RESPECT HER
裕斗の話です。
蓮と再会したことで、彼の心に光が差したのだろうなと思いながら書きました。実は彼と結ばれる予定だったので、そのパターンもいつか書けたらいいと思っています。
幼い頃、同じ年の女の子と遊んだ記憶がある。顔も名前も忘れてしまったが、黒髪で、和服を着ていたことだけは覚えている。
白野が変わったのは、母が亡くなってからだった。幼かった裕斗は白野に引き取られ、絵を教えてくれた。
この時、白野は既に歪んでいたのだろう。しかし、幼い裕斗はそれに気付かなかった。気付かないまま、盗作され続けた。
成長し、裕斗はおかしいと思い始めていた。しかし、そんなわけないと目を逸らし続けた。兄弟子の一人が自殺してしまっても、先生のせいではないと恐怖を抑え込んだ。
ある日、久重に聞かれた。「逃げたくないのか」と。
「……逃げられるものなら、逃げ出したい」
口をついて出た言葉は、そんなものだった。期限に間に合わなかったり、イライラしていると怒られ、殴られる生活から逃れたい。
だが、裕斗は中学生である上に身寄りがない。このあばら家から出ることなど、不可能なのだ。
最後の兄弟子がいなくなり、裕斗はたった一人であばら家に住み込んでいた。
高校に入り、裕斗は一つの作品を描き上げた。
――こんな理不尽、やってられるか。
「秋の森」と題された作品は、いつものように白野の作品として展示されることになった。
――それは、偶然にして必然の再会だった。
凛条高校の制服を身にまとった金髪の女性を追いかけていると、それを阻むようにその少年……いや、少女は出てきた。どこかで見たことのある気がする黒髪の少女はしかし、かの日の和服ではなく凛条高校の制服を着ていた。
少女――蓮はその日から、風花の護衛と称して良希と一緒に来ることが多くなった。
ある日、「サヤカ」を見せると蓮は「子を憂う母のようだ……美しい……」と零した。師の処女作が褒められたようで、裕斗は嬉しかった。
しかし、それは母の作品であったことをのちに知った。蓮は本当の「サヤカ」を見た時、「遺された日々の思い出」と言った。
――ねぇ、さやかさん。これ、なんて作品なの?
――これ?これはね、息子に渡そうって思ってるから何も考えてなかったけど……もしつけるなら、「遺された日々の思い出」かしらね。
――どうして?
――私はね、多分もう、そこまで永くないの。だから、私が愛した証を残してあげたいのよ。
そんな会話を思い出す。あれは、この少女と母の会話だったのか。
白野のオタカラを盗んだ後、個展に行くと変装した蓮の姿を見かけた。
「蓮か。何か気になったことでもあったか?」
裕斗が声をかけると、蓮は気付いたらしく「あぁ」と横目で彼を見た。
「ちょっと回ってみようと思ってな」
「そうか。ゆっくりしてくれ」
蓮が見ていたのは、怪盗団に出会う前に描いたあの作品。
「……これ、お前が描いたんだろ?」
不意に、誰にも聞こえない声で言われた。裕斗は驚いて蓮を見る。
彼女は笑っていた。なんでもお見通しだと言いたげに。
「言わなくても分かる。この作品が、お前の怒りを、苦しみを、嘆きを教えてくれる。……今まで、よく頑張ったな」
普通の人には分からないだろう。しかしこの少女は、当時裕斗が抱えていた激情を受け取った。そして、労わってくれた。
――俺が君を尊敬するには十分だ。