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第04話「巨獣襲来」(4)

 力を振り絞って走る蹄の音に、研介の鋼鉄の靴が生む重々しい足音が重なる。

 共に大地を激しく揺らす巨大な獣と激突せんとする寸前、研介は鋼鉄の体を斜め左後方へと倒した。

 と同時に左踵で大地を強く踏み込んで、重々しい姿からは想像を出来ないだろう程に軽やかに後方へと跳んだ。


(沈めぇぇッ)


 研介は腰をまるで嵐のような勢いで、時計回りに捻りていくと同時に弓を引くように右腕を脇へと引き寄せる。

 太く逞しい二対の角で守られている野牛の頭部に向かって、引き絞っていた矢を放つように力強く握っていた拳を撃ちだした。


「ストレェェット・パァァァンチ」


 もし、大気を震わせる程の雄叫びをあげていなければ、野生に生きる獣だろうと反応が間に合わなかっただろう。

 それ程の猛スピードで撃ちだされた鉄の拳だった。

 だが、研介が無意識に行ってしまう事が。

 アニメで活躍する正義のスーパーロボットがやるように、技名を叫ぶという行為は反撃に充分な時間を与えてしまった。


「モォォォッ」


 目を血走らせた野牛が咆哮を轟かせながら、未だに流血が止まらない頭を猛スピードで振り上げる。

 正に文字通りの鉄の拳――但し、加速しきる前の拳と生身、だが、加速しきっていた角が。

 振り落としと振り上げが激突し、赤い飛沫が金属同士が激突した時の火花のようにとんだ。


「くッ」


 後ろへと弾かれた研介の軌跡が大地に深く刻みこまれ、土埃が大きく舞い上がり始める。

 その成果に満足したかのように野牛は激しく鼻息を吹き、更に力強く前進をしようと右前足を振り上げた。

 しかし、その一歩が大地に振り下ろされる寸前に巨体が傾き、斜めに崩れるように大地へと向かって行く。

 ドォーンという激突音を響かせ、生み出した土埃の中で片膝立ちの野牛が目に垂れてくる血を振り払わんと激しく頭を振るっていた。


(か、硬い。そりゃ、角なんだから頑丈だとは思っていたけれど)


 無いはずの心臓が激しく鼓動をし、流れるはずのない汗が頬を流れる。

 自分の意思で後退りをしそうになっていた研介の一挙手一投足。

 それを意識が朦朧としていようと、血走った目で睨んでいる野牛が見逃すはずがなかった。


「ヴモォォ」


 大気を震わせる咆哮と同時に顔を真っ赤に染めた野牛が立ち上がる。

 力強い足取りで地面を振動させ続けながら、土煙を巻き起こしながら、角を突き立て研介に向かって走る。

 だが、加速しきる寸前に地面を突いた右前足が不自然に曲がり、スピードの出し過ぎでカーブを曲がりきれなかった車のように傾いた。


「モォァァッ!?」

「うぉぉッ」


 雪道でスリップをした車のように意図しない走行。

 なんとか体勢を整えようと必死に足を動かす野牛を見て、研介は鋼鉄の靴で大地を踏みしめる。

 そして、一気に右膝を打ち上げた。

 ぐちゃり。

 聞いたもの誰もが耳を抑えるだろう嫌な音、肉の塊を無理やりに押しつぶしたような音が荒野に響き、車が二輪車を撥ね飛ばしたような衝突音も続いた。

 だが、実際に衝突したのは重量物同士。

 尻もちをつく格好で大地に叩きつけられていた研介は目を大きく見開き、その口元から血を激しく零す野牛が大地に叩きつけれられる瞬間を。

 まるで花火のように血が宙に飛び散るのを見た、


(これで終わってくれ)


 傍目から見れば単純な事である。

 研介の腹に角を打ち込まんとするも、頭部へのダメージが出始めた野牛がよろめき、必死の反撃で振り上げた研介の膝に自分から当たりに行ってしまった。

 結果的に相討ちとなっただけだ。

 但し、ボクシングで決め手の一つとなる顎へのアッパーの如き膝の振り上げ。

 それも、鋼鉄製の膝だ。

 偶然の結果とはいえ、勝負の決め手となる一撃――のはずだった。


「ヴォモォォッ」


 こうなる事を予期していたように立ち上がっていた研介の前で、野牛が血と土砂塗れの顔を左右に振りながら、ゆっくりと体を動かす。

 その口からはドクドクと血が零れ、前足は千鳥足のように前後左右に不規則に揺れている。

 今、攻撃を仕掛ければ確実に決着をつけられるか、絶対的に有利になる程のダメージを与えておける。

 それを分かっていようと――。


(起き上がろうとしている相手に攻撃をするなんて……正義のロボットがやる事じゃない!!)


 研介は一瞬でも、目を離した瞬間に雄々しい角で打ち込まれるのを予期しているとばかりに、じっと正面を見据える。

 目を血走らせ轟々と鼻息を鳴らしながら、ゆっくりと立ち上がる野牛から一時も目を離さない。


(だが、あんなデカブツと素手で、やりあい続けるのは無理だ)


 研介は鋼鉄の左手を腰の鞘へと伸ばしていた。


「クレヴァリー・ロォォッド」


 研介は抜刀をするかのように、ミミズクを模した頭飾の杖をゆっくりと引き抜いていく。

 湖畔の時のように、無意識に叫ぶ事を不可解に思うも――。


(テレビでも、賢者ロボ達は技名を叫んでいたし……そういう事なのか?)


 自分がアニメキャラとしての設定に縛られているのだと理解。

 もしくは、強引に納得をした研介は嘴の間から、体内の熱を一気に吐き出した。


「モォォッ」

「せぇぇィ」


 蹄で砂埃をたてていた野牛の一吼えに合わせるように、研介は右手側を頭飾に寄せて握っていた杖を一気に突き出した。

 長物の厄介さを理解しているというより、猛禽が飛び出してきたかのような迫力に圧されたのだろう。

 野牛は気づかぬままに一歩後退りをしていた。


(お! いけるか?)

「せぃゃぁッ」


 荒野にかけ声を響かせながら、研介はぎ杖をゅっと握りながら、勢い良く鋼鉄の膝を振り上げる。

 足をドンッと一気に降り下ろし、大地を揺らしながら、槍を突くように杖の頭飾を視線の先に一気に突き出した。


「モォッ」


 また一鳴きをした野牛が一歩。

 更にもう一歩、後退り、砂埃が巻き起こる。

 だが、これ以上の戦いを回避出来ると期待をした研介が安堵の一息を吐いたのが、弱気ととられたのだろう。


「ヴォモォォッ」


 野牛は怖気を振り落とさんとばかりに頭を左右に激しく振り、角を滴っていた血をまき散らす。

 そして、後退られてきた分を返してやるとばかりの勢いで咆哮しながら、激しい土煙をあげながら猛スピードで走り出した。


「ッ!?」


 研介は腰を左右に大きく広げた両足に力を入れ、腰を落すと同時に斜めに構えていた杖を。

 頭飾側に寄せていた右手と石突側に寄せていた左手を同時に突き出した。

 ヴァン。

 杖の中央部に鼻先を激しくぶつけた野牛の顔が苦痛に歪み、動きに鈍りが生じた。

 だが、それは一瞬の事で、前へ前へと進まんとする勢いは微塵も揺るがない。

 いや、痛みは新たな燃料となったのだろう。

 研介が砕けた顎を狙って、鋼鉄製の右膝を振り上げた瞬間を。

 カウンターを狙っていたかのように野牛の後ろ両足が大地を蹴った。


「うぉ!?」


 腹に重く速い一撃を。

 砲弾の如き一発を打ち込まれ、研介は後ろへとよろめいた。

 何とか堪えようと踏ん張るも、抵抗すればする程、より押し込まれていく。

 もし、生身の男と牛が組み合っていたならば、彼等の筋肉が緊張し、集中と苦悶の表情になっていただろう。

 振り下ろされる汗まみれの蹄がドォンと音を生み、轟々と荒い鼻息が続く。


「くッ」


 全身を使って、野牛の突進に耐え続けた研介だったが、遂に仰け反らされ始めた。

 金属製の関節部がミシミシと言い始めたのを聞いた野牛は満足気に鼻息を一吹き。

 血の滴る二本の角を左右にと激しく振りながら、もっともっとと力を加え、一歩また一歩と押し込んでいく。


「がッ」


 遂に野牛の圧倒的な押し込む力により、研介は大地に叩きつけられた。

 その衝撃で地響きが轟き、荒野が揺れる。

 巻き起こる土煙を突き破り、起き上がろうとした研介の顔面に重い一撃が。

 滴る血で真っ赤に染まっている蹄が打ち込まれた。


**  §  **


「マウントをとられた! このままだとまずいぞ」


 町の四方に立つ監視塔の一つで。

 正確には屋根付きの展望台で、ダイヤル式の双眼鏡を握っていた町長の手は見ている事しか出来ない悔しさで震えていた。


「賢者ロボは負けない」


 小さい妹のいる青年に肩車をしてもらう事で、より遠くを見せてもらっていた白音は目を大きく見開き、細い肩を震わせながら呟くように言った。


「シロ……ん?」


 密着していたが故に幼い体が震えている事に気づき、青年が何か言葉をかけようとした時だった。

 三階と展望台を繋ぐハシゴがガタガタと揺れ始め、何事かと腰を捻った青年を突風のように駆けあがってきた何かが突き飛ばす。


「うぉッ」

「きゃ」


 いきなり、背中にぶつかられた町長は双眼鏡を空中に放り投げ、その衝撃で白音も青年の肩から、空中へと投げ出されてしまう。

 双眼鏡が軌道を描きながら空中を舞う中、ハシゴは揺れ続け、一つまた一つと小さな人影を吐き出していく。

 大人二人が顔面を蒼白とさせる中、白音は何事も無かったかのように空中で身体を一捻り。


「んーッ」


 可愛らしい声に似合わない気合の入った顔で手を伸ばし、石が敷かれた床に叩きつけられる寸前だった双眼鏡を掴んだ。


「痛ッ」


 頭や顔を叩きつけられる事は避けられたものの、硬い床にお尻を叩きつけ、悲鳴をあげた白音は砂埃の中でよろよろと立ち上がる。


「白……音ちゃ……ん」

「うぉ! ちょ!!」


 白音に駆け寄ろうとした町長と青年は、そう広いとは言えない展望台に登ってきた子供達。

 巨獣と対峙する為に出陣した父親や兄達を心配する彼等に行く手を阻まれていた。

 波と波がぷつかりあうように、町長達と子供達はお互いが前に進むのを邪魔してしまう。

 だが、隙間を通れる小さい子達が一人、大人達の間をすり抜ける事が出来た。


「巨人、頑張れぇぇッ」


 小さな少年は最初、白音がやろうとしたように窓辺によじ登るや、大きく吸い込んだ息と声援を一気に吐き出した。


「お、おい! そんな所に登るんじゃない」


 少年が上半身を更に乗り出させそうな事に気づき、駆けようとする青年の両隣を子供達が駆け抜ける。


「立ってェェッ」


 先に窓辺に着いた少女は鋼鉄の巨人が地面に倒されている事に息を呑むも、先程の声援を超えようとばかりに叫んだ。

 青年に無理やり降ろされた少年が暴れる側で、少女よりも幼く見える少年が窓辺によじ登ろうと手を伸ばす。


「君達、そこは危ないから」

「負けるな、クレヴァリィィッ」


 顔面を真っ青にした町長が子供達を何とかしようと奮戦する中、双眼鏡をぎゅっと握り締める白音の声が空気を震わせた。


**  §  **


 荒野に土砂降りのような音が響く。

 だが、それは豪雨のように振り落とされ続ける蹄が鋼鉄を激しく打つ音だ。

 右、左、右と側頭部を殴られる度に後頭部が大地に打ちつけられる。

 意識が朦朧とする中、研介は誰かの声を聞いた。


「マウ――をとられ――。このま――と――いぞ」

(ちきしょう。そんな事は言われないでも、分かってるんだよ)


 抑え込みを脱出しようと肩を動かした瞬間、蹄を頭部へと打ち込まれた研介の視界は揺れた。

 だが、どんなに激しい豪雨の中だろうと、決して聞き逃せない声も捉えた。


「賢――ボは負――い」

(そうだ……。俺は負けられない)

「――、頑張れぇぇッ」

「立っ――ェッ」

(今の俺は賢者ロボなんだから)

「負けるな、クレヴァリィィッ」

垣鍔(かきづき)さんや白音ちゃんを)


 不意に生気が戻った目に驚いたのか、野牛は右膝を振り上げた体勢で硬直した。

 だが、研介が大地に沈みつつあった左肩を動かすや、慌てたように右前足を振り落とす。


(いや、皆を守れる力を持ってるんだァァッ)

「モォァァッ」


 一気に振り上げられた研介の鋼鉄の肩に蹄の先端を撥ね飛ばされ、野牛は痛みと怒りで咆哮を轟かせた。

 ぶふぅと荒い鼻息を一吹き、目に入りそうになった血を振り払わんと頭を左右へと振る。

 その隙に起き上がろうとした研介だったが、その顎を野牛の左前足で蹴り上げられた。


「ぐッ」

(くそッ。抑え込みを脱出するのは難しいな)


 後頭部を再び大地に叩きつけられ、悔しそうにする研介を野牛が真っ赤な目で睨みつける。

 その目は――これ以上の反撃は許さない。次の一撃でお前を確実に仕留めて、お前が守ろうとしている街を蹂躙してやる――と語っていた。


「ヴォモォォッ」


 野牛は大気を震わせ、大地を揺らす一吼えを轟かせながら、鋼鉄を叩き続けた事でひび割れ始めている蹄を一気に振り落とした。


「うぉぉッ」


 研介のぎゅっと握られた鋼鉄の右拳は

 星の海に向かって打ち出されたロケットのようだった。

 いや、ミサイルを迎撃する為に打ち出されたミサイルと言うべきだろうか。

 だが、その拳は蹄に当たる瞬間に軌道を変え、振り落とされた右足の裏へとまわる。

 大気を裂く勢いで大きく開かれ、捕まえた獲物は逃がさないという猛禽類の鋭い足爪のように掴みかかった。


「モォッ!?」


 このままでは自分の足が握り潰されかねないと野牛は暴れる。


(逃がすかぁぁッ)

「逃がすわけにはいかなァッい」


 研介は右手にぎゅっと力を入れていく。

 万力を締めるように

 この時、彼は気づいていなかったが、このまま締め続ければ野生に生きてきた獣の足骨にひびを入れられる程の握力を発揮していた。


「ヴッモォォッ」


 苦痛の悲鳴とも、怨嗟の怒号ともとれる叫びをあげた野牛が自由な方の前足を振り上げる。

 落雷のような猛スピードで振り落とされた前足だったが、ちゃんと構えをとっての打ち出しではない。


「くっ」


 研介は首を捻り、ぎりぎりで避ける事が出来た野牛の左足に素早く手を伸ばす。

 その意図に気づいた野牛が逃れようと、土煙を起こしたばかりの蹄で大地を叩き、その反動で左足を一気に引き上げていく。


「うぉぉッ」


 だが、気合の叫びをあげた研介の右手が野牛の左足首を掴んだ。


「モォォォッ」


 両足を掴まれた野牛が逃れようと暴れ続け、逃すまいと研介は両手に力を込めていく。

 鋼鉄が食い込み続ける痛みで、野牛は狂ったように巨体を左右に振り、流れ続ける血をまき散らす。

 新雪のような色合いの身体を真っ赤に染められながら、研介の嘴が静かに開き始めた。


「モォァァッ!?」


 自分がやろうとしたように、研介も次の一撃で勝負を決めようとしている。

 もし、その攻撃を許せば――を野生で生きてきた経験で察知したのだろう。

 野牛は激しく暴れ、その両足を締め続ける研介の身体も激しく揺らされた。


(悪いが……これで仕留める)

「コォォォルドブレェェェス」


 心半ばで倒れる事を知り、悔しそうにする野牛の顔を見ながら、研介は全身の力を込めて叫んだ。

 自分が奪う命を目を逸らさずに。

 やがて、鋼鉄の嘴の間から轟風が吹き出し、それは真っ白、純白などでは表現を出来ない色に。

 極寒色とでも言うべきだろう氷の結晶へと変わった。

 広大な大地を吹く風の音も、唸る吹雪の音に掻き消されていく。

 太陽が輝く真夏の荒野で野牛の血塗れの顔が氷漬けになり、肩が、腰と前足も、遂には後ろ足までが氷に包まれていった。


**  §  **


 予想だにしなかった加勢により、戦わずに死地から戻れた男達。

 父、夫、恋人である彼等との再会を喜び、抱き合っていた女性達。

 ただ、見守るしか出来なかった子供達や一線を退いた人達。

 町の住人達は氷漬けになった巨大な野牛を抱え上げ、町の内と外を遮る防壁の(そば)で足を止めた鋼鉄巨人を不安げに見上げていた。


(何処かに埋めてやるよりも、他の命に繋げる事の方が弔いになるよな)


 ただの自己満足かもしれないと承知で、研介は自分が止めを刺した巨獣を抱え、思い人とその人の娘が暮らす街へ戻った。

 だが、ファーストコンタクトとして、覚悟をしていた以上の視線を浴びせられ、鉄の体を強張らせる。


「あれが沿岸に現れたっていう巨大騎士」

(何だって?)

「本当に巨獣と同じ大きさの人間がいたのか」

(つまり、他にも、俺みたいにロボットになった奴が)


 本来なら、聞こえるはずが無い高低差のある場所の人々の会話。

 だが、研介が記していた集音能力は設定通りに機能をし、彼等の声を上手い具合に集めていた。


「船をイカの巨獣から助けたのは、片手の無い男だったらしいぞ」

「俺が聞いた話だと女だ。こいつとは違う」

(いや、違うか……。この人達は俺が鎧を着ていると思っているんだ)


 そして、人々の視線が研介に問いかける――こいつは俺達を助けてくれたのか?

 凝視が彼らの心情を代弁する――だとしても、こいつは……。


「巨獣と同じ力」


 誰かがポツリと零したのが始まりだった。


「いや、巨獣を易々と殺す力を持った巨人」


 水面に波紋が広がるように――。


「もしも、あれが俺達に振るわれたら」


 瞬く間に恐怖は伝播する。


(俺はそんな事はしない! 俺は垣鍔(かきづき)さんや白音ちゃん達も暮らす街を守ろうと!! それに勝負は五分五分だった! こいつをそんな風に言うな!!)


 思いを口にしたい――空気を震わせる程に叫びたい。

 だが、もし、それをすればパニックを誘発すると分かる。

 知らないはずの医学知識を使えた時のように、それが分かってしまったが故に、研介は何も出来なかった。

 だが、強敵を軽視する発言に激昂しかけた研介の放つ鬼気が空気を震わせてしまった。


「こんな街は瞬く間に(ちり)に」

「巨獣を殺せる奴を……どうやれば殺せるんだ?」


 顔を蒼白にした人々が一人、また、一人と後退りを始め、人が連なる事で出来ていた壁が崩れ始める。

 そして、その隙間をぬって、彼等の後ろにいた子供達が飛び出していく。

 大人達は慌てて、手を伸ばしたが、全員を掴まえきる事は出来なかった。


「戻って来い」

「刺激しちゃ駄目だ」


 そんな悲痛な声など聞こえていないとばかりに、囲いを抜けた子供達は一斉に振り向いた。


「巨人を悪く言うな」

「この人は兄ちゃん達を助けてくれたんだぞ」

「街を守ってくれた恩人だよ」


 小さいが、大気を震わせる声だった。

 それほどに思いを込めた叫びだった。


(そうか。この子達は大筒を抱えていた奴等の)


 ちらちらと見てくる彼等にきらきらする目を向けられ、むず痒くなっていた研介は物陰や家の窓から、こっそりと見ている子供達に気づいた。


(だが、怖がっている子供達も少なくない)


 もし、自分が逆の立場だったなら――得体の知れない鋼鉄の化け物をどう思うだろうか? と研介は考える。

 アニメ『賢者ロボ』シリーズでも、未知の存在を人々が受け入れるまで、序盤数話を費やすリアルティを重視した作品もあった。

 だから、俺は君達の味方だと叫びたいのを必死に堪える事が出来た。


(けど、大人の何人かも子供の純粋さを、その勘を信じていいぐらいには思ってくれているみたいだ……。なら、焦る事は無い)


 雲で陽が陰り、出来た影で憂鬱そうな表情となった研介は上下に開いた嘴から、コォォォと息を吐くと抱えていた巨大な氷塊を。

 自分が氷漬けにした巨大な野牛をそっと大地へと下ろすと、ずしんずしんと音をたてながら回転。

 新雪のような羽を重ねたような外套を人々へと向けると、どんなに望もうと抑えられない地響きをたてながら、ゆっくりと歩き出した。

 そして、その寂しげな姿は雪が陽の光によって溶けるように、静かに、薄くなっていく。

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