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第05話「その遺跡に手を出すな」(4)

 風が吹き荒れる中、一人は大地にうつ伏せになり、相対していた一人は杖を振りきった姿勢で凍りついたように固まっていた。

 荒野に衝突音を響き渡らせ、地響きをたて、衝撃波を生み出していた巨人達の戦いは遂に終結した。


「何をしてやがる! 早く、止めをさしちまえ」


 背後から聞こえたイディの煽りたてる声を聞き、頭部に戦闘用の杖――鈍器どころではない代物を振り落とすという行為。

 思い人の娘達を守る為だったとはいえ、自分がやった事を受け入れられずにいた研介は杖を握る手に更に力を込めた。


(そうだ。今なら、確実に追撃を決められる。これは白音ちゃん達を守る為なんだ)


 心の迷いを振りきらんとする研介を後押しせんとばかりに、地面に這いつくばっていた巨大骸骨の体が揺れ始める。


(いや、正義のロボットは倒れている相手を攻撃しないし)


 必死に起き上がろうとするも、思うように力が入らずに体を揺らす事しか出来ない。

 もはや戦う力など残されていないだろう相手を注意を払いながらも、研介は杖を静かに鞘へと戻した。


(あいつは何かを守る為に戦っていた。俺と同じだ)


 そして、鞘に納めきった後、羽のようにも見えるマントを翻すと、ぎゅっと手を握りながら、自分を見つめていた白音の方へと体を回転させていく。


「彼は、もしくは彼女は『泥棒』と叫び続けていた。何か、心当たりはありませんか?」


 研介の問いかけに対し、何かに気づいた様子のサージェがイディへと視線を向けると、ジャルレットと白音も続いた。


「そ、その化け物は獣みたいに吼えていただけだろ!? ど、泥棒なんて言っていないぞ!!」

「クレヴァリーは、賢者ロボットは世界中のどんな国の言葉でも話せるの」


 自分よりも小さい少女の言葉に圧されるようにイディは後退り、その手元から落ちて何かが太陽光を撥ね返した。


「こ、これは俺が見つけたんだ。だから、俺のだ」


 それを拾うやイディは馬達の方に走り出すも、重厚な鎧を着ているとは思えない俊敏な動きのジャルレットに跳びかかられ、大地へと叩きつけられた。

 と同時に、光り輝く何かが大地へ向かって飛んでいった。


「ええい」


 可愛らしいが、全身全力を込めていると分かる声を響かせながら、白音は遺跡荒らしの手から逃れた煌めく石に向かって右手を伸ばしながら、大地を力強く蹴った。

 もう、これ以上、傷つけさせまいと。


「ッ!……やったぁ!!」


 白音は右手では掴みそこなうも、続けて伸ばしていた左手を間に合わせる事が出来た。

 その誇らしげな姿は、逆転負けに繋がりかねない長打を辛くも捕球した外野手のようだった。

 研介をほっと一息を吐くも、背後で何かが大地に叩いたのを聞き、嘴を開いたままの顔で慌てて振り返る。


(くそッ! まだ立ち上がるのかよ!?)


 ただ、立っている事さえで辛いという様子の相手に躊躇いつつも、研介はファイティングポーズをとる為に腰を落していく。

 鳥の羽を模したマントが風に翻り、抜け落ちた羽が風に舞う中、白音が静かに歩き出していた。

 そのあまりに自然な、それが当たり前だというような仕草が故に、研介は自分の足元を潜り抜けていく彼女のに気付くのが遅れてしまった。


(なッ!?)

「これはあなたの大切な物なのですよね」

「そ、それは俺のだ」


 まだ暴れ続けるイディの絶叫を聞き流し、白音は固まってしまっている研介の――鋼鉄巨人の足先で煌めく石を掲げあげる。


「#$%&」

(何て言ったんだ?)


 巨大骸骨がぼそぼそと何かを呟いたのは聞こえたものの、ただ言葉を発する事さえも辛かったのだろう。

 だが、鬼気が薄れた様相から、彼、もしくは彼女にこれ以上の戦闘意志が無い事は伝わった。


「ッ!?」


 だが、右肘が上がっていくのを見て、研介は両の拳をぎゅっと握りこんだ。

 しかし、巨大骸骨はただ静かに震える指先を伸ばし、この騒動の中心であった遺跡の入口を指差しただけだった。


「あった場所に戻せばいいんですね?」


 白音の問いかけに対し、無言で頷いた骸骨の体が急速に薄くなり始めた。

 但し、それは比喩ではない。

 違う時の歩みの中を過ごしているかのように、急速に風化が始まったようだった。


「え!?」


 分かり合えたと思ったばかりなのに――と悲しみと驚きが混ざりあった表情の少女に向け、骸骨が優しく微笑んだ。

 いくら異世界であろうと、それが現実であるはずがないと分かっていても、研介は自分が見たものを。

 見たと感じたものを信じたかったから、彼、もしくは彼女が去るのを見届けた後、そっと鋼鉄の膝を大地につける。


「君の優しさのおかげで、あの墓守は再び、眠りにつく事が出来たんだ」

「なら、次に私がするべき事は」


 白音は何か言いたそうにしていたが、それを口にはせずに目元を拭うと煌めいている石をぎゅっと握り締め、ジャルレット達の方へと走り出した。


**  §  **


 (くぼ)みに身を潜めていたナハニを加えた一行が、石灰岩で作られた遺跡の入り口を潜り、石造りの階段を降りてから、早くも数分が経っていた。

 松明を握るジャルレットを先頭とし、次に道案内をするナハニ、前後から守れる真ん中に白音。

 逃げられないように後ろ手に縛られたイディと、片手に彼に繋がる縄を、もう片手に松明を握るサージェが最期尾という隊列だ。


 砕け落ちた石壁や天井の欠片は隅っこに寄せられ、最低限の通り道も確保はされているが、中腰にならないと通れないような天井の低い場所も珍しくない。

 その為、獣道のような悪路を歩き慣れているジャルレット達であっても、慎重に歩かざるをえない。

 何事もないように歩けているのは、何度も通っているナハニと、体がまだ小さいという利点を持つ白音だけだ。


(象形文字ってヤツの親戚か?)


 通路の壁に刻まれているのは三角形らしき記号が幾つかと、時の過ぎ去りにより、一部しか残っていない文字らしき記号。

 それを白音の肩に乗っていた研介は興味深げに見つめるも、賢き者の姿となっていない今の彼には推測をする事しか出来なかった。


「ヂィ」


 松明の灯りに照らされた野ネズミが一鳴きし、暗がりの中を走り去り、後を追うかのように一行も続く。

 と言っても、崩落した天井の片付けと補強が済んでいない為、まだ通れない道も少なくない。

 野ネズミは一行には通れない狭過ぎる道を通って、暗闇の奥へと姿を消した。


「キィ」

「きゃあ」

「ぐぇ!」


 足元を走り抜けるネズミ達。

 先程、逃げ去ったのとは別の一団を避けようとしたサージェがよろめき、引っ張られたイディが石壁に頭をぶつけてしまう。

 そのような、ちょっとした事故を起こしながら、一行は幾つかの小部屋を通り、大人十名程が余裕で入れるだろう広々とした正方形状の空間へと辿り着いた。

 奥には分厚い石の扉があり、その手前、部屋の中央には石材で組まれた祭壇らしき何か――の残骸がある。

 儀式の際に使われていたのだろう皿や刀剣類も、最早、欠片になり、錆びついてしまっている。

 だが、どれだけ時が経とうと失われなかった荘厳(しょうごん)さに白音達は息を呑んだ。


「何故、閉っている?」


 ジャルレット達を置き去りにするように、祭壇らしき何かの裏側へとまわっていたナハニは困惑の声をあげながら、撫でまわすように扉を触り始めた。


「俺が見つけた宝石。いや、そこに置かれていた時には輝いていなかった石を外したら、そこが閉まったんだよ」


 イディの言葉を裏付けるかのように、祭壇らしき何かの中央部には自然に出来たとは思えない窪みがある。

 近寄って行ったナハニは口元に手を当てると一人、ぶつぶつと何かを言い始めた。


(つまり、電池みたいな動力源? いや、外す事で扉の開閉が出来なくなるんじゃなくて、閉じるんだから……奥に行けないようにするのが目的?)


 間近で見たい欲求にかられるも、足をつける先は祭壇らしき何かしかない。

 迷った末に研介は白音の肩で諦めの溜め息を吐き出した。


「嘘じゃないって、証明をしてやるから、縄を解いてくれよ」


 逃げる隙を窺っているのが明かなイディを無視し、白音は懐に大事に仕舞っていた煌めく石を取り出した。


「手伝おう」


 ジャルレットは松明をナハニに渡した後、白音をそっと抱え上げた。

 そして、皆が見守るように注視をする中、煌めく石はゆっくりと光を失っていく。


「不思議な光景だ」

「花が枯れていくみたい」

「俺が見つけなければ、皆が見過ごしていたガラクタだったんだ。だから、それを盗んだところで」


 やがて、祭壇に飾られている為、厳かさはあるが、装飾品としての価値は感じさせない石となった。

 三者三様の反応をしたジャルレット達の隣で、地面に降ろしてもらっていた白音は手と手を組むと目を閉じた。


「大切な物はお返ししました。安らかに眠ってください」

(故人の冥福を祈る気持ちが大事だよな)


 白音に止まっていた研介も目をつむって、びしっと羽を体に密着させてのお辞儀で続いた。


「この先の探索をしたいというのが正直なところですが」


 何時の間にか、最初から、そうだったように開いている祭壇らしき何かの裏の扉。

 その奥、何処までも続くかのように暗がりに目を向け、本当に悔しそうな顔をしているナハニにイディが何かを言おうとするも、サージェに一蹴りを入れられて悶絶をする。


「直ぐに立ち去るべきでしょう」

「あ、あぁ」


 半ば上の空で返事をしたナハニから、松明の一つを受け取ったジャルレットを先頭とする一行。

 一度通った道を逆に辿るという事もあってか、彼等は行きの半分とまではいないまでも、かなり早く外に出る事が出来た。

 純粋な探求心と欲望、其々の理由から心底悔しそうな顔をする二人以外の皆が、名残惜しそうに振り返った時だった。


「あッ!」

「きゃぁ」

「うぉぁ!?」


 突然、足元から突き上げられ、サージェは崩れるように座り込み、巨大な骨に掴まれかけた時の恐怖を思い出したイディの顔は真っ青になっている。

 ジャルレットだけでなく、バランス感覚に優れている白音も辛うじて立っていられたが、怯える馬達の方に駆け寄る事は出来なかった。


「皆、落ちつくんだ」


 両足に力を入れ、大地を踏みしめながら、背をピンと伸ばしたジャルレットは皆に呼びかける。

 その声は怯える馬達をさえ、落ち着かせる程に不安や焦りとは無縁のものだった。

 もうもうと土煙が立ち始める中、ジャルレットが口元を抑えながら、この場で一番か弱い者を守らんと歩き始めた時だった。


「あっ!」


 薄っすらとしか見えない。

 なのに、茫然としているとわかる少女の顔を見て、足を止めたジャルレットは後ろを振り返り、遺跡の入口近辺に積まれていた土砂が少しずつ、内側へと流れ込んでいる事に気づいた。


「と、止まってぇ」

「うォォッ」


 うずくまっていたサージェが今にも泣きそうな声で叫ぶのを聞き、ジャルレットがどちらに駆け寄るべきかを悩んでいるとイディが必死の形相で駆けだした。

 そう。イディは自分に繋がっていた縄をサージェが離したのに気づいたからだった。

 そして、彼の狙いが視線の先、土砂によって封じられようとしている遺跡だという事も明らかだ。

 更に選択肢が増えるも、ジャルレットは即座に決断をくだし、怒りを露わにすると揺れ動く大地を力強く蹴った。


「引き渡されたら、どうせ、俺は強制労働で炭鉱送りあたりだ。だったら」


 遺跡には別の出入り口となる場所もあるかもれない。

 だが、それが無ければ、ただの自殺行為だ。


「馬鹿な真似は止めろ」

「うるせぇ! このまま何もしなきゃ、俺は――ぁうぉぁ」


 立っている事さえ困難な状況で必死に走った末に、背後から跳びかかられ、顎から地面に叩きつけられたイディが悲鳴をあげた。


「どんなに辛かろうと、生きてさえいれば」

「放せッ。放せよ」


 それでも諦めようとしない。

 何としても、中に逃げ込もうとしているイディを拒まんとばかりに、地揺れは激しさを増し、土煙は激しく舞い起こり続ける。

 白音が必死に落ち着かせようとしていた馬達も暴れ始め、遂に彼女も立っていられなくなって、地面に小さな背中を叩きつけられてしまった。


「あッ! うぅッ」

「うぉぉッ」


 白音の痛ましい悲鳴にジャルレットが意識を向けた瞬間、イディは地響きにさえ負けない雄叫びをあげ、鎧の分だけ余計に重量のあるジャルレットを振り落とした。

 思わず事態にジャルレットが驚愕し、動きを止めている間にイディはどんどんと加速をしていく。

 何度か、つんのめりそうになるも、激しい揺れの中を走り続ける。


「がッ」


 背中から倒れ込んでいたナハニが足をイディに踏みつけられ、土煙の中で悲鳴をあげた直後、ごぉぉぉッと一際大きな土砂崩れの音が響きわたった。

 直後、わずか数メートル先でさえ、まともに見えなかった土煙が更に酷いものになっていく。


「地面にうつ伏せになるんだ」

「う、うん」


 今、この場で出来る最善の事として、もっとも弱き者を守る事を選んだジャルレットが耳元で言ってくれた事で、辛うじて聞き取れた助言。

 それに従って、白音は伏せる事が出来た。

 もし、それが出来ていなければ、土煙の中で悲鳴をあげ続けるイディのように、何度となく地面に叩きつけられていただろう。


**  §  **


 揺れがおさまり、土煙が荒々しい風によって乱暴に運び去られた後も大地からは土色の煙が立ち上がり続けていた。

 岩石の幾つかが砕け散り、調査団の野営施設の残骸が散乱し、揺れの凄まじさを際立たせる。

 風の中には少なくない砂塵がまだ舞い踊り、遠くの景色を薄ぼんやりとしたものへと変えてしまってもいた。


「この中には入っていないのよね?」


 完全に地中に呑み込まれており、僅かな痕跡すら、地上には残されていない。

 ほんの数十分前まで、遺跡への入口があった場所に手を置きながら、サージェは今にも消え入りそうな声で尋ねた。


「ああ。まともに走れなかったから、頭から飛び込もうとしても、間に合わなかったはずだ」

「そっか。じゃあ、あの土煙の中を逃げちゃったんだ」


 それは残念というよりも――な声だった。

 ジャルレットは何か言いたそうにしていたが、それを口にする事はなかった。

 そして、二人から少し離れた場所に停まっている馬車の周りには怯えが治まらない馬達が集まっていた。


「もう揺れないはずだから」

(自業自得とはいえ、昔からの付き合いがあるのだろう仲間を治安維持組織に引き渡す。そんな場面を見せないで済んだ事を喜ぶべきだろうな)


 まだ震えが治まらない馬達を優しく撫で、安心させようとしている。

 心優しい少女の肩にとまりながら、研介は少し離れた位置で複雑な表情をする二人を見ていた。

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