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北条義時  作者: 恵美乃海
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53 若妻と初老夫の明るい謀議

 北条時政と牧の方の娘婿、平賀朝雅は頼朝、頼家とは別系統ではあったが、やはり清和天皇の流れをくむ清和源氏の名門であった。


 武蔵国はこの時、征夷大将軍が国司を任命できる将軍知行国であったが、時政はこの娘婿、平賀朝雅を武蔵国司とした。


 武蔵国は知勇兼備の驍将、御家人の間でも人望の厚い畠山重忠が武士団を束ねる留守所総検校の職にあり、畠山氏の勢力圏と言える地であったが、時政はこの鎌倉近隣の要地に自らの楔を打ち込んだのである。


 比企能員の変の翌月、平賀朝雅は舅となる執権北条時政から京都守護に任じられ上洛する。


 時政は朝雅の去ったあとの武蔵国衙領(荘園に対して公領、国司の支配下となる領)の国務を引き継ぎ、事実上の国司となった。


 平賀朝雅は上洛後、幕府の政変に乗じて伊勢国、伊賀国で起こった平家残党の反乱を鎮圧し、その功により、伊勢国、伊賀国守護となる。


 そして名門の出自である平賀朝雅は、殿上人(てんじょうびと/天皇の日常生活の場である清涼殿の殿上の間に昇ること(昇殿)を許された中で公卿以外の者を指す)となり、後鳥羽院に重用されることとなる。


 このような経緯を踏まえて、時政は16歳の政範の位階を従五位下に進めた。

 執権となった時政は、徐々におのれの地歩を固めつつあった。そしてそこには後妻である牧の方(NHKの大河ドラマ「草燃える」では北条政子と同い年であったとしています)の意向が強く働いていたのである。



「では、義父上様は政範殿、そして今、京におられる平賀朝雅殿を自らの後継にと定めておられるというわけですね」


「ふむ、このまま手を拱いていたらそうなるであろうな」


「よろしいのですか」


「いやいや、が父は執権、そして北条の棟梁でもある。今の儂に父を凌ぐ職権はない。座して待つことはせぬが、さていかにすべきか色々と考えておる」


「義父上様の上に立つことができる方と言えば御所様、そして尼御台様でございますね」


「ふむ」


「尼御台様は義母上様と不仲と聞いております。このまま、政範殿、平賀朝雅殿が北条の後継となるは面白からず、かと」


「ふむ、が先の御所様、一幡様のこと。世間では儂が弑したと噂しておる。そしてその風評は尼御台も聞き及んでおる。尼御台は、儂のことを恨んでおろう」


「お認めになったのですか。お二方を弑したは、殿が命じたことであったと」


「いや、認めてはいない。儂にそのようなつもりはなかった、あくまでもその場にいた武者どもが血気に逸ってなしたことと」


「それがよろしゅうございます。殿がはっきりとお認めになればそれは真実となってしまいます。お認めにならねば、それはあくまでもひとの噂」


「ふむ、そなた。尼御台と同じようなことを言うのお」


 そう、一幡のときも頼家のときもその死の知らせを受けた政子は激昂した。

 自分の妹が乳母で、生まれてからも身近にいた実朝と異なり、比企の邸で育った頼家については、政子は母子として睦まじく過ごした時間はほとんどなかった。

 親子としては、その仲はよそよそしいものであったが、やはり母として、祖母としての情は特別なものがあるのであろう。


 大姫、頼朝、三幡、そして一幡、頼家。

 尼御台、政子は次々と家族を喪っている。


 ― これはそなたがなしたことか。小四郎。


 政子は義時を問い詰めた。義時は否定した。


 ― 分かった。では、ことはどうあれ私はお前の言葉を受け入れよう。


  政子は、その直接手にかけた者を晒し首にせよ、とは言わなかった。


 先の御所頼家は、自分が鎌倉殿であるということの意識が強く、幕府にあって、独裁的な権限を振るおうとしていた。いかに修善寺に幽閉していたとしても、この鎌倉で、御家人の中で何らかの争いごとが起きれば、頼家は、北条と対立する側から担ぎ上げられ、その復権が大義名分となるであろう。

 そのような人物をそのままにしてはおけなかった。


 頼家には、一幡以外にも子が男児が三人、女児がひとりいた。

 その内のひとり善哉は、その乳母が三浦義村の妻。さすがに義時の手の及ぶところではない。

 その他の子たちも尼御台、政子がその保護下においた。



「ふむ、やはり儂が担ぐは尼御台か」


「はい、それがよろしいかと」


「いや、伊賀の方、そなたと話すは面白いぞ」


 伊賀の方の顔が輝いた。


「殿、私は嬉しゅうございます。私は器量も悪いので、殿の継室に、とのお話を聞いたときは信じられませんでした。

 殿の先の奥方はあの姫の前様。あのような方を奥方となさっておられた殿が、私のようなおなごに満足なされるわけがないと。

 でも嫁いでみたら、殿は私のことをとても可愛がってくださいます。殿が私のことを嫌われてはいない。いや、どうやら好ましくさえ思ってくださっている、ということがよく分かります。

 殿、私は嬉しゅうございます。

 私は殿のことが大好きです。何物にも代えがたいお方とお慕い申しております」


「おお、そうか。儂もいい嫁をもろうた、と思っておる。儂はそなたより二十歳以上も年が上じゃが、そなたが嫁になって何やら若返った心地がするぞ」


「殿、お伝えしたきことがございます」


「何かな」


「子ができました」


「おお、そうかそうか。それは嬉しいぞ。ではその子のためにも長く生きねばのう。伊賀の方よ、末長くよろしく頼むぞ」


「殿、今宵はどうか、お側にて侍らせてくださいませ」


「うむ、が、身篭ったのであろう。体にさわらぬか」


「平気でごさいます」


「そうか、ではともにゆるりと過ごそうぞ。

それからのう伊賀の方、儂はそなたのこと、器量が悪いなどとは思っておらぬ。儂はそなたの顔立ちもとても好ましく思うておるぞ」


伊賀の方が身篭ったのは、北条政村。


のちの第7代執権である。


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