TENDER SISTER
りゅうの話です。
彼にとって、蓮という存在は大きく、姉のようなものでした。彼女に出会えて彼は幸せだったんだろうと思います。
――母が、目の前で車に飛び込んだ。
それが、中学二年の時だったか。その後の葬式で、遺書を読み上げられた。それには、自分に対する恨みが書かれていた。親戚中をたらいまわしにされ、酷い扱いを受け、それを見ていられなくなった藤森がりゅうを引き取った。しかし、幼い少年の心は相当傷ついてしまった。
――僕は、生きていちゃいけないんだ。
それから外に出るのが怖くなり、引きこもりになった。
――養父が居候を預かることになったと知ったのは偶然だった。
ファートルにつけている盗聴器から、その居候と藤森の会話を聞いていたのだ。蓮と呼ばれた居候はとてもじゃないが、罪を犯すような少女とは思えなかった。
ネコを飼い始めた時、友達と季節外れの鍋パーティーをしていた時、藤森の手伝いをしている時……どれをとっても心の広さや穏やかさが伝わってきた。
そして同時に、こちらに来ることになった経緯も知ってしまった。
自分と、同じだ。
大人達に苦しめられ、蔑まれ、追いやられてしまった。彼女はしかし、そんな人の痛みを知り、手を差し伸べてくれるのだ。人助けの末にこのような仕打ちを受けたというのに。
会話を聞いて、彼女が怪盗だと知った。もしかしたら助けてくれるかもしれないと、りゅうはコンタクトを取った。
蓮は優しくて話しやすい人だった。物腰が柔らかく、何でも話してしまいそうなほど穏やかな雰囲気を纏っていた。
アヌビスを撃退するという条件で、蓮は心を盗むことを約束してくれた。そして、それは順調に進んでいた。
八月に入り、スマホを見ると謎のアプリが入っていた。目のようなアプリ……りゅうも、見たことがない。
予告状をもらい、りゅうはどうやって異世界に入るのかを尋ねた。蓮はあのアプリと同じものを使うと答えた。
気配が消え、りゅうはスマホを見る。……ここで動き出さなければ、真実が分からなくなってしまう気がする。
――何のために蓮さんとコンタクトを取った?
この苦しみから、救ってほしいから。確かにそれもある。だが、それ以上に蓮ならば、真実を見つけてくれるのではないかと思ったからではないか。ならば、ここで待っていてはいけないのだ。
りゅうは、キーワードを言って異世界に入った。
夢を見た。
優しい、母の夢。
そこには、藤森や蓮の姿もあった。
目を覚ますと、黒髪の少女――蓮が微笑んでいた。
「幸せそうだったな。どんな夢を見ていたんだ?」
あぁ、彼女は本当の母を思い出させてくれた。
――優しい姉に出会えて、僕は幸せです。