第04話「巨獣襲来」(1)
大陸中西部に位置する平坦であり、雄大な川を擁するだけでなく、農業を行うのに充分な水も地下に有する大草原がある。
だが、建築資材を確保出来る程の森林樹木は無く、風景の変化に乏しい場所だった。
無理にでも見所をあげるなら、遥か彼方に見える雄大な大山脈を見れる事。
その為、大陸外から来た商会達は興味を示さない土地だった。
しかし、そのような場所でも生きる者達もいた。
狩りを主な糧として、風に乗るように移動する生活を行ってきた部族のオズセリ族だ。
この事件は起きたのは、彼等が何時ものようにバッファローを追っていた時だった。
何も無かった平原に突然、商館を更に洗練したようなデザインの建物が出現したのである。
狩人達は馬を制し、減速を間に合わせたが、バッファローは雄叫びをあげながら外壁に激突。
最初に骨が砕ける音、次に木材と石の割れる音が荒野に響き、激しく粉塵が舞った。
狩人達が遠巻きに様子を伺う中、館の中から、恐々と外へ出てきた黒髪の青年。
彼は馬達が怯える程に、正気を失ったかのように喚き散らした後、ビシッと背を伸ばすと右手を突き出した。
そして、見えない何かを触るように手を動かし、また、何かを押し込むような動きもした。
すると、館が現れた時のように、何もなかった館の周辺に高さ十メートル、幅も十メートル程の巨大な円筒が出現。
しかも、彼が手を動かす度に二つ、三つと増えていく。
それは時に怪物達とも対峙をしてきた狩人達にも理解を出来ない奇怪な現象だった。
だが、最も古き狩人は部族の言い伝え『イ・セカイジン』を思い出し、握った槍を片手に馬を駆けさせようとしていた若者を制する事が出来た。
最初、古き狩人は青年の発する言葉を理解出来なかったが、身振り手振りも加えての手探りを重ねるごとに僅かずつ。
だが、砂が水を吸うように意図が分かるようになっていき、それは青年も同じだった。
やがて、奇怪な館は獲物を追って、荒野を走る人々にとって好き休息所となった。
狩人達が道具を手入れするための簡易な小屋を建てるなどを始めた頃、山脈へ向かう冒険家と呼ばれる物好き達も立ち寄るようになった。
人が集まり、物々交換が始まると交易所が生まれた。
そして、館の主人である若者を中心とした村が出来て、日に日に成長を続けるのも自然な流れだった。
やがて、走る馬車がすれ違える程では無いものの、徐行状態であれば、接触事故を回避出来る程度の幅を持つ町へと成長した。
そして、更に数年が経ったある日。
、とある十字路を滝のように流れ出る汗を拭いながら、小さい肩に新雪のような羽毛のミミズクを乗せた少女が歩いていた。
(やはり、あの雄大さはTVとかで見た事のあるロッキー山脈だ)
バイトをクビになった日に事故に遭い――次に気づいた時、かつて自身がデザインをするも、完成をさせる事が出来なかったロボットの姿に。
そして、今はミミズクの姿へと変身をし、思い人の娘の肩にとまっている蛇原研介は街を囲う壁の先を。
高さ三メートル程の壁など、優に超えている遥か先の山脈をじっと見ていた。
(夜空に見える星座が同じだったし、多少の違いはあるけど……使われている言語は英国式英語やフランス語)
相手の話す言葉が日本語に聞こえ、自分の話す言葉は相手の母国語として伝わる。
あまりに都合が良すぎて、万能という呼び方でも不足だろう。
ノートに記したとおりの通訳能力まで、研介は獲得をしていた。
但し――気楽に考え、作っておいた設定。
聞いてから、意味を理解出来るまでに、ワンテンポ程かかるという不便さまで現実になっていた。
(魔法があるし、ファンタジー世界によくいるモンスターだけでなく、巨獣なんて巨大生物もいるらしいが……。ここは異世界は異世界でも、SF映画とかでいう並行宇宙にある別の地球なんだろうな)
二人、もしくは一人と一羽は広場を横切り、生鮮食品を扱う商店が並ぶ通りへと足を踏み入れた。
農作に適した土地とはいえ、あまり開発が進んでいない現状、欲しい食材があるとは限らないし、価格の乱高下も激しい。
家計を管理する金庫番達が悩む様があちこちで見受けられる。
(時代的には数百年前。欧州が後に米国となる『新大陸』に移民と開拓という名の)
研介は教科書や映画で見聞きした米国史を思い出し、ついている虫を振り落とすように新雪のような色の羽を振るった。
(いや、各勢力が沿岸部に橋頭堡を築き、内陸部へと進んでいくというのは同じでも、話を聞く限りだと、先住民との関係は良好――ォゥ!?)
橋頭堡という日常会話では使わない単語が頭に浮かんだ事に困惑しながら、思考を続けていた研介にすれ違った荷牽きの馬が鼻息を吹きかけた。
(ちきしょう。何なんだよ。俺、馬の興味をひく匂いでも放っているのか?)
不快気に頭を振るう研介を眺めていた一羽。
羽飾りを着けた日焼けが健康的な女性店主の肩にとまっていた雌鷹がピィと一鳴き、研介も反射的にホホォッと返す。
猛禽達の微笑ましいやりとりに店主が頬を緩めた。
(彼女達が大切にしているような部族所縁の品を強奪しようとする欧州人。反対に部族同士の戦いに大陸外勢力を引き込もうとする先住民もいるらしいが、どちらにも襲いかかる危険な生物がいるから、何だかんだで皆が協力せざるをえない)
大火に繋がりかねない火種があるから、大規模な衝突を回避出来ているという歪みを抱えた状況。
だが、何かの拍子に全てが崩れかねない薄氷の上の生活。
研介の被害妄想ではない証明とばかりに、彼等が通り過ぎてきた商店の軒先の一つで、先住民と移民の殴り合いが始まらんとしていた。
(このあたりが穀物地帯として開発がされるのは、もっと後だったはず。これからの開拓史がまったく予想がつかないが、俺みたいに異世界から来た日本人が作った町に暮らす方が安全なはずだ)
思いを寄せる佐恵と彼女の愛娘白音。
白音の肩に乗りながら、何よりも、二人の平穏な生活を願っていた研介は角にある鍛冶屋。
鍋のような生活に必要な金物から、野生の生物を相手とする為の剣や斧まで扱う店から出てきた男性に目をとめた。
いや、男性達と言うべきだろうか。
男性の一人は熱い陽射しが射す大平原に場違いどころではない。
ぴったりとフィットし、肩の形を明確にしている紺色のジャケットとすっきりとしたズボン。
首には当然のようにネクタイが巻かれ、足を保護するのも野外には不向きだろう革靴。
遠目にも、分かる程の典型的な現代のビジネスマン姿だ。
あまりに時代錯誤な格好をしている男性の肩の少し上に、色が薄い以外は違いが分かり難いデザインのビジネススーツをまとった眼鏡をかけた小人が浮いていた。
しかも、彼はドラマや映画で描かれる幽霊のように半透明だった。
(有留頼斗)
自分達と同様、この異世界に転移をしてきた日本人。
この地域の開発の為、投資をしようという商人達がいなかった事。
土地の所有という概念もなかった先住民達にも受け入れられ、自分が生き延びる為の場所を作り始めた結果、大平原に町を作ってしまった若者。
本来の自分とあまり変わらぬだろう年齢で、重責を背負う事になってしまった彼に研介は同情と羨望の眼差しを向ける。
「市長。千里の道も一歩からです」
研介が意識を向けていたからだろう。
猛禽類の聴覚が紺色のスーツを着ているというより、スーツに着られている若き町長を励ます小人。
対照的なまでにビシッとスーツを着こなし、ガッツポーズを決めている小人の声を拾っていた。
(白音ちゃんは『マネージ・ザ・シティ *1』というゲームの中から来た人が、この町を作ったって言っていたけれど……。たぶん、俺と同じように異世界転生をした人が、ゲームを再現するような能力を得たんだろうな)
「ハイ。シロネ」
「こんにちは。アウセさん」
首を回せるという特性を活かし、研介が町長達を見続けている間に、一人と一羽は、もしくは二人は目的地についていた。
まだ築数年だったが、荒野の陽は煉瓦造りの建物に無数の跡を残しており、かつては鮮やかだった屋根は色合いがくすんでしまっている。
雑多な品が並べられた軒先も日光に晒され続けた結果、色あせてしまっている部分が少なくない。
そのような雑貨屋の店主もやはり、健康的な日焼けをしている金髪の夫人だった。
*1 マネージ・ザ・シティとは――。
米国のマネージクス社が展開している『マネージ』シリーズの第一作目。
プレイヤーは市長として、話し方も立ち姿も個性的なサポート役達の意見を聞きながら、都市開発運営を進めていくするシミュレーションゲームである。
だが、何をするにも財源が必要。
選択の誤りの一つで、一大都市がゴーストタウン化する事もあるシビアなゲームだ。
** § **
午後を少し過ぎた頃、とある雑貨屋の日焼けが目立ち始めた木の扉が開いた。
重そうな麻袋を抱えるも、元気一杯といった様子の少女が陽の中へと歩き出す。
その肩に無力感に打ちのめされ、憂鬱な顔の雪のように白いミミズク姿の研介を乗せて。
「クレヴァリーは本当にお腹が空かないの?」
「ああ。陽の光が私のエネルギー源だからね」
(ネズミとかを食べないですむのは、本当に良かった)
研介は日光浴を楽しむだとばかりに、新雪のような色合いの翼をバッと広げながら答えた。
嘴を大きく開け、気持ちの良い風も全身に浴びているミミズクから視線を外した白音の目はどこか遠くを見ていた。
周りに子供達は何人もいるのに、彼女一人だけが取り残されているような顔だった。
「そっか……。私、一緒に食事をしたかったな」
白音の弱々しい声に、研介の体は金縛りになったように固まるも、強引に首をゆっくりと彼女の方へとまわした。
可愛らしい顔が寂しさで曇っているのを見て、彼は静かに嘴を一度閉じた後、ゆっくりと開いていく。
「だけど、君が好きな食べ物は一緒に食べてみたいな」
「うん。じゃあ、今度はクレヴァリーの分も作ってあげるね」
母親が診療所で保護されている間も、一人での食事にならない。
その喜びに白音は寂しさが薄れていくのを感じ、彼女の心が温まっていくのは、その肩に乗っていた研介にも伝わった。
だが、研介は頬を緩める事は出来なかった。
人間よりも優れた聴覚を持つ猛禽類の姿となった彼の耳が、険悪な雰囲気の声が近づいてくるのを捉えたからだ。
「――を受け入れる――出来――」
「強情――」
(町長と誰だ?)
研介は耳を澄ませ、風に乗って聞こえてくる声に意識を集中させる。
聞き耳をたてるという行為に後ろめたさを感じ、心の中で罪悪感がわき続ける。
葛藤しながらも、白音を守る為だと自身を納得させ、研介は何かあれば飛びかかれるようにと身構えた。
「痛ッ」
「す、すまない」
「ううん。大丈夫だから」
守りたいという強い思いが、両足の鉤爪を白音の柔らかい肩に食い込ませてしまった。
空回りに苦しむ研介の視界の端に。
次の十字路の建物の陰から、町長と横に膨れている男、皮鎧を纏った女性の一団が現れた。
** § **
若き町長の左肩の上には、スーツ姿のとは別の小人も浮かんでいた。
黒が若干混ざった青色の制帽と制服。
右手にドーナツまで握っている姿は、米国のドラマで描かれる如何にもなアメリカン・ポリスだ。
横に膨れている男は顎や首にも丸みを帯びているが、顔に皺が無い事から、いわゆる中年太りでは無い事が分かる。
二十代半ばから後半といったところだろうが、毛髪はかなり薄くなっており、頭頂部や生え際は特に目立っていた。
そして、脂ぎっている顔があまり健康的とは言えない彼の食生活を物語る。
彼等の半歩後ろに続く女性。
彼女が纏う皮鎧は要所要所に金属を張り付けており、軽快な動きと堅固さを両立させられる作りだ。
無頓着なのではなく、日常的な手入れが困難な為だろうが、元は美しかっただろう金色の短い髪は色褪せたようになり、全体的に痛んでいる。
だが、その荒々しさは剃刀を。もしくは、獅子を彷彿とさせる顔立ちに似合っていた。
細い腰には遠目にも分かる程に使い込まれてきた事が分るものを二つ差している。
一つは90センチ以上、もう一つは45センチ程で、どちらも多くの日本刀の鞘のような漆を塗られた木製だ。
ただし、柄はどちらも西洋の刀剣類のように装飾を施されており、ミスマッチ感が少なくない。
「一旗揚げようと新大陸に来たが、失敗した奴等だ。安く使えるぞ」
「一度に大量の労働者を迎え入れる事のメリットとデメリット。どちらも大きいので、慎重に判断をするべきです」
「治安の悪化が心配だ。市長、警察の予算を増やすべきだ」
横に膨れている男の不愉快なプレゼンに対し、額に皺を寄せ続けていた町長の顔は両肩の上に浮かぶ小人達の言葉で更に曇った。
ポケットの中に入れられている指先も震えていた。
「心配いらん。うちの用心棒達を割安で貸し出してやる」
男の言葉で町長は以前、彼が連れてきていた荒くれ者達を思い出す。
皆が筋骨逞しく、厳つい表情であり、着ている皮鎧の修繕は遠目にも分かる程に乱雑。
膨れている男を守るように立っていなければ、野盗の一団にしか思えない男達だった。
「しかし、今日は一人も連れてきていないんですね。ここに来る前に寄った開拓地の自警団と乱闘でもした結果、馬車で包帯を巻きあったりしているんですか?」
「ああ。リオネ一人の方が役にたつし、安上がりだから、奴等には留守番をさせている」
その言葉に凛々しい女性は気を良くしたのか、形の良い鼻を誇示するように頭を傾けた。
照りつける太陽光が生み出した雫が整った頬を流れ落ちていく。
「胸も尻も貧相だが、むさ苦しい奴等と旅をするより……な」
町長は顔を顰めたが、女性の方は聞き慣れているのか平然としている。
その反応を見たからだろう。
町長は良く言えばスレンダーなモデル体型。
悪く言えば、武器を扱うのに必要なだけの筋肉がついているとも思えない女性にあらためて意識を向けた。
(強いんだよな? けど、どういう戦い方をするんだ?)
観察をするように見る事には抵抗がある。
だが、興味を抑えられなくなった町長が視線を動かし始めた時だった。
「こんな広大な土地を遊ばせておくのは勿体ない」
「あぁ……。ええ。そうですね」
「低賃金で働かせられる奴等を使って、大規模な穀物地帯を作るだけでも効果的だが」
謎めいた美しい女性の方に意識の大半を向けていたとしても、右から左に聞き流していたわけではない。
故にポケットから手を出した町長は静かに腕を組み始めていた。
「もし、地下資源もあるなら、この大陸の覇権を握れる拠点となる町を作れる。町長はこの土地の価値をもっと理解するべきだ」
「ゲームの中ではなく現実で、自分の思うように町を作れるなんて、得難い機会を得られたんだ。なら、ここでも、メトロポリスは作りたいですね」
その言葉に膨れている男は目を輝かせ、拳を揺れ動かしながら、力強い声で熱心にプレゼンを続ける。
一方、町長は頷く事もあったが、だんだんと聞き飽きてきたという表情に変わっていく。
やがて、自分の熱弁の空回りに気づいた男はぎゅっと握りながら、振り続けていた拳を解いた。
「だけど、この世界はゲームじゃない。現実です」
町長の右手は空中の何もない所を滑るように動き、その指先の一つが何かを押すかのように動いた。
更にもう一本の指先が何かを摘まむかのように近づけられた。
それはまるで壁掛け式のタッチパネルを操作しているかのようだった。
だが、町長の目線の先には何もない。
傍目から見れば暑さでおかしくなったと思われても仕方のない行為だ。
故に彼等の周りを通り過ぎていく人々の反応は概ね三つにわかれた。
町長がまた何か、変な事をやっているという無関心な大人達。
同じく街の住人でも、子供達は音楽に合わせて踊るダンサーのような行為を真似して遊ぶ。
気味悪がって、そそくさと逃げ去るのは行商人達だ。
「だから、皆が幸せになれる巨大な街を作りたい」
横に膨れた男は理想に燃える町長に対し、現実を見る事が出来ない愚か者だと冷めた目を向ける。
分っていますよと自嘲気に頬を緩めた若者の両肩には、拳をぎゅっと握り締めたガッツポーズをするスーツ姿の小人と、誇らしげに腕を組むアメリカンポリスな小人がいた。
「まぁ、いい。夢を見るのは自由だが、我らアルジャデリエ商会との契約。返済日は守ってもらうぞ」
「ええ。期日通りに」
町長はそう言うと歩き去り、髪の薄い男は音がしそうな勢いで歯軋り。
彼の隣に立つ皮鎧の女性は何か言いたげにしていたものの、口を開く事は無かった。
そして、彼等のやりとりを興味深げに観察をしていた一羽の猛禽類の方へと歩き出す。