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北条義時  作者: 恵美乃海
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24 今宵ひと夜の物語

奥州合戦を終えた遠征の軍が鎌倉に帰還して間もない日。

頼朝の元に、葛西清重の妻、能子からの文が届いた。

頼朝は直ちに文を開いた。


ー ご公務のおりよきとき、わが館においでたまわりたく


文には、美しい仮名文字で、そうしたためられていた。


ー なんと、能子はまだ鎌倉におったのか。もう平泉に向け発ったと思うていたが。


今の頼朝にとって、能子のことよりも優先すべき公務はなかった。


頼朝はその日の内に、葛西清重の館を訪れた。


「御所様、お久しゅうございます」


九年ぶりの能子。まだ少女の面影を残していた十九歳の女人は、臈長けた二十八歳の大人の女人に変貌していた。

だが、その柔らかい笑顔は九年前のままだった。


ー 能子だ。紛れもなく能子が、今、儂の目の前にいる。


 頼朝は、少年のように胸が高鳴った。


「能子殿、今日は何とされた」


「はい、先日わが夫より文が届きました。平泉に向かって発つ前に、御所様に一日、馳走奉られたし、と」


ー 三郎が、そのような文を書いてくれたのか


「で、ではその文に三郎は、この儂のことを」


「はい、御所様の私に対する思し召し、確と」


「そ、そうか。能子殿、笑うてくれ。九年前のあの夜より、儂はそなたのことが忘れられなんだ。恋焦がれておったのじゃ」


「まあ」

と言って目を見開いた能子は、クスクスと笑った。


「夜伽に侍らせていただきましたとき、いったいどのようなお方であらせられるのかと緊張しておりましたが、御所様はとてもお優しく、ひとつひとつの様が何とも優雅で、高貴なお方とは、このような方であらせられるのかと、思うておりました。

その御所様が、そのような生なお言葉を申されるとは」


「おう、許せ能子殿。儂も凡愚。ただの男なのじゃ」


「はい、さようでございますね。

でも御所様、能子は嬉しゅうございます。私のことを、さまでに思うてくださっていたとは。夫ある身とはいえ、そのようなお言葉をかけていただきますれば、やはり心が弾みまする」


「儂も、能子殿とこのように語り合えて嬉しいぞ」


しばしの沈黙のあと


「御所様、今宵はこの館でひと夜を過ごされましょうや」


ー なんだと


「さ、三郎はそのようなことまで文に書いてくれていたのか」


「さにあらず、が、馳走せよとは、あとは私に任せるとの意かと」


「で、では、今宵も、夜伽をと」


「御所様、今宵は夜伽ではございませぬ。我が心が望むことでございます。

御所様、どうぞご存分になされませ。私も同じ思いで、今宵、これからの時を頼朝様とともに過ごさせていただきたく存じます」




頼朝の胸に、その顔をつけていた能子が、空を見やった。


「頼朝様、今日は十六夜(いざよい)でございますね」


「うむ、昨夜であれば満々たる望月。残念であったな」


「いえ、私は望月よりも、望月のその姿を心に秘めて見る十六夜が好きでございます」


「のう、能子。これからも時に、このように会えぬであろうか」


「いえ、今夜限りにいたしたく存じます」


「そうか、やはり三郎に申し訳がたたぬか」


「そのようなことは。ただ、このような逢瀬を重ねてしまっては、何やら美しくなき心地がいたします。今宵ひと夜の物語と思し召せ」



能子は、平泉に発った。


が、史書は伝える。

この翌年、建久元年(1190)、源頼朝は、朝廷より権大納言・右近衛大将に任じられ上洛するが、葛西清重は、拝賀の布衣の侍七人の中に選ばれて、参院の供奉を務めた(任命の御礼言上のため、頼朝は後白河法皇の元に参るが、正規の式服を着て、頼朝のお供をした七人の中に選ばれた、という意味でよいかと思います)。


頼朝は、この晴れ舞台、ぜひ葛西三郎清重にもと、奥州から呼び寄せた。


清重は、平泉にて、奥州勢残党の鎮圧をし、奥州統治の機構を整えていたが、その後の実務を伊沢家景に委ね、上洛した。

その妻と一緒に、と想像したい。


葛西清重と、そして源頼朝の晴れ姿を、能子は、その目で見た。



この時代に限らず、いつの時代でも、武将のことを検索すると、その妻として多くの名前が連なる。


が、葛西清重の妻は、ただひとり

「畠山重能の娘」と記載されているだけである。



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