第05話「その遺跡に手を出すな」(2)
テント群と遺跡を遠巻きにする形で、四方の見張りに立っていた者達の半数が野営地に帰還をしたのは、陽が東の空に昇った頃だった。
彼等は酒臭さに顔をしかめ、片付けされていないどんちゃん騒ぎの跡に悪態をつくと、備品を納めたテントに入り、瓶を抱えて出てきた。
辛そうに座り込んでいる男達は瓶を受け取ると、薬草特有の臭いに顔をしかめた後に飲んでいく。
そして、二日酔いする程、飲まなかった者達――考古学に興味を持っている者達とプロ意識のある者達は早くも、発掘作業を始めていた。
「やはり、この一帯だけ、明らかに土壌内の塩分量が違っている」
遅れて届けられた調査道具の一つ。
0から始まり、10で終わる半円型メーターが頭頂部についた杖状の計測器を地面から突き刺したナハニは、嫌な予感が当たってしまったと言いたげに顔を顰めた。
「遺跡一帯が別世界から転移をしてきたようだ」
「なら、元々あった土地に暮らしていた人達は」
白衣というより、灰衣と呼ぶ方が正しいだろう。
それ程に泥まみれになり、しわくちゃになってしまった麻の服を着ていようと、学者然とした雰囲気を漂わせるナハニの言葉にジャルレットが沈痛な顔で言葉を切った。
見知らぬ人々とはいえ、同じ大陸に住む人々を襲った運命を考えたのだろう。
「いや、このあたりは元々植物も少ないから、それを食すバッファロー達も暮らしていなかった」
ナハニは土を触るのを止め、静かに立ち上がるとジャルレットを安心させようと話し続ける。
「私が知る限りでは、ここに定住していた部族はいない」
「フォルジュロン卿はこの遺跡がどの部族由来の物かを特定し、その子孫達と交渉をする為に調査隊を送る事を決めたらしいが……あなた達、大陸先住民何れの物でも無いというなら」
二人の周りで作業をしていた者達の何人かが、ジャルレットが何を言いたいのかに気づき、あからさまに不満顔になった。
「ああ。卿に報告をあげて、方針を聞けるまでは調査は一旦中止するべきだろうな」
「少なくとも半年は稼げるって聞いたから、こんな何の娯楽も無い場所まで来たんだぞ」
野戦技術や斥候経験を買われて、遺跡調査の先行隊も兼ねて雇われていた傭兵達が不満の声をあげた。
「君達も得体の知れない力を操るイセカイジンと呼ばれている存在は知っているだろう? よく分らない土地に踏み入るなら、もっと、準備をするべきではないかね?」
そう説いたナハニが焼け焦げたようにも見える色合いの石片を拾い上げ、傭兵達は隣り合った者達と相談を始めた時だった。
「おいおい。何を言っているんだよ!?」
皆の視線が全身泥まみれ、埃だらけの凄まじい姿になっている叫び声の主のイディへと集まった。
「無関係な奴等の物だってなら、遠慮する事は無いだろ?」
同意を求めようと、皆の顔を一人ずつ見ながら、扇動めいた語りかけは続く。
「もし、金目の物が埋まっていたなら、見つけだせば追加報酬も期待を出来るだろ?」
傭兵達が喜色ばむのを見て、イディは頬を緩ませるも、ジャルレットに黙れとばかりに、勢い良く手を突き出されると後退った。
「いや。卿は先人を大事にする方だ。別世界の人々の墓だろうと、荒らすような真似は喜ぶまい。目先の金より、卿との信頼関係を選ぶべきだろう」
ジャルレットの言葉に傭兵達は数人単位でひそひそと話しを始め、何人かは静かに腰の鞘へと手を伸ばす。
そして、彼等の手の動きに気づいた者達が鋭い観光を向けた。
「出資者の顔色を窺うのは大事だけどよ。イセカイジンの遺跡なら、分けの分からないお宝だって」
イディが拳をぎゅっと握り、力説した時だった。
ドォォォンという轟音と共に、大地から突き上げられたように全員が足裏に強烈な衝撃を受けた。
軽装な者達は辛うじて、転ぶのをさけられたが、発掘道具を背負っていた者達はバランスを崩して、前後左右にと転がる。
絹を裂くような悲鳴をあげ、荷台で体を休めていたサージェが転げ落ちた。
馬達も突然の出来事に嘶き声をあげ、一頭が走り出そうとするも、それに気づいた白音が手綱に手を伸ばす。
そして――。
「なッ!?」
それに最初に気づいたのは誰だっただろうか?
一人、また一人と驚きの声をあげ、何人かはイディを指差した。
否、彼ではなかった。
彼の背後に震える指先を向けていた。
「お、おい……。何が?」
イディは振り返ってはいけないと本能では理解しつつも、ゆっくりと、体を後ろへと捻っていく。
「こ、拳!?」
声だけでなく、眼球も激しく震わせながら、イディは自分の背後に出現していた異形をそう表した。
そう。
それは何かを殴り飛ばそうとばかりに大地から、突き出されている拳としか言いようがないモノ。
但し、それは骨だけであり、肉を一切纏っていない。
標準体型の人間であれば、小指一本で弾き飛ばす事が出来るだろう程に巨大な手根骨だった。
「ひッ」
巨大な手が大きく開くや、自分の方に倒れ込んでくる。
否、掴もうと伸びてくる恐怖にイディは悲鳴を零すも、腰を抜かしたりはしなかった。
酔っぱらっているかのように、足をもつれさせながらも、後ろ向きだろうと、何とか走り出す事が出来た。
バァァァン。
巨大な骨の手の平が何も無い空間に。
数秒前まで、イディがいた場所に叩きつけられ、大量の土がぎゅっと握りこまれた。
もし、僅かにでも、走り出すのが遅れていれば、一瞬で握り潰されていただろう。
それを一瞬で理解した彼は更に速度をあげていく。
相も変わらずに、後ろ向きで器用に走り続ける。
直後、またも、足元から突き上げるような轟音が響き、新たな手も地面から飛び出た。
よく見れば最初に出た方が右手であり、今度は左手だと分かる。
遂に転げたイディは手と手の間から、大量の土塊が吹きあがるのを見た。
直後、土煙の奥に白というよりも灰色というべきだろう。
だが、俗に白骨と呼ばれるモノの肩甲骨と頭蓋骨が地面を割って、飛び出すのを見た。
眼球を震わせる人々の前で、まだ埋まり続けていた側の肩も地上に現れる。
その姿は崖から落ちそうになった男が、辛うじて、ひっかかっていた肘だけを使って、何としても這い上がろうとしているようであった。
やがて、地面の中から、上半身を完全に露出させ、腕立て伏せのような姿勢へと変わった。
「きょ、巨人」
虚無の瞳。
眼窩には本当に何も無いのに、自分をじっと見つめていると分かる骸骨を見て、イディは口を震わせた。
地面から突き出ている上半身から考えて、その全身は十数メートルになるだろうと分る。
「うぉぉッ」
言葉に出来ない恐怖に駆られ、イディは悲鳴とも、気合の咆哮ともとれる叫びをあげ、土煙をたてる勢いで走り出す。
だが、身長差があるが故に、伸ばされた骸骨の右手は一瞬で距離を詰めた。
「ひぃ」
骨だけの右手の指先が獲物に触れんとした時、くるくると回転をしながら、空中を裂いていた小振りな斧の刃が食い込んだ。
「#$%&」
大きさの差を考えれば、指先に何かが刺さった程度の痛みだろう。
だが、思わぬ刺激は実際の痛み以上に感じる事もある。
何語かはわからない声を響かせ、巨大な骸骨が上半身を仰け反らせた。
「#$%&ーーー」
怒号の直後に巨大な右手が大地に叩きつけられ、地響きが起こり、斧を投げた男が背中を地面に叩きつけられた。
更に巻き起こった砂ぼこりを浴びせられた人々が悲鳴をあげる中、巨大な骸骨は左手も叩きつけ、既に露出させていたいた上半身に続けて、土の下にあった腰も引き上げた。
(デカい)
怯える馬達を安心させようと頑張る白音の肩に止まりながら、研介は今、正に立ち上がろとしている巨大な骸骨の観察を続けていた。
(骨だけな分、小柄に見えるが……実際は俺達と同じくらいか)
この世界に鋼鉄巨人、自分がデザインした賢者ロボ・クレヴァリーの姿で降り立った時に遭遇した相手。
湖畔で殴り合いをした異形の巨人を思い出し、研介は緊張で体を固くする。
「ヒヒィィィン」
「大丈夫。大丈夫だから、落ち着いて」
動物の本能で何かを感じとったのだろう。
恐怖で体が動かなくなるのではなく、直ぐにでもこの場から、逃げ出そうと暴れ続ける馬達に白音が呼びかける。
(こいつの目的が何かは分からないが、遺跡の近くから出てきたって事は)
何も無い眼窩で、自分達をじっと見下ろしている骸骨巨人を見上げながら、森の賢者とも呼ばれるフクロウに似ている。
だが、羽角の有無で別種として扱われるミミズクの姿となっている研介は考える。
(ここを守っていた。もしくは……封じられていた)
研介が骸骨巨人が何者かを考えている間、傭兵達は各々の得物をぎゅっと握りしめていた。
巨獣と呼ばれる十数メートルサイズの生き物達と対峙した経験がある者も何人かはいた。
だが、巨大な人型と相対した経験のある者はいなかった。
手投げ斧への反応から、痛みは感じるようだ――と分かろうと続こうとする者はいない。
「うべぇ」
骸骨巨人と傭兵達の半ばあたりで、イディは地面の窪みに足をとられ、野球で塁に飛び込みをするかのような体勢になった。
と同時に彼の懐から、太陽光を煌びやかに跳ね返す何かが飛び出す。
だが、人々がそれが何かを認識する前に、泥だらけの右手が伸び、埃まみれの手の中に収まった。
「危ねぇ。危ねぇ」
その顔は逆転さよならホームランを寸前で阻止した外野手のようだった。
だが、残念ながら、着地は上手くいかなかった。
膝頭を大地に叩きつけた後、ボールが撥ねたように跳び、顔面を大地に叩きつける羽目になった。
「#$%&ーーー」
巨大な骸骨が怒号を響かせながら、振り上げていた右足をドォォォンと振り落とすと、今まで以上に激しく大地が揺れた。
それどころか、骨だけの姿からは想像も出来ないようなズシィィィンンという重々しい足音を轟かせながら、歩き始めたのだ。
しかも、踵が振り落される度に荒野に土の津波まで生み出されていく。
「ひッ」
「わぁぁぁ」
死地を潜り抜けてきた経験者達が蜘蛛の子を散らすかのように走り出し、数テンポ遅れて、残りの者達も繋がれている馬達の所へと走る。
だが、複数人が乗る馬車で来た者の方が多いのだから、一人一頭とはいかない。
しかも、縄を繋いでいた楔を抜いた瞬間、馬に逃げ去られる者も少なくない。
その為、残った馬の取り合いをして、殴り合いまで始まった。
「その馬を寄越せェ」
「ヒヒィィィン」
目を血走らせながら、駆け寄ってきた男の怒号に白音が落ち着かせていた馬の一頭が悲鳴をあげた。
「きゃぁ」
(白音ちゃん! こいつゥゥゥ)
自分が突き飛ばした少女の悲鳴に男は顔を曇らせ、動きを止めるも、助け起こすような事はしなかった。
直後、彼女の肩から飛び上がったミミズク――研介に足の鉤爪で鼻を掴まれる。
「うぎゃぁ」
痛みから逃れようと男は体を捩り、地面に叩きつけられる前にと研介は鼻を踏み台に宙へと舞った。
「大丈夫か!?」
「小さい子に何て事を」
怒りを露わに駆けつけたジャルレットとサージェを相手にするよりは――と考えたのだろう。
狼藉者は馬を諦めるや、ロケットが飛ぶように走り出し、あっという間に逃げ去った。
(この二人なら)
迷ったのはほんの一瞬。
研介は宙で双翼を勢いよく振るうと、太陽に向かって一気に飛びあがった。
「ありがとうございます――ッ、く、くすぐったい」
「お、俺も連れて行ってくれ」
イディが太陽光を反射する何かを片手に走り寄ってきたのは、ジャルレットに助け起こされた白音の顔を馬の一頭がペロリとし、サージェが隣の馬の手綱を握った時だった。




