好もしていたから気になったんだ」


 「あの、何方さまで?」


 「黄原だ」


 「キハラ?」


 彼女は頸を傾げている。漢字が分からないのかもしれない。


 「黄色に原っぱだ」


 「あ、はい」


 「で、君は?」


 「はい?」


 またも、首を傾げている。


 「君の名だよ」


 「私の……名前……」


 「云いたくないのか?」


 「いえ、そんなことないです。ただ……」


 「ただ?」


 「覚えていないんです」


 「どういうことだ?」 


 「その、何も覚えてないんです」 


 つまり、


 「記憶喪失か。じゃあ、警察行こうか。捜索願とかすでに出ているかもしれないし」


 「それだけはやめてください」


 「え、なんで?」


 「私を探してくれる方なんていないです……親、いないです。」


 「親がいないか……」


 「私は今生まれてきたようなものだと思います」


 「は?」


 「その、寒いので入れてもらえませんか?」


 「あ、そうだな」


  確かにそうだ。法律上、誘拐になりかねないが仕方ないと思い、鍵を開いた。

 



 「んぅ~ん、美味しいぃ。美味しいです!」


 彼女は美味しそうにすき焼きの牛肉に食らいつく。正直、箸の使い方に戸惑っているようだったの

で、フォークを持ってきた。正直なところ、食い方は汚いが、それ程にお腹を空かせていたのだろう。


 「それは良かった。で、大丈夫か?」


 「ん、だいひょうぶぅだよ」


 「口の中の物を処理してから話してくれ、中が見える」


 「んぅ……ふぅ。正直に云いますと私って本当に人間なのかなって思ったりするんですよね」


 「なんだそれ?」


 「さっきも云ったと思うけどさ、お父さんに話しかけてもらう前の記憶がそもそもないんだよね」


 「はぁ。って、俺はお前のお父さんじゃないし。お前のような大きい娘持ったら俺、幾つの時の子

だよ」


 「ま、そのあたりはいいじゃないですか。私の親がいないのであれば、ずっと一緒に入れるんです

し」


 「いやだ。俺はまだ……」


 「まだ?」 


 「それ以上は云わない」


 「あ、わかっちゃった」


 彼女の視線はゆっくりと俺の下へ。


 「いや、それに関しては経験ありますけど」


 「えぇ、ばっちぃ」


 「思春期の娘みたいなこと云うな」 


 「にしても、ここって遊べるものないんだね」


 「まぁな」


 「休日はどうしているの?」


 「え、寝てますけど」


  えぇ、と彼女に引かれる。


 「いや、最近残業ばっかで疲れてるんだよ」


 「ふぅん」


 「まぁ、たしかクローゼットの中にトランプくらいはあったと思うが」


 どん、と彼女はテーブルを叩く。彼女の眼には好奇心の塊、云わば無邪気な子供のような感情が伺える。


 「とらんぷ!」


 「行儀悪い」 


 「ごめんなさい」


 「じゃあ、飯終わった後にでも、やるか」


 「やった」


 そこまで喜ぶ女子高生(?)いるのだろうか。彼女の云っていた”人間ではない”が妙に引っかかっていた。




 トランプなんていつぶりだろうか。確か前は半年前だっただろうか。同級生を読んでタコパやってた時に遊んだきりだ。現在はテキサスホールデムポーカーをやっている。ルールとしてはプレイヤーに二枚ずつカードを配り、フィールドには5枚裏にしたカードを配置する。配られた二枚を見て、他プレイヤーに勝利できる役が作れる可能性があれば、チップを掛ける。可能性が低ければ、チップを掛けることをせず、降りることもできる。順番に全員の判断を決定させていき、全員のかけ金(チップの額)が決れば、フィールドに置かれた5枚のカードの三枚を表にする。それ以降流れは、チップを掛ける→フィールドのカードを一枚表にする、を最後の一枚が表になるまで繰り返す。フィールドの5枚が表になったとき、手札を相手に見せ、役を宣言する。最も強い役が出来れば勝ちとなり、チップを全て手に入れることが出来る。チップの枚数はゲーム開始時に決まっており、今回は5000pとした。このチップをすべて失った場合、そこでゲームは負けとなる。


 で現在はと云うと、


 「コールです!」


 と叫ぶ彼女。それに対し、俺は


 「レイズ」


 「うぅ、ベットです!」


 六戦目となったポーカーは現時点で俺が8000p、彼女が2000pだ。彼女は正直云うと心理

戦に弱いのか、俺が常にベットし続けていることを気にすることなく上げ、最終的に俺がオールインを制限すると彼女は自信を無くし、降りる。その流れが六戦続いているのだ。


 「降ります」


 彼女は頬を膨らませ、不満そうにしている。


 「絶対にイカサマをしています!」


 「悪いがそんなことしていないぞ。なんなら、カードを切るのはお前がやってもいいぞ」


 「なら、そうさせていただきます!今度は騙されませんよ!」


 実際、俺は六戦とも役など出来てもいないにもかかわらず、上げているというイカサマなんてせずとも勝ててしまっているだけなのだが。


 そろそろ、つまらないな。俺は種明かしをするため、あえて、今回は上げずに最後を迎える。


 手持ちのカードはハートの2、クローバーの5。フィールドにあるのは、ハートのエース、スペードのキング、スペードの7、クローバーのジャック。さて、彼女はどう動くか。


 「コールだ」


 「レイズ1200です!」


 お、上げてきたな。


 「ベットだ」


 俺、彼女はお互い手札を見せる。彼女のカードはクローバーのエース、ダイヤのエース。最後の一枚を表にする。カードはスペードのエース。


 つまり、


「フォーカードです、私の勝ちですね!ニヒッ!」


「やっとな」


「意地悪な云い方しないでください!」


「俺が種明かしするまで勝てなかったじゃないか」


「種明かし……?」


「俺はこれまでただ、上げ続けてただけだ」


「そんなのずるいです!最低です!正々堂々勝負してくださいよ!」


「このゲームのルールないだろ。それにここまで気づかないの滅多にいないぞ」


「なっ、私のこと、馬鹿にしましたね、許しません!」


その後、12戦続き、18戦目にして、俺のチップは底をついた。彼女が楽しそうにしているのだから、結果オーライとも云える。彼女の笑顔があまりにももう、会うことのできない”彼女”の笑顔にそっくりだったなんて云えない。




12月21日


 俺は残業4時間程でして帰ってきた。俺は鍵を開け、ドアを開いた時だった。隣の部屋のドアが開いた。あれっ、確か隣は……


 「こんばんは」


 「え、ええこんばんは。あれ、最近引っ越してきたんですか?」


 「あ、はい。つい、数日前に引っ越してきた柴藤と申します。挨拶にお伺いできず、申し訳ありま

せん」


 「あ、いえいえ、こちらこそよろしくお願いします」


 彼は整えられたすっきりとした髪型で灰色のスーツだ。爽やかさのある口調だった。


 「柴藤さん、これからごみ捨てですか?」


 「えぇ、そうです」


 指定のごみ袋には、幾つかの弁当トレイと、箸。それから、女性もののワンピースが入っている。


 「あ、これですか。これは、つい数日前に弟夫婦に引っ越しを手伝ってもらったときに、姪が服を

汚してしまったということで、置いていったんですよね」


 「へぇ、そうなんですね」


 よく見ると、赤黒いシミが出来ている。醤油だろうか。にしても、シミくらいで服を捨てるなんて

よほど裕福な家庭なのだろう。


 俺はお辞儀をすると、自室に入った。


 「がう」


 「痛でっ」


 俺は痛みのある右腕を見る。彼女が俺の腕を噛んでいた。


 「お前は犬か」


 「夕ご飯、お腹へったよぅ」


 「確かに九時過ぎだしな」


 「昼ご飯とおやつは用意してくれていたのに」


 「お前に任せて火災を起こさせたくもなかったしな。ん?おやつ?」


 満面の笑みで頷いている。


 「綺麗な包装紙に包まれたお饅頭」


 とりあえず、彼女の頭部目掛け、小突く。


 「痛っ」


 「それはおやつじゃねえ、先日、隣の人が引っ越すことになったからって貰ったんだよ。よく仲良

くしてたからな」


 「へぇ」


 どうでもよさそうな顔しているな。


 そんなことはもうどうだっていい。とりあえず、飯を作ろう。今日は鮭ときのこのホイル焼きにするか。




12月23日


 今日は土曜日。彼女と一日中、ゲームで遊んでいた。彼女を外で遊ばせてもいいのだが、記憶がない以上、正直不安要素が多すぎる。金曜の内に家庭用ゲーム機とプロジェクター、あと幾つかゲームソフトを購入しておいた。本来であれば、親を探すことが重要なのだが、彼女が云う”人間ではない”というのも引っかかるため、保留にしてしまっていた。


 今、彼女は一人で遊べるソフトで遊んでいる。スマートフォンのニュースを見る。真夜中の連続殺人事件、自殺橋での事故。どれもが付近で起こっていることなのだが、彼女に関わる記事は見つからない。警察のホームページで捜索願のHPを見た時だった。


 「あった」


 制服を着た彼女とも思われる写真だ。名前は……雪野皐か。高校はここから15分ほどと近辺だ。彼女で間違いないだろう。


 「何見てるの?」


 俺はスリープさせ、ポケットの中に入れる。


 「何も見てねぇよ」


 「うわ、その反応、えっちなのだ」


 「悪いがそんなものを見ていないし、反応だってしていない。反応しているように見えるか?」


 「あの、女の子に下の話はちょっと」


 「お前からしたんだろ」

 



 12月24日 未明


 深夜。俺にしては珍しく、目が覚めた。急に用を足したくなったため、ベットから起き上がる。やけに閑散としている。近くは国道が通るため、普段は車の音がこの辺りまで響いてくるというのに。


 「ん?」


 俺は何か踏んだような感覚があった気がした。だが、足元には何もない。ただ、水滴が落ちている。それは一つではなくぽつり、ぽつりといくつもあった。


 俺はそれがきになり、それを辿っていく。そして、気が付いた。この先にあるのは風呂場だ。


 俺は浴室のドアを恐る恐る開く。何もいないはずなのだ。だから、調べる必要なんてないのに意識とは裏腹に行動している自分がいる。


 ゆっくりと開けたドアの先には何もなかった。急に背筋から大量の汗が沸き上がる。手汗もひどく、呼吸も荒くなっている。落ち着け、何もなかったんだ、だから。俺は一呼吸すると落ち着いた。だから、安心してしまった。


 だが、


 「うぅぅぅぅぅぅぅ」


 「えっ?」


 今のは……女性の悲鳴か。


 「……た……す……け……て」


 今回ははっきりと聞えた。”たすけて”と。


 瞼を開く目の前には先程まで何もなかった浴室に女性が現れた。腰まで伸びた黒い髪で女性の顔は見えない。だが、全身が焼けただれ、服も皮膚と癒着している。


そんな女性が右腕を俺のほうへ向ける。皮膚が、肉がゆっくり捲れ、下に落下した。


 「た……す……け……て」


 「おい、だれなんだお前」


 「た……す……け……て」


 ゆっくりとこちらへと歩き出す。


 「おい、教えろ。お前は誰だ!」


 俺は反応のない目の前のモノから逃げるように六畳一間へと逃げる。


 「なんで……って」


 逃げた先には腕が千切れた少年。頭巾を被った幼い少女、軍服を着た少年。俺を囲う無数の者たちはみな同じ方向を向いている。そして云う。


「たすけて」「たすけて」「た……す……け……て」「タスケテ」「たすけて」「たすけて」「たすけて」「たすけて」「たすけて」「たすけて」「たすけて」


「もうやめてくれ!」

 



 あれは夢だったのか。俺は気が付くとベットで彼女と寝ていた。彼女はすぅと寝息をしながら安らかに眠っている。


 「なんだったんだ」


 あれは死者だ。あの世のモノたちはみな現代に生きていた者たちの恰好ではなかった。


 そして彼らはみな同じことを云っていた、訴えていたのだ。今まで、ここでこのようなことはなかった。なら、これが悪夢なのではなく、死者からのメッセージなのだとしたら?


 もし、死者からのメッセージなのだとしたら、なぜ、俺に対して訴えたのか。俺に関わることだからか。あの世のモノたちの事を思い出す。浴室には焼けただれた女。部屋には腕が千切れた少年。頭巾を被った幼い少女、軍服を着た少年。こんなの思い出しても意味がない。なら、あの世のモノたちの位置か。みなさしていた方向は隣だ。そして、思い出す。


 ”隣の家のドアの目の前、そこには、扉をただ眺める少女がいた。見たところ、十五歳くらいだろうか。長い黒髪で顔こそ見えないが、身長的にそうだろうと思った。冬とは思えない、半袖の純白のワンピースを着ている。”


 『あ、はい。つい、数日前に引っ越してきた柴藤と申します。挨拶にお伺いできず、申し訳ありません』


 『あ、これですか。これは、つい数日前に弟夫婦に引っ越しを手伝ってもらったときに、姪が服を汚してしまったということで、置いていったんですよね』


 『それはおやつじゃねえ、先日、隣の人が引っ越すことになったからって貰ったんだよ。よく仲良くしてたからな』


 『たすけて』


 そして、すべてのピースは繋がった。


 「行ってくるぞ」


 「んんう、行ってらっしゃぃ」


 寝言で応援された。


 俺は玄関のドアを開け、隣の部屋へと向かった。




 俺は隣の部屋のチャイムを鳴らす。


 すると彼、柴藤は数秒後にドアを開けた。


 「どうされました?」


 「わるいがちょっと入らせてもらうぞ」


 俺は彼の承諾なしに入る。


 「ちょっと勝手に入らないでください。警察呼びますよ」


 「呼べるものなら、呼べばいいさ」


 俺は続ける。


 「どうせ、呼べないだろう。誘拐犯および空き巣をお前は犯しているのだから」


 「何を云っているんですか?」


 俺は六畳一間に入る。入った先には予想通り、彼女、行方不明となった雪野皐がいる。長い黒髪で俺の部屋にいる彼女と瓜二つの少女がいた。叫べないよう口には猿轡が嵌められ、腕と脚は紐で縛られている。制服はやや乱れている。


 「柴藤さんと会ったとき、俺は不思議に思ったんだ。あなたはつい先日に引っ越してきたと云っていた。だが、前回そこに住んでいたの人はつい数日前に引っ越したばかりだった」


 「それがなにか?引っ越したあとすぐ、すぐ入居することは普通なのでは?」


 「あぁ。だが、入居前には一般的に大家がハウスクリーニングをするんだ。前住んでいた人は十年程住んでいた人だった。十年。たとえ、掃除をする人でも通常行き届かない部分はある。ハウスクリーニングだって一日では終わらない。なら、お前はいつ入居したんだろうと思ってな」


 彼は何も云うことなくただ黙っている。


 「ま、ここまでは怪しいと感じただけった。ただ、思ったんだよ。柴藤さん、見たところ、20か

ら25歳、俺と変わらないはずなのに云っていたよな。弟夫婦が着て、姪が服を汚していたと。だが、思ったんだ。服のサイズからして子供と云っても10歳くらいではなく、15から18歳くらいの女子高生の服だなと。」


 「弟夫婦と云っても弟の嫁の連れ子かもしれないのでは?」


 「うーん、それも考えたんだけどなぁ。ふつう自分の血筋でもない子のこと姪っていうかなって。

しかも柴藤さんと大して変わらない年齢の子に」


 「はは、やっぱりもう少し注意するべきでしたね。ただ、貴方は間違ってます。私は空き巣などし

てませんよ。だってここは大家から許可を得て使わせてもらっていますから。まぁ、そんなことどうだっていい。私の邪魔をする人はちゃんと黙らせないといけない。だから、さよなら」


 彼は右ポケットから取り出した刃渡り15センチ程のサバイバルナイフを俺に向けた。そして、ゆっくりとした足取りで迫ってくる。俺は急所をとりあえず隠すような構えをとり、相手の出方を伺う。俺からは攻撃はしない。彼を殺してしまった場合のための正当防衛だ。彼はナイフを俺の頸目掛け、突き刺す。俺は左手で相手のナイフの軌道を逸らし躱す。そのまま、俺は右手を彼の鳩尾に入れようとするが、彼の左手で押えられる。俺は一度後退する。


 「貴方、なかなか、躱すのが上手いですね。そして、反撃も出来る。武道でもされていたんですか?」


 「俺は武道の経験なんてないさ。ただ本能のままに従うだけの猿みたいなものだ」


 「はぁ、そうでしたか。なら、なんとかなりそうです」


 彼は何かを落とした。ただのハンカチか。そう注意した時だった。すでに彼は俺のすぐ目の前まで入ると、ナイフは俺の腹部目掛けて、迫る。俺はすぐに躱し、左手を彼の右手頸、目掛け払う。彼の

持つナイフを落とすためだ。だが、俺の期待通りの展開にはならず、右手頸にはあてられたものの、落とすことは出来なかった。そして、俺はあのとき彼が落としたハンカチに足を滑らせ転倒した。


 「チェックメイトです。このセリフ云ってみたかったんですよね」


 俺の目の前にはナイフの先端が突きつけられていた。ナイフは蛍光灯に照らされ、怪しく光る。


 「悪いがそれはお前だよ」


 「何?」


 俺は右手からスマホを取り出す。スマホには通話中と書かれている。


 「なぁ、聞こえないか、パトカーのサイレン音が」


 パトカーのサイレン音はゆっくりとこちらに近づいてきている。


 「は、何を云っているんだ。ただの偶然だろう。お前が警察を呼べる暇なんて与えていなかっただろう」


 俺は頸を振る。


 「別にお前と話している間に連絡したわけじゃないさ。俺はここに入る前に既に連絡していたんだ。だから、俺はそれまでの時間稼ぎをしていたんだ。都会の癖に15分もかかるなんて警察も何やってんだかって云いたくなるがな」


 「嘘だ!」


 「いいや、嘘じゃない。俺にはお前が誘拐犯だという確証があったからな。まぁ、そうじゃない可能性もあったから、賭けでもあったんだがな」


 「くそっ」


 彼は部屋から出ようとする。


 「逃がさねぇよ」


 俺は彼の右腕を掴んだ時だった。彼は左ポケットから取り出したものを俺の頸筋へ向けた。それが、スタンガンだと気づいた頃には、俺は既に半分、気を失っていた。彼が部屋のドアを開け放ち逃げる瞬間を見たのが、最後であった。




 俺が意識を取り戻していたころにはすべてが終わっていた。警察が来ていたのだ。流石に警察にも説明が不足していたため、事情聴取された。事の顛末を話したものの犯人をとり逃したため、説明が大変であった。しまいには俺まで疑われたのだが、拘束されていた女子高生、雪野皐が説明したためなんとか俺の疑いは晴れた。数日後、警察から、連絡はあったものの、未だに犯人は逃走中とのこと。




 「わぁ、綺麗ですね」


 「あぁ、そうだな」


 目の前には装飾されたモミの木、クリスマスツリーがある。あまりにも鮮やかに彩られていたため、若干眩かった。


 「まさか、こんなクリスマスになってしまうとはな」


 「そうですね」


 ちなみに彼女にも事情は話している。そして、


 「お前の親について何だがな」


 「はい?」


 「もう、探すのはやめた。これからは俺のところで住んで構わない」


 彼女はきょとんとしている。確かに無理もないだろう。俺は最初、彼女の親を探し、家に帰らせようとしていたのだから。だが、彼女が何で当たるかもう既に気づいてしまった今、探すことは無意味に近いことだ。


 「お前は俺が呼んだようなものなんだから、だからこのまま……」


 「えぇ、住まわせてもらいます」


 「あぁ、これからもよろしくな、でさ、俺、お前の事なんて呼べばいいんだ?」


 「そうですよね……。じゃあ、黄原唯と呼んでください」


 「あぁ、分かった。っておい、苗字がなんで黄原なんだよ!」


 「別にいいではないですか。お父さん」


 去年、俺の彼女だった弥生のお腹には子供がいた。俺と弥生の子。俺は彼女と結婚する予定だった。だが、未だ捕まらない殺人鬼により、殺害されたのだ。だから、思ったのだ。彼女が、俺に少し早いクリスマスプレゼントを与えたのだと。


 俺は夜空を見上げる。ゆっくりと舞い散る雪の結晶。あぁ、今年はホワイトクリスマスか。






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