26 天下を統べる器量
比企朝宗の館の一室。
大倉御所の女房、姫の前は、実家に宿下がりしていた。
「姫の前よ。ここのところ、小四郎からのそなた宛の文がひっきりなしに届いているようだの」
「はい」
「そなた、小四郎のことは何と思っておるのかの」
「何とも思っておりませぬ。ただしつこきお方かと」
「情の無い申しようじゃのう。小四郎は、そなたを我が妻にと望んでおるぞ。どうじゃ姫の前」
「いやでございます」
「はっきり言うのお。小四郎は嫌いか。将来なかなかに見どころのある男と思うがのお」
「私はあのような、いつもむっつりと黙っていて、何を考えているのやら分からぬお方は嫌いでございます。
それに先の奥州の戦でも、小四郎殿と同じ年頃の清重様、重忠様、義村様などは、華々しき武功をお立てになったのに、小四郎殿は何の手柄もなし。いくさの間、ただ御所様のお側に付いておられただけなのでございましょう。
私はいくさの場で手柄ひとつたてられぬおのこなど、なんの魅力も感じられませぬ」
「これはまた手厳しいな」
ー 小四郎、そなたすっかり嫌われておるぞ。これは難しいかもしれぬなあ。
ー 奥州合戦では、我が帷幕においたが、あの合戦、何らかの策をこうじたは初戦だけ。
あとは敵にまさる多勢を持って、いくさの常道どおり、力押しに押しただけじゃったからなあ。
「私は、いついつまでも御所様のお側におりとう存じます」
「ふうむ、儂にか」
類い稀な美女にそう言われれば、頼朝も悪い気はしない。もうこのままでよいかな、とも思う。
「そのようなことより御所様、先日申しあげたことでございますが」
「なんだったかな」
「あれ、またそのように。政子様のことでございます
。御所様は、雅で端麗なお方。そのお方に並ばれる、としては政子様は、まことに失礼ながらいささかお見劣りされるかと」
ー そこまで言うか。こやつ政子が怖くないのか。あの亀の前が、政子にどんな目にあったか知っておろうに…
いや、そうか。そのときは、姫の前はまだ幼子。政子の怖さ、よくは知らぬわけだ。
「御所様にはご正室としてもっと相応しい方がおられるのでは、と」
「その相応しい方というのは、そなたのことか、姫の前」
「まあ、そのようなこと、おのれの口からは。…いえ、では申し上げます。
私は、天下を統べ、諸人の上に立つ、そういう器量を持った方にしか魅力を感じられませぬ。そういう方の妻になりたい、と望んでおります」
「欲深いのう、姫の前。そなたの父、朝宗は穏やかな男であるのにのお」
「父はただのお人好しです。ですから兄でありながら、比企の家督は、弟の能員叔父が嗣がれることになってしまわれた。不甲斐のうございます」
……
「この鎌倉で諸人を統べるは尊き源氏の嫡流の御方」
ー 儂か、あるいは万寿のことも頭にあるのやもしれぬな。この鎌倉の天下を統べる源氏の嫡流か。
今は儂、そしてそのあとは万寿か。
万寿は今、十歳。万寿に天下を統べる器量があるだろうか。
その年齢でありながら態度は堂々としている。生まれながらにして上に立つ者の威風が身に備わっているとも思う。
が激しやすく、人に対する好悪の念も大きい。文より武を好む。武に関しては諸芸、際だっている。
が、武に傾くは、上に立つものの本来の姿ではない。
頼朝は、万寿の将来に危ういものを感じる。
もし、上に立つ器量あらざりせば、
源氏の嫡流が統べる鎌倉。だが、元々の譜代の臣はなく、関東の武士団に担がれているだけの存在。
源氏の嫡流に、上に立つ器量なき場合は御家人の中の誰かが……
源氏の嫡流。
が、儂亡き後、その血脈がいつまでも天下を統べよ、とは頼朝は思わない。
時代、時代で、その時を得たものが天下を統べればそれでいい。いや、そうなるしかあるまい。それが人の世。
儂の次の世代は……
頼朝は、そんなことを考えてみたくなった。
畠山重忠、三浦義村、葛西清重。
武勇に秀で、器量は大にして、その性は、善にして爽。
が、権力に対する執着は……かの男どもは、かかるものより義を重んじるやに見える。
権力を最も貪欲に求める男は……小四郎か。
儂に最も似ているのかもしれぬ。が、儂は権力を求めても、心の底の底には虚無がある。
あの男は、儂以上に激することもなく現実を見つめている。
が、あやつを見ていると冷静に過ぎて、弾むような行動力には欠ける。
あやつが唯一冷静でいられないのが、姫の前。
この女もいささか寵に馴れ過ぎたようだ。
天下を統べる器量を持った方の妻になりたい、か。
醒めた欲望を持つ小四郎には、このような女が望ましいのやもしれぬな。
「のう姫の前、華々しい武勲をたてる男だけが、人の上に立つ器量を持っているとは限らんぞ。
儂が見るに小四郎は、今は目立たぬが奥深き器量をもった男ぞ。
あるいは御家人の中で、最も上に立つことになる男やもしれぬ」
「まあ、御所様はさまでにあの小四郎殿を買っておられるのですか。……でも私はやっぱり御所様が」
「姫の前、そなた、今いくつになった」
「二十歳でございます」
「ふむ、儂は四十五。小四郎は二十九じゃ。儂がいったいいつまで生きられるのか、そういうことも考えてみたらよい」
姫の前は黙ってしまった。
ー 小四郎のこと、少し考えておるな。ふむ、今夜はここまでにしておこう。
政子にも似た、こころ強きおなごじゃが、こうやって黙って見ていると、やはり何とも美しきおなごよ。
今しばし、我が元に置くか。
北条義時を書くとなれば、最大のヒロインは、姫の前。
その姫の前をどういうキャラ設定にするかは、ずいぶんと悩みました。
史実が伝える、結ばれるまでのこと。
そして結ばれたあと、この夫婦の間におこること。
そこから、色々と想像を巡らせてこんなキャラクターにしてみました。
が、このキャラ設定で、これからも、姫の前を書く気になれるだろうか、という不安はあります。
史実からこういう想像をするというのは、捉え方が類型的すぎるかな、という気もします。
あるいはどこかで性格を変えてしまうかもしれません。
ウィキペディアを読んで、そこから登場人物や色々な出来事の関係性を考え、、時代の流れを見ていく中で書く必要があると思うことを、想像も加えて書いています。
あとは、登場人物のキャラクターが決まったら、そのキャラクターを浮かびあがらせるようなエピソードを考えて時に織り込んでいます。
ただ、キャラを際立たせようとして、その登場人物の心理描写が多すぎるかな、というのが、ここまで書いてみての反省です。
難しいです。
あと、情景描写、風俗描写は苦手なので、どうしても会話中心になってしまいます。
戯曲にしたほうがよいのかもしれませんが、
戯曲風小説ということになるのかな、と思います。




