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第02話「狭間の世界から来た賢者ロボ・クレヴァリー」(2)

 月光というスポットライトを浴びながら、一人の少女が妖精のように華麗に宙を待っていた。

 毒で体が思うように動かせなかろうと、彼女の母親は愛する娘を受け止め、胸に抱きしめようと必死の形相で立ち上がろうとする。


「逃がすかァァッ」


 そんな二人を阻止せんとする無頼漢が。

 それどころか、今夜の全ての元凶である皮鎧の男は雄叫びをあげ、古傷が目立つごつごつした右手を少女に向かって伸ばしていく。


「行かせるかァァッ」


 様子を伺っていた水面下の生き物達を水底に追い返すほどの大音量。

 夜闇をも震わせる決意を響かせた研介の鉄の拳が空気を切り裂き、皮鎧の男を圧殺しかねない程の近くへと打ち込まれた。

 衝撃波が巻き起こり、湿り気の多かった湖畔の大地は激しく弾け飛び、爆発が研介の拳を中心とする土の津波を生み出した。

 ズシャァッン。

 大量の土塊を浴びせられた男は悲鳴をあげる間も無く。

 それどころか、何が起きたかを理解する暇も与えられずに土塊(つちくれ)の中に呑み込まれていった。


(じ、自力で脱出を出来るは、はずだ)


 思い人とその人の娘を助ける為とはいえ、(ひと)一人を一瞬にして、生き埋めにしてしまえる。

 そんな今の自分の強さに。

 もしくは、異常さに研介は戦慄し、屈み、拳を打ち込んだ体勢で固まってしまっていた。

 自分と同様に異質の力を持つ相手と対峙している最中だというのに。


「危なぁぁぃ。逃げてぇぇッ」


 それは正に間一髪。

 もし、辛そうに息を吐いている母親を助け起こした少女の一声が無ければ――。


**  §  **


 肘という関節部分も無い為、人間には出来ない動き方で、顔の無い巨人の左腕が白銀の巨人の頭部に向かって振り落とされた。

 それは重い物を詰めた手提げ袋を武器にしているようなもの。

 単純ではあるが、重量物を加速させ、更に遠心力も加えているのだから――。


「ぐっ」


 屈んでいた研介は右の拳をぎゅっと握るや、右肘を素早く斜め上へと突き上げた。

 盾代わりにになった右腕が重い一撃を凌ぐも、骨が折れたかのような鈍い軋み音をあげた。

 感電したかのように痺れている右腕を必死に動かしながら、研介はゆっくりと威圧するように立ち上がる。

 対峙する巨人には顔が無い為、その心の内は分らない。

 だが、左右に揺れる腕が心なしか不規則になっているように研介には思えた。


(危なかった。もし、白音ちゃんがいなければ)


 研介は娘を抱えながら、必死に立っている思い人と、自分を助けてくれた恩人に片目をやった後、倒すべき敵を睨みつける。

 直後、右腕へ恐々と目をやった。


(ダメージが溜まり始めている。それとも、今ので、関節駆動部をやられたのか?)


 心は人間のままでも、その体は鉄の巨人に。

 とあるアニメシリーズの看板キャラクター達を参考に描いたロボットの姿となってしまった青年は思い出す。

 毎週、彼等は激しい戦いの中で軋む音を鳴らし、火花を吹いていた。


(俺は人間の痛覚を持ったまま、ロボットになったのか? それとも、無くなった腕や足が痛むという幻肢痛なのか?)


 月が雲に隠され、賢き者の顔が白銀から、憂いを帯びた灰色へと変わる。

 だが、それは一瞬の事だった。


(今は、そんな事はどうでもいい)


 月を隠していた雲が風に流され、全身にスポットライトを浴びた白銀の巨人は大きく踏み込んだ。


(今の俺なら、二人を守れる。他の事はどうでもいい)

「クレヴァリー・ラァァァッシュ」


 痛みを振り落とさんとばかりに、右、左、右と腰を捻りながら、叫びを轟かせた研介が鉄の拳を振るう。

 乱打を始める前に何故か、無意識に叫んでいた事を不可解に思いながら。

 ボン、バァン、ボォン。

 顔の無い巨人は揺れ続け、反撃をしようと腕を振り上げるも、それは許されなかった。


「いけぇぇッ。賢者ロボォォッ」

「うぉぉッ」


 君の声援のおかげだ!――とばかりに、研介の振るう拳は更に早くなる。

 遂に顔の無い巨人は吊るされたサンドバックのように無抵抗になった。

 十九発目の腹部への一撃で、相手が俯くような姿勢となったのを見て、研介の両足が大地を強く踏みしめた。


「アッッッパァァッカァァット」


 鋼鉄の右拳が夜闇を裂きながら、月に向かって突き上げられていく。

 その軌道は単純な直線だが、向けられた相手は一切避けるような動きを見せない。

 勢いを増した最大加速状態の拳を顎があるはずの部位に打ち込まれ、ロケットのように顔の無い巨人が飛び立った。

 だが、それ(・・)はロケットではない。

 当然、月に向かって飛び続ける事など出来ない。

 背中を地面に叩きつけた顔の無い巨人が湖畔を揺らすのを見ながら、研介は振り上げた拳をゆっくりと引いていく。


(マウントをとって、確実に気絶をさせるべきなんだろうが)


 正義の賢者ロボとして、卑怯な事は出来ない――という拘りが研介の行動を縛る。

 そして、対戦相手は内臓があるだろう場所が大きくへこみ、頭部、肩、顎、他にも何か所も陥没している。

 そのような状態だというのに、何事も無かったかのように立ちあがった。

 研介が後退ったのは観察の為か? 本能的な恐怖からか?


(頭脳が無いからか、攻撃は単調だし、防御もしない。だが、ダウンをさせようと平然と立ち上がってくる。つまり、ラノベとかの何をやっても倒せなくて、作った奴を気絶させるとかしないと駄目なパターンか?)


 奇怪な人形を放り、顔の無い巨人を生み出した痩せ細った男。

 研介は必死に彼を探したが、近隣の木々中に紛れて逃げ去ってしまっていた。


「ぅ!?」


 勝ちに繋げる為とはいえ、眼前の敵への警戒を疎かにしてしまった研介の腹に猛烈な一撃が入った。

 だが、それは顔の無い巨人の右拳でも、左拳でも無かった。


(あ、頭!?)


 よろめき、後退を強いられた研介は目も鼻も口も無い。

 だが、顔だと分かるそれがぐにゃぐにゃと揺れ動くのを見ながら、膝を崩すまいと必死に踏ん張った。


(堪えろッ俺ェ。後ろの二人が避難出来るまで)


 白音達が木々の方へ向かっているのを見ていた研介の耳に、ブォォォンというF1レースに出場する車が加速した時のような音が飛び込んだ。

 その直後、短距離走での世界記録保持者が車に激突したような。

 否、新旧の記録保持者が左右から、同じ車にタックルをしかけたような生々しく嫌な音が響いた。


「ッ!?」


 痛みよりも息が出来ない感覚に苦しむ中、何が起きたのかを把握しようとしていた研介の耳は再び、何かが加速する音を捉えた。

 そして、音の方へと顔を上げた彼は、顔の無い巨人が両腕を鳥の翼のように左右に大きく広げているのを見た。


(こいつ、また今のを!?)


 追撃を避けようと研介は立ち上がろうとした。

 だが、その体が鋼鉄であり、重量物である為か? 蓄積されてきたダメージが大きいからか?

 野獣が口を閉じるように、関節の無い二本の腕が中途半端に立ち上がっていた研介を一気に挟み込んだ。


「グォァ」


 月光の下で火花を飛び散らせ、意識も飛ばしかけながら、研介はゆっくりと首を捻った。

 そして、白音が母親と共にとある木々の裏へとまわるのを見た。


(よかった……。二人は無事だ)


 思い人達の姿を見れた事で安堵し、もう無理をしなくても――と思ってしまった為だろうか。

 ドォッン。

 研介の鋼鉄の右膝が大地を叩き、水面を激しく揺らした。

 ボォォォン。

 振り上げられた指先の無い右手がアッパーカット気味に、研介の顎に叩きこまれた。


(白音ちゃん。119番をして、早く、垣鍔(かきづき)さんを病院に)


 こんなファンタジーな世界にも、救急車に相当する何かはあるだろう。

 薄れる意識の中、存在するかも分らない何かに後を託したつもりの研介が、ゆっくりと白銀色の左の膝頭も地面へと向かわせている時だった。


「負けるなァァッ。賢者ロボォォッ」


 湖畔に響いた声の主はスポットライトを照らされるように、雲の隙間から射しこむ月光を浴びている少女だった。

 毒に苦しむ母を木陰に隠れさせ、巨人達の戦場に戻ってきてしまった娘だった。

 賢者ロボになってしまった研介が、何としても守りたいと願っていた白音だった。


(駄目だ! 出てきちゃ駄目だッ!!)


 研介の声にならない叫びに反応をしたかのように、目も鼻も口も無い巨人の顔が動いた。

 自分を何度も叩いてきた相手。

 片膝をつき、残る片膝もつこうとしている相手に対し、もはや、何の興味を持っていない事は明らかだった。


「ッ!?」


 目が無いのに何故か、見られていると分かる。

 言葉に出来ない異様な感覚に襲われた白音は小さい体を強張らせ、母の下へと走りそうになるも踏ん張った。

 否、踏ん張れてしまった。

 彼女が応援する者であり、彼女を守らんとしている者の願いに反して。


「賢者ロボは悪者には負けない」


 白音は精一杯、睨み返しながら、今まで出したことの無い声を腹の底から出した。

 その努力に応えてやろうとばかりに、顔の無い巨人はゆっくりと腰を捻り始めた。


(くそっ。何をやってるんだよ。俺は)


 その鉄の体の複数個所から、僅かだが、吹き出している火花が夜闇を照らしている事に気づけない。

 もはや、自身のダメージを顧みている余裕など無い。

 それが分かるからこそ、研介は軋み、思うように動かせない体に必死に力を入れた。


「あんたなんかには負けなぁぁぃッ」


 両足に力を込め、必死に体の震えを隠そうとしている白音に向かって、顔の無い巨人が奇怪な両腕をゆらゆらと動かしながら歩き始めた。

 夜闇に響く地響きの中、研介も力強く湖畔を踏みしめ、片膝立ちの姿勢から立ち上がっていく。


(今の俺は……二人を助けられる力を持つ……賢者ロボなんだぞ)

「うぉぉぉッ」


 ドォォォンと白銀色の鉄の左足も振り落とし、研介は月光の下で叫んだ。

 否、月光を全身に浴びながら吼えていた。


「勝負はまだついていない。こっちを向けェェッ」


 研介は感情のまま、後ろから跳び蹴りを叩き込んでやろうと一度は考えた。

 だが、賢者ロボなら、正々堂々と戦うはずだという拘りが、その短絡的行動を思い留まらせ、一つの悲劇が回避された。


「アッッッパァァッカァァット」


 体は正面を向き、目も鼻も口も無い顔は真後ろを向いているという状態。

 生物なら不可能な姿勢をとっていた相手の顎に向けて、素早く踏み込んでいた研介が腰を捻りながら、鉄の右拳を振り上げる。

 ボゴォォッという生々しい衝撃音が広がる中、もはや、顎が原型を留めていない巨人の体が浮き上がった。

 それはスポーツ・ボクシングであれば、歴史に残るだろう見事な一撃。

 そして、研介の拳の軌道に乗るかのように宙を舞っていた巨人は湖へと落ちた。


**  §  **


 一度は静けさを取り戻した湖畔に轟音が響き、激しく波打つ湖面が水中にいた生き物達を打ち上げる。

 顔の無い――文字通りに顔の下半部を失った巨人が全身から水を滴らせながら、湖から出ようと水面に激しく波を立てているのだ。

 一歩毎に水飛沫を舞い上がらせる巨人の行く手には、別の巨人が――自分がデザインをしていた鋼鉄巨人の姿の蛇原研介が待ち構えていた。


(やはり、こいつはダメージをいくら与えても倒せない)


 生物ならば、とっくに活動を停止しているだろうに、何事も無かったかのように動き続けている相手。

 そのあまりの異常性をあらためて認識した研介は、思うように動かすのも困難になってきた鋼鉄の右手を左腰に差した鞘へと伸ばしていく。


(けど、どうすればいい?)


 変わるはずのない鋼鉄の顔の眉間に皺が刻まれ、悩みに満ちた表情に見えるのは月光の陰りのせいだろうか。

 そんな研介に対し、顔の無い巨人は雨に濡れた犬や猫がやるように、二本の腕を前後左右に振っていた。


(映画のゾンビみたいに頭が無くなったら、流石に動かなくなるのか? いや、顔半分を失おうと何事も無かったかのようにしている奴だ)


 研介の右手は鞘に納められた杖の槌頭を超え、柄を掴んだ瞬間に止まった。


杖術(じょうじゅつ)なんて習っていないのに、抜こうと思った瞬間、アニメの賢者ロボ達みたいに使いこなせる事を理解出来た。本当に今の俺はノートに記した設定通りの事を出来るんだ。だったら)


 その鉄の顔に内心は反映されない。

 故に心の中で、次で勝負を決めてやるという顔をした研介目掛けて、顔の無い巨人の右腕が振り落とされ、少しタイミングをずらした左手も振り落とされた。

 だが、そのどちらも鋼鉄の左肘、続けて振り上げられた右腕に弾かれる。

 直後、もはや原型を留めていない頭部までが振るわれたが、その直前に研介は一歩後ろへと退いていた。

 ズゥゥゥン。

 全身から水を滴らせ、遂に上陸をしてきた相手を真っ正面から睨みつけながら、研介は大地を踏みしめる両足に力を込める。

 彼は細長く湾曲している猛禽類の特徴的な鋭い(くちばし)をゆっくりと開きながら、木々を震わせる勢いで空気が吸い込み始めた。

 右腕を高々と振り上げていた顔の無い巨人までが吸い寄せられるように、ドスドスと地響きをあげながら近寄っていく。

 だが、ぐりゃりと動く右腕が振り落とされるより前に、研介の鋼鉄の左手が素早く伸びていた。


(よしッ! 掴めたッ!!)

「うぉぉッ」


 気合の咆哮を轟かせた研介に不意に腕を引っ張られ、顔の無い巨人はバランスを崩し、頭から大地へと叩きつけられた。

 ドォォォンという音の後も転がる勢いは止まらなかった。

 そして、研介の嘴が上下に開ききると、真夏だというのに、まるで真冬に吐く吐息のような白一色が零れ出始めた。


「コォォッルド」


 無脊椎動物にしか出来ない奇怪な起き上がり方をしようとしてる巨人に向け、研介は全身の力を込めて叫ぶ。

 否、叫び続ける。


「ブレェェェス」


 嘴の間から轟風が吹き出し、それは瞬く間に 真っ白、純白などでは表現を出来ない。

 極寒色とでも言うべきだろう氷の結晶へと変わった。

 吹き荒ぶ風の音も、唸る吹雪の音へと変わり、地面に激しくぶつかる音を響き渡らせてもいた。


 真夏の湖畔の一画で始まった大自然の狂っているかのように異常現象。

 だが、それは始まった時のように、唐突に終わりを迎える。


 始まりと原因。二人の巨人のうちの一人。

 真夏に真冬を作り始めた研介は激しい運動の後に息を整えようとしているかのように、緩やかに呼吸を吐いていく。

 金属製の口が生み出した乱気流に巻き込まれた夜行性の鳥の一羽が、悲鳴じみた一声をあげて逃げ去った。


 真冬が生まれる原因となったモノ。

 研介の思い人と彼女の娘を襲おうとしていた顔の無い巨人は、研介の眼前で氷の彫刻と化していた。

 だが、それが芸術家が切り取り、削り、形作った芸術品とは真逆の存在なのは明らかだった。

 見ていると狂気に陥りそうな歪みきった姿勢が原因なのではない。

 どんなに美しく飾ろうと、隠しきれない邪悪さの為だ。


(とど)めだ)


 研介は両足を大きく広げると腰をゆっくりと落し、動かすのが辛い右手を金属が軋む音を響かせながら、左腰の鞘へと伸ばしていく。


「クレヴァリー・ロォォッド」


 湖畔に声を響き渡らせながら、研介は猛禽を模した槌頭を持つ白銀の杖の柄をぎゅっと握った。

 鋼鉄の左手も添え、月に届けとばかりに杖を高々と掲げあげる。

 空気をも震わせる気迫に圧されたように、湖畔が静まり返り、一切の音が消えた。


「うぉぉッ」


 月光のスポットライトを浴びながら、鋼鉄の踵で踏み込んだ研介は仇敵を一刀両断せんとばかりに振り落とす。

 もし、振り落とされたのが匠によって、打たれた刀だったのならば、間違いなく真っ二つにしていたであろう見事な斬り方。

 だが、研介が振り落としたのは戦闘用に作られているとはいえ、殴り、打つ為の武器である。

 故に――。

 氷の彫像はまるで存在しなかったかのように、バラバラに砕け散っていった。

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