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第03話「家族」(2)

 ポツポツと立ち並ぶ木々に囲まれた一本道を、羽角めいた飾りがミミズクを彷彿とさせる顔の白銀の騎士が走り抜けて行く。

 それを木々の間から、獣達が覗いていた。

 全身を金属で守っている騎士など、飢えに苦しんでいようと、狩りたいとは思わないだろう。

 なら、何故、様子を窺っているのだろうか?

 それは鎧騎士が走るだけで揺れを生じさせる程に巨大だからであり、彼等は半ば怖いもの見たさで集まっていたのだ。


「ママの運転する車で、お爺ちゃん、お婆ちゃん達の家に向かっていたんだけど」


 かつて、自分が夢中になったロボットアニメの主役機達を参考にして描いた。

 そんな鋼鉄の巨人となってしまった研介が走り始め、少しした頃から、白音はこの世界に来る前の事を話し始めていた。


「後ろで凄い音がして、急に熱くなったら、目の前が真っ暗になって」

(ッ! ネットニュースに載ってた高速道路での玉突き事故!?)

「急に明るくなったら、大きなサボテンが生えている砂漠に放り出されていたの。陽ざしは焼けるように凄いし、ママの車は煙を噴いているし」


 白音は乗り越え終えた過去の嫌な思い出とばかりに淡々と語るが、それを聞いている研介は心臓の脈打つ速度がどんどん加速するのを感じていた。


(そうか……。白音ちゃんは、自分が一度死んだ事に……。所謂、異世界転生をした事に気づいていないんだな)

「ママは気を失ったままだったけど、立ち上る煙を見て、牛に乗ったオシャレな羽飾りの人達が助けに来てくれたの。クレヴァリーみたいに」

(いや、主人公が死んで、異世界にってラノベや漫画とかを読まないと、そういう発想には繋がらないか)

「それはきっと、君のお母さんが多くの人を助けてきたからだよ」


 バイトの時、佐恵(さえ)にサポートをしてもらった事。

 食費を切り詰めていた時、自宅に招かれて、満腹になるまで食べさせてもらった事。

 何度も助けてもらった事を研介は思い出しながら、優しい声で語り聞かせる。


「だから、君達が困っている時には、多くの人が助けてくれるんだよ」

「そうなのかなー。それでね。その人達のテントで、ママも目を覚ましてね。私も角が凄~い牛に乗せてもらって、近くの街に連れて行ってもらったの」


 白音はそこで言葉を切ると、操縦席に体を固定された母親の手を静かに握った。


「ねぇ……。ママは……。ママは今度も大丈夫だよね?」

「ああ。君のママは強い」


 研介は引っ越しの時に見送った白音の姿と今の彼女を比較し、五年以上の年月が経っていると推測。

 その間、女手一つで育ててきた母親佐恵の奮闘を考えながら、静かに、だが、全身全力を込めた声で告げる。


「だから、大丈夫さ」


 そうは言っても、やはり、不安を完全にはぬぐい切れない。

 研介が半ば無意識に、足を振り上げる速度を更に増させた時だった。

 前方数百メートル先、その道の真ん中に何者も通さぬとばかりに陣取っている荷馬車があった。


(ん? 誰かいる?)


 研介がカメラのピントを合わせるように、荷馬車に意識を集中すると――。


「ランスポーさんとナビアだ」


 意識不明の母親の手をぎゅっと握っていた白音の前に、正確には外の様子を映していたモニターに、研介が見ているのと同じ光景が映し出された。


「ランスポーさんは街の運送屋さんで、ママが部屋を借りる際にも手伝ってくれたの。ナビアは荷台を牽いている黒い馬だよ」


 二人の知人と早々に会えた事を喜びながら、研介はゆっくりと速度を落していく。

 だが、その相手は血走ったような目を向けていた。


「巨人ッ! お前が捕まえている馬と一緒にいた二人はどうした!?」


 ただでさえ巨体で圧を発しているのに、全身を覆う金属が更に迫力を増している。

 そんなのを相手に吼えるように問いかけた男は五十代半ばといった風貌だが、その直立不動の姿勢が、筋肉が一切衰えていない事を物語る。


「答えぬか」


 舌打ち音を鳴らすや、男は無数の傷跡が残る右手を腰の鞘へと伸ばしていく。


(短気とかじゃなくて、白音ちゃん達を心配しているからだよな)


 研介は二人の姿を見せて、安心させようと腰を静かに落していく。

 と同時に、彼の思いに連動するように、胸のハッチの蓋部分がゆっくりと持ち上がり始めた。


「ッ!?」


 だが、その意図が正確に相手に伝わるとは限らない。

 鋼鉄の巨人の振る舞いを――奇怪な行動を攻撃準備と誤解するや、ランスポーは両足にぎゅっと力を込め、腰も一気に落とした。


(うッ!?)


 研介は突然、冬の雪原に放り出されたような感覚に襲われた。

 否、それは寒気なんて表現は相応しくないだろう。

 例えるなら、死に直面したような気分であろうか?

 だが、体の自由が効かない状態であろうと、ハッチは彼の意志とは無関係に開いていく。


「ランスポーさん。待って」


 三階程の高さの窓から、体を乗り出させているような感覚に襲われ、恐怖で喉に声が詰まりかけるも――白音は勇気を振り絞って叫んだ。


「シ、シロネ?」


 走り出さんとしていた男はつんのめりかけ、茫然とした顔で目をパチパチと瞬きさせる。


「その巨人に食われ……たわけではなくて……ん? んん?」


 剣を振り上げたまま、困惑の声をあげた男の姿がコミカルだったからだろう。

 研介の緊張が解けたのに連動するかのように、鉄の口元が内部の熱を外へと放ち始める。


「クレヴァリー。あの人は病気にも詳しいの」

(輸送業の人が? いや、こういう世界だと、独学で医術を学ぶ人も少なくないのか?)


 白音の意図を察し、研介はそっと両手を胸元のハッチへと寄せた。

 ハッチ内へと鼻先を突き込んだトゥラビィに見守られながら、白音はぐったりとしている母親の体を固定しているベルトを外していく。


「んッ……せぇぇぇの……よいしょォ」


 可愛らしい掛け声の末、汗だくの白音が母の上半身を外へと押し出すと、トゥラビィがその襟首をガッツリと噛んで、ぐいっと引っ張りだした。

 息の合ったコンビプレイを見ている事しか出来ない事が悔しい。

 研介の思いを反映したかのように、月は雲に隠され、陰った月明りが表情の変わらない顔に憂鬱そうな雰囲気を作り出した。


**  §  **


 夜闇の中、ランスポーが使い捨ての着火剤を使って起こした焚火がパチパチと音を鳴らす。

 刃を食い止め、矢の貫通速度を落す為の外套(がいとう)なのだから、当然、寝心地が快適とは言えない。

 だが、地べたに寝かせるよりは――と火の側に作られた即席の寝台に、まるで人形になったかのように身動きをしない。

 それでも、緩やかに呼吸だけは続けている佐恵が寝かせられていた。


「ハイバーをベースとした毒を使われたようじゃな」


 ランスポーは自分の無力さを悔しがっている。

 だが、諦めはしないという顔で語りながら、外套の空きスペースに並べていた器具。

 色彩や形状はバラバラだが、使いやすさと機能性を重視している事が一目で分る医療器具を回収していく。


「ハイバー?」

「落盤などで、洞窟に閉じ込められたような時に酸素消費を抑えて、救出が来るまで生き延びさせる薬ハイバーネーション(冬眠)じゃよ」


 ランスポーは学生達に講義をする教授のような顔で語り――。


「助けが間に合っても、薬が抜けきるまで日数を必要とするうえ……後遺症が残る事も少なくない」


 苦々しい顔で嫌気を露わにした。


「研究途上の薬だけあって、流通が少ないのだが……。そんな代物(しろもの)への対処方法を知っておるとは、賢き者と名乗るだけはあるな」


 嫌味ではない。

 純粋に称賛だと分かる快活な笑みを浮かべながら、ランスポーは文字通りに鉄の塊になっている研介を見上げた。


(後遺症だって!?)

「私は低体温症に近いと判断をして、体を温めたんだが……正しかったのか?」


 褒められた事を素直に喜べないまま、研介は自信無げにおずおずと尋ねた。


「うむ。あとは街での処置じゃな」

(よっしゃぁッ!!)


 研介は嬉しさで思わず拳を握ると、豪風を巻き起こす勢いよく立ち上がった。

 気流に巻き上げられるように白音も喜色満面で勢い良く立ち上ったが、ランスポーが何か言い難そうにしているのにも気づいた二人は息をのんだ。


「ただな……。ハイパーであれば、定期的に水を飲ませて、体内に残っているのを排出させていけば、断続的に意識が戻り始めるが」


 その悲痛な顔を見て、ぬか喜びに気づいた研介の体から力が抜け、両の手は完全に開いた。


「話を聞く限り、矢先に塗られたモノが(かす)っただけで……だ。わしの知るのとは違い過ぎる」


 白音はその愛らしく、可愛らしい顔を鬼気溢れるものに変え、裂ける程の勢いで口を開いた。


「ママは負けないッ! 悪い奴なんかに負けるもんかッ!!」


 そして、歯軋りも響かせそうな勢いで月光の下で叫んだ。


「そうだ。私も垣鍔さんの強さを知っている」


 研介の叫びも夜闇を震わせ、ぎゅっと握り締められた鋼鉄の右手は月光を撥ね返した。


「ああ。そうだったな」


 幼い娘を連れ、開拓団が暮らす街――と呼ぶには、まだ厳しかった頃の街に現れた得体の知れない子連れ。

 皆に怪訝な目を向けられる彼女を不憫に思って、男達相手の仕事をする覚悟を決めるまで――のつもりで雇った雑用係。

 しかし、瞬く間に、街の命綱となる輸送網において、中核を担う一人となった女傑。

 彼女の成し遂げた数々の奇跡じみた偉業を思い浮かべ、ランスポーは自分が愚かだったと嘲る笑みを浮かべた。


「うんッ」


 元気溢れるとは言えないが、微笑み返した白音を見て、一先ず危機は脱する事が出来た。

 そんな安堵の表情を浮かべた研介の両手から、煙が立ち昇るように無数の光球が夜空に向かって飛び始め、その幻想的な光景をランスポーと馬達は興味深げに眺める。

 鋼鉄の賢者は少しずつ、だが、確実に薄ぼんやりとした姿に変わっていく。

 と同時に、その体躯も縮み始めた。


(厳密な時間の設定は書かなかったけど、賢者ロボ・シリーズのお約束(ルール)からは離れられないのか)


 そう。それはシリーズの共通設定の一つ。

 別の星や異世界から、地球に降り立ったロボット達は(ことわり)から外れた存在である為、長時間、留まり続ける事が出来ない。

 それを解決する為、彼等は理に沿った姿へ。

 地球上に存在した知識の館(図書館)や、番組の主人公である少年の家庭教師のような身近な人間に憑依をしてきた。


(およ)そ一時間か)


 大人の男性サイズにまで縮まった。

 だが、その薄ぼんやりとした姿は明らかに人間の形ではない――研介を其々の思いの中、皆が見つめていた。


(あの顔の無い軟体巨人との戦いは五分ぐらい。激しく動くと、もっと短時間しか、賢者ロボの形態をとっていられない可能性もあるな)


 更に縮みながら、どんどんと薄くなっていった光は鳥だと一目で分かる形に変わっていく。

 光が消えた時、皆の視線の真ん中には一羽の真っ白なミミズクがいた。


「クレヴァリー……だよね?」


 屈んだ白音に震える声で問いかけられ、ミミスグは――研介は返事だとばかりに、月光を弾き返す白銀色の羽を大きく広げた。

 そして――。


「ああ」


 大きく上下に開かれた嘴の間から、聞き取り難いが、人間の声が発せられた。


(うぉ! しゃ、喋れた!? それに、生まれた時から、鳥だったみたいに、体の動かし方も分かるぞ)

「私だよ」


 白音が喜色満面でぎゅっと抱き締め、すっと立ち上がると、恐る恐ると近づいてきていたトゥラビィが鼻先で研介を小突き始めた。


(馬の親愛行動だとは分かるけどな……鼻息ッ)

「くすぐったい」

「ヒヒィィィン」


 研介の苦情など聞こえていないとばかりに、トゥラビィは鼻先をグリグリとやり続ける。


「そ、そのミミズクが……さっきの鋼鉄の巨人なのか?」


 ランスポーは半信半疑というより、七八割は疑っているという声で問いかけ、白音は誇示するように新雪のようなミミズクを抱え上げた。


「はい。クレヴァリーは今、この姿に変身をしています」


 テストで完璧な回答をしたという言いたげな白音に対し、ランスポーは唸り声をあげそうな勢いで悩み始め――やがて、理解を諦めたという顔で口を開く。


「猛禽のような顔をしていたが……。本当にミミズクだったのか。異世界には変な、いや、珍しいものが」


 ランスポーは遠くを見ようとしているような顔で、おぼつかない足取りで荷馬車へと歩き始めた。

 口をわずかに開けているのに気づけないまま、積んでいる荷を左右へと寄せていく。

 作業手順が体に身についていたからだろう。

 重心が寄らないように、重量物はバランス良く分けていた。


「だが、まぁ……。さっきまでのような巨体だと、街でいらぬ騒動を起しただろうしな」


 指先を動かすという行為が刺激となったのだろう。

 鈍かった目に光が戻り始めたランスポーは丸めていた布を手早く解いていく。

 赤地の布と青が混ざった緑色の布。

 彼は二つを見比べた後、痛みが目立ち始めた緑色の上に赤地を重ねた。

 簡易ベッドの準備は抱きかかえていた研介を肩に乗せた白音が参加した事もあり、あっという間に終わった。


(あんな力を得たというのに、何で今の俺は無力なんだよ)


 上半身を抱え上げたランスポーと両足を握った白音が、彼女の母親をベッドに寝かせるのを、ただ見ている事しか出来ない。

 鋼鉄の巨人として戦う事が出来ても、するべき事を出来ない――という現実。

 研介は万力で締め付けようとしているかのように、嘴をぎゅっと結んでいた。

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