島の国 -3-
島の国。
その成立の過程。
三十三ある島々が、どのようにしてひとつの国家となったのか。
島の国、初代首長の軌跡を辿る。
島の国。
その成立は十七大陸の中でも新しい部類に入る。
それは他の国とは違い、単一の領土によって構成されていないことに依拠している。
他の国は比較的早い段階から領土を意識し、その土台の元に国家が樹立していく、という流れであった。
対して島の国は各島々が独立した文化、法律によって統治を行っていた。
厳密に言えば幾つかの島は共同体を構成し、独自の自治圏を確立させていた。
だが、それぞれの島は国家としての意識や帰属などを持たない、ただの島であった。
その意識に変化がもたらされたのは、幾度かの統一戦線を経験であった。
確かに、過去の統一戦線の経験でも、各島々においての防衛戦によって退け続けることには成功していた。
島という性質上、その情報は他の島には共有されることは無かった。
そのため、幾度となく繰り返される侵攻や侵略によって、いよいよ疲弊が始まった。
しかしながら、その疲弊の中でも、どうしようも無いことだけは、各島々は実感していた。
その疲弊を感じたかは定かではないが、その頃に各島々を統一しようという大業を掲げた者が居た。
それが、島の国の初代首長であった。
初代首長は、大小合わせて三十三ある島の中でも、小国と呼ばれていた小さい島の出身であった。
幼少の頃に遭遇した統一戦線の戦闘を目の当たりにしたことで、防衛意識を強く持つようになったという。
それから、のんびりと過ごす島民たちとは異質な、非常に勤勉な性格の持ち主として、周囲の注目を集めるようになった。
だが、それはのんびりとしていない、という異分子のような存在で見られたいた、とは本人の回顧だという。
少なくとも、初代の中ではこののんびりした生活を守るためにはどうするべきか、という問いに対しての回答を持っていない。
そのためのヒントを探そうと、統一戦線下の危険な状態にも関わらず、各国を放浪したと言われている。
その航跡や資金の出所など、未だ不明な点は多いものの、確かに初代は各国を周遊したという事実だけは伝えられている。
その見聞紀行に際しては、危険な時代を避け、安全になってから行くことも考えてはいた。
だが、最も危険な当時の状況だからこそ、行く意味と価値があると言って、周囲の説得の一切に耳を傾けることなく、飛び出すように島を出ていったと言われている。
豊かではない国家の、その中でもさらに豊かではない所属の人間が行う旅は、非常に危険なものであった。
ましてや統一戦線下という異常な状況の中で行う見聞に、どれほどの意味があるのか。
周囲は飛び出して行った初代の行動に首を捻りつつも、迫り来る侵攻を押し込めるのに必死であった。
結局、初代は統一戦線の終焉から1年ほど遅れて故郷の島に帰ってきたという。
そうして各国を巡った初代首長は、自分なりの回答を用意することに成功した。
それが、島の国の建国となって、後に具現化することになる。




