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第04話「巨獣襲来」(2)

 中身がパンパンに詰まった麻袋を抱えながら、雑貨屋を出た白音は行く手を遮るように立っている男に気づいた。

 彼は砂埃で多少汚れてはいるが、清潔さを感じさせる袖が短い麻のシャツの上に、色彩豊かな装飾が施されたジャケットを重ねていた。

 膝丈までしかないが、ぱっと見で頑丈さが分かるズボンを穿き、対になっている二本の剣を模した尾錠(びじょう)のベルトを通している。

 被っている帽子は広いつばがあるだけでなく、何種類もの鳥の鮮やかな羽で彩られていた。

 実用性を重視しつつ、男の豊かさも主張をするというコーディネートだったが――彼はそれら全てを台無しにする体型をしていた。

 遠目に見ただけでも、暑苦しさを感じさせる程に横に膨れており、頭髪は二十代後半だろう血色の良い顔立ちに似合わない寂しさだ。


「やぁ。白音(・・)ちゃん」


 横に膨れている男の声は姪を心配する叔父のようだった。

 だが、話しかけられる寸前に白音の可愛い顔が僅かにだったが強張った事を、彼女の肩にとまっていた研介は見逃さなかった。

 故に男の一挙手一投足を見逃すまいと目を見開き、羽角(うかく)をピンと立てる。


「お母さんが大変な事になっているようだな」


 声だけを聞いていたなら、気づけなかっただろう。

 性的対象として見ているわけではない。

 だが、守るべき存在、愛らしい対象として、見ているわけでもない。

 男の眼球越しに、彼がひた隠しにしている黒いものが見え隠れする。

 だが、それは異様な何かとしか呼べない形容出来ないものだ。

 研介は無意識に両足に力を込めかけたが、鋭いかぎ爪を白音の柔らかい肩に食い込ませてしまう前に気づく事が出来た。


(この男は白音ちゃんを見ているようで見ていない? 何を見ているんだ?)

「こんにちは。モァマンさん」


 嫌いな相手でも、挨拶ぐらいしはしますよと育ちの良さで白音は微笑み返す。

 その小さな体の微妙な動きから、研介はその内心を感じとれたが故に、気味の悪い男の鼻先に掴みかかりたいという衝動を堪える事が出来た。


「わしの母国が出資している街に引っ越さないかね? 医療設備も整っているから、解毒も直ぐに出来る(・・・・・・・・・)し、診療所の近くに私の屋敷の一つもあるから、お見舞いに行くのも楽だ」

「知らない町は嫌かな」


 迷う素振りすらみせずに即答をした白音が右足を踏み出すと、モァマンと呼ばれた男も動いた。

 どう見ても素早い動きは不可能だが、少女と大人の体格差があるのだ。

 しかも、横長の体型なだから、白音の行く手を阻むのは容易だった。


「それなりの長旅にはなるが、馬車には冷房設備もあるから、暑さ対策も問題無い」

(白音ちゃんがこの男を嫌がっているのは分かるし、初対面でも気付ける異様さがある。それでも、垣鍔(かきづき)さんが助かる可能性が上がるなら)


 頬の微妙な引きつりや、小さな肩の僅かな揺れから、白音が必死に我慢しているのは分かっていた。

 自身も言葉に出来ない気味悪さ、異質な何かも感じとっていた。

 人語を介する動物達もいるが、希少であるが故に高額で取引をされている。

 迂闊に人前で喋るな――というランスポーの警告の事もあった。

 当然、この町の医師とも相談をする必要がある。

 それでも、もっと詳しく話を聞きたいと研介が嘴をゆっくりと開いた時だった。


 時代劇で聞いた事があるようなカン、カン、カンという火災を知らせる打ち方よりも数段早い。

 もっと危険な何かが起きた事が本能的に分かる鐘の音が鳴り響き、研介と皮鎧の女性の顔つきが変わった。

 二人(・・)の視線の先には、岬で船舶の航行を見守る灯台のように、町の四方に立っている監視塔の一つがあった。


「ムッシュ」

「リオネ。後にしろ」

「非常警報です。プティット・マドモアゼルの為にも、直ぐに状況を確認するべきです」


 モァマンはムッとするも、リオネと呼ばれた獅子を彷彿とさせる女性の纏う雰囲気が剃刀のように変わった事。

 そして、彼女の片手が腰の長刀の方に伸びているのに気づくと、何も言わずに片手を白音にすっと伸ばした。

 だが、その膨れた指は何も掴めなかった。

 そう。少女は監視塔の周りに集まっている群衆の中に混ざり込まんとばかりに、とっくに走り出していたのだ。


**  §  **


 町の四方に立つ高さ十メートル程の石の塔は焼いた煉瓦(れんが)を積み重ねた武骨な作りだ。

 雨天時にも使えるように、簡易の屋根も備えているが、物資と予算の都合もあり――何の装飾も施されてはいない。

 だが、今日は真っ白な猛禽が天辺に飾られていた。


「巨獣は野牛に似た形状で、体長十五メートル前後。右側の角の先端が損傷。流血も多数。明らかに極度の興奮状態」


 震える手で双眼鏡を握る男性の言葉に、隣に立っていた若き町長は血を絞りださんとばかりの表情で拳を握り締める。


「いい金になるからって、軽い気持ちで手を出すなんて」


 地の底から聞こえる怨嗟のような声を屋根越しに聞き、機能性のみを追及した塔に似合わない彫像。

 新雪のような色のミミズクが――町に戻る途中で聞いた『巨獣とは何か?』を思い返す研介が目を細めた。


(大きいとは聞いてはいたけれど……あれは怪獣だ!)


 体のサイズがあまりに違い過ぎる以外は、外見だけでなく、習性も大自然の中に暮らす動物達に酷似している。

 但し、群れや(つがい)で見つかった例が無い。

 その為、そういう生物達が暮らす異世界から、転移をしてきているのではないか? との説が最有力視されている。

 不意に遭遇すれば命がけで逃げるか、下手に刺激しないように、やり過ごすしか、災厄を免れる手段が無い。

 だが、十分な準備さえ出来れば、美味な肉は高級食材に、強堅な骨や皮も良質な素材として高額取引をされる。

 恐怖の対象であると同時に、歩く金脈扱いもされている生き物。


(ニュースでしか知らないけれど、手負いの獣の危険性は段違いらしい。なら、そんな手負いの怪獣の危険性は)


 彼方から地響きをたてながら、迫り来る黒々とした獣。

 あまりに想像を超える相手に研介は目を見開いていたが、不意に何処かから聞こえてきた掛け声に気づくと周りを見回した。

 そして、とある十字路の角にあった倉庫の中から、男性達が四人一組となって、全長が二メートル程で光沢のある金属製。

 見るからに重そうな円筒形の大筒を通りへと引っ張り出そうとしている事に気づいた。


(戦争映画の大砲?)


 研介が興味深げに見つめる中、男性達は気合の叫びを轟かせると大筒を肩の上に乗せ、一組また一組と町と外を繋ぐ虎口の一つへと走って行く

 そんな彼等に続けとばかりに、歳若い少年達も六人一組となり、大筒を外へと運び出した。

 だが、既に汗まみれであり、外に出すのが精一杯というのが明らかだった。


(街中にあんな兵器を置いていたり、手慣れている様子からすると、怪獣映画で軍隊がやるように戦うのが基本? 湖でやりあった奴みたいに、巨大人型兵器を呼び出せるのは少数なのか?)


 恐れていた事の一つを回避出来たかもしれない事に研介は安堵の一息を吐きかけた。

 だが、歯を食いしばった少年達がうぉぉぉと叫んで、凄まじい形相で大筒を担ぎあげる様子。

 彼等を心配そうに見ている幼い子供達に気づき、新雪のように白い顔を暗い色に染めた。

 罪悪感という名の重りを被せられたように、重々しい雰囲気を漂わせ始めた体は硬くなり、眉間に皺が寄った。


(訓練をしていようと、無傷で勝てるとは限らないよな)


 辛そうな表情で必死に踏みとどまる女性達。

 少年達に走り寄りたいだろう母親達の様子も研介の目は捉えた。

 猛禽類の優れた視力が彼女達、一人一人の表情を克明に見てしまった。


(それでも、家族の為に戦おうとしてる)


 最後に倉庫の中から出てきたのは、砲弾のような物を抱え込んだ十歳になるかどうかの少年達。

 筒を抱えた人達に追いつこうとはかりに、皆が必死の形相で走っているが、体格差がある為に一歩ごとに差が出来ていく。

 その為、末尾の子供は無理に駆けようとしたのだろう。

 足を滑らせ、頭から地面に倒れ込み、抱え込まれていた光沢のある円筒が路上を転がった。

 倒れ込む音に気づいた少年達の何人かは振り返ったものの、誰一人、足を止めなかった。

 助け起こそうとする周りの女性達よりも、素早く駆け寄ったのは一人の少女だった。


垣鍔(かきづき)さんは何時、意識が戻るか分からない)


 夜明け前に診療所に運び込み、必要な処置は施された。

 だが、予測されていたように、彼女が目覚めるには時間が必要だった。


(もし、俺が倒されるような事があったら)


 鋼鉄巨人の姿で降り立った湖畔で出会った異形。

 自分と同じような巨体だが、顔が無く、骨も無い為、人には出来ない動き方をする怪物。

 異世界転生した直後に撲殺されかけた事を思い出し、研介の体は緊張と恐怖で硬くなった。


(ランスポーさんだって、何時までも、白音ちゃんを助けてくれるとは限らないんだから)


 白音が少年を助け起こす様子を見ていた研介は、猛禽類の優れた目は彼女の小さい手が震えているのを捉えてしまった。

 砲弾らしきものを抱え上げ、走り出した少年を見守る事しか出来ない優しい少女の辛そうな顔を。

 だから――。


(くそッ! ほんと、俺は何をやってるんだよ!)


 研介は羽毛に包まれている足裏で天辺を蹴り、短いが力強い見た目どおりの脚力で身体を浮かせるや羽ばたきを開始する。

 始まりは浅く、小さく。

 次第に深く、大きく、翼を打ち下ろしていく。

 風が羽を撫でる音と羽ばたく音が重なる中、その身体は浮き上がっていく。


(今の俺は二人だけじゃない。この町の皆を助けられる力を持った賢者ロボになれるんだぞ)


 地上から遥か上空へと舞い上がった白一色の猛禽は、新雪が溶けるように陽の光の中へと溶け込んでいった。


**  §  **


 数キロ先から、絶え間なく降り注ぐ豪雨のような音をさせながら、迫ってくる土煙と薄っすらと見える巨大な獣の姿は恐ろしいものだった。

 耳に届く蹄の音の中に、怨嗟の込められた嘶き声が混ざっている事に気づいてしまった人は腰が抜けたように崩れ落ちた。

 立ち塞がるもの全てを押し流さんとばかりの騒音の中、町の住民ではない者達。

 馬車持ちの商人達は各々の馬へと鞭を入れ、巨獣とは反対側の門の方へと走り去っていた。

 近隣に住まう部族の者達も躊躇いの表情を見せながら、そっと場を離れていた。

 そして、逃げられない者たちは――。


「兄ちゃん」


 街に迫りくる巨大なる怪物を退ける為、対抗する手段をもって、街の外へと出て行った若者達の弟や妹達。

 まだ戦う為の術を持てなかった。

 持つ事を許されなかった幼い子供達が口々に不安げな声で呟く。


「ちきしょう。何で、俺は何も」


 右前足の膝から先が無い為、支えとなる棒を使う事でようやく立っている。

 だが、顔の少なくない刀傷が歴戦の猛者だと物語る男性の怨嗟。

 それも、自分自身への言葉を聞き、彼の傍らにいた女性は肩を貸すと、強引に人だかりを離れさせた。


「ランスポーさんが居ない時に来やがって」


 歯軋りを始めそうな表情で呻くように言ったのは、とある酒場の(ひさし)の下にいた女性だ。

 死地へと向かう夫、恋人、父親、兄達を見守る事しか出来ない者達。

 歳や傷病の為に戦う事を許されなかった者達。

 迫り来る巨大な獣を退けんとする勇士達の勝利を信じる事しか出来ない人々は、陶器が割れたような音が遥か頭上から響くのを聞いた。

 ただし、それは空気を震わせ、建物を揺らし、大地の上を広がっていく程の轟音だった。


「そ、空が!?」


 手すりに寄りかかってる時に衝撃波を浴びせられた為、監視塔の手すりの外へと転げ落ちかけていた町長。

 必死に手すりを掴んでいた彼は驚きと混乱の中、状況を理解しようと四方を見渡す。

 そして、まるで天が裂けたかのような現象が起き、青空の一角だけが不自然に真っ白になっている事に気づいた。


「何だあれは!」

「さっきのは空が砕けた音なのか?」


 衝撃波で転ばされた子供達が泥まみれで立ち上がる中、立ち続けられた人々が口々に驚きや懸念を語り合う。

 子供を抱き締めた母親達も話し合った結果、少しでも安全な場所に避難しようと家に走るものと、皆と一緒にいる事を選ぶものに分かれた。


「もう一匹、現れやがった」

「今度はミミズクだ」


 青空の裂け目から、突如として飛び出した巨大な鳥の頭。

 自分達を静かに見下ろす猛禽類の目に気づいた人々が口々に声をあげる。


「よりにもよって、町の上に現れるなんて」


 小さな子供を抱きかかえた母親は悲痛な顔で悲鳴を零したが、抱えられた幼い子は恐怖など微塵も感じていない無邪気な笑顔を空へと向けていた。


「ワシの研究は正しかった。やはり、奴等は別の世界から来ているんだ」


 自身の仮説の正しさが証明された事を喜ぶ顔をしているのは、如何にも学者といった雰囲気の年老いた男性だ。

 人々が騒ぎ立てる中、何事も無かったかのように巨大な怪異は前へ前へと飛び続け、白い羽に包まれた上半身が太陽の光を反射してきらめく。


「いや、違う。あれは人の手だ」


 木の棒を松葉杖のように使っていた男は白い羽のように見える。

 だが、その実体は外套(がいとう)の陰に見え隠れする金属製の小手を指差して叫んだ。


「巨獣じゃなくて……巨人?」

「猛禽頭の巨大騎士?」


 空の裂け目から飛び出し、巨大な羽を広げるように外套で風を切りながら、自分達の頭上を飛び去っていく。

 鋼鉄巨人――賢者ロボ・クレヴァリーの姿となった研介を見た人々は震える声で呟いた。

 そして――。


「ロ、ロボット!?」


 監視塔の上で双眼鏡を握っていた町長と、剃刀のような雰囲気を纏った女性と共にとある路地裏にいた横に膨れた男。

 彼等二人だけは、この世界では一般的ではない単語を口にしていた。

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