23 奥州総奉行
平泉に戻った頼朝は、滞在する館の居室に葛西三郎清重を呼んだ。
余人は交えず二人だけだった。
「三郎、この奥州征伐戦でのそなたの活躍、まことにあっぱれ。わが鎌倉の名だたる諸将にもまして、お主の武功は抜群、その勲功は筆頭の働きであった」
「はっ、まことに有り難きお言葉」
「その武功に対し、この奥州の内、胆沢郡、磐井郡、牡鹿郡を所領としてお主に与える」
「有り難き幸せ、さまでの莫大な恩賞を賜り恐悦至極でございます」
「それだけではない。お主を奥州総奉行に任じ、この奥州の御家人の統率を委ねる。この平泉にて政庁を開け」
「な、なんと」
清重は驚嘆した。それは、この儂を、事実上、奥州の国主にするということ。
勲功抜群とお認めいただいたとはいえ、鎌倉のあまたなる宿老を差し置き、なぜまだ二十九歳に過ぎないこの儂がこれほどの過褒を賜わるのだ。
「が、三郎、ひとつだけ条件がある」
「なんでございましょうや」
「お主の奥方を、そのまま鎌倉に置いてほしい」
「は、今、なんと申されました」
「うむ、端的に言おう。そなたの奥方をこの儂に譲ってほしいのじゃ」
「な、なんと」
「のう、どうだ。常陸攻めの帰途、お主の館に立ち寄ったとき、お主は、能子殿を夜伽に差し出してくれたではないか」
「それは、館に立ち寄っていただくという光栄を賜り、その感激を伝えんがため、それがしにできる最大のおもてなしを、との存念からでござる。
先ほどの過分なるご褒賞も能子がお目当てでござったか。
御所様、とんでもないことでござる。
おもてなしの夜伽とはまるで意味が違い申す。
妻を差し出し、その代わりに奥州総奉行に。それがし、そのような恥知らずではござらん」
「いや、お主を奥州総奉行に任ずるは、大局を総覧できる男とその器量を見込んだればこそ。能子殿のこととは関係ない」
「 なんとおっしゃられるか。先ほど、能子を譲るが条件と申されたではございませぬか」
「う、うむ。そうであったな」
頼朝は、主君であることの体面もかなぐり捨てて、
おのれの能子に対する思いを切々と訴えた。
頼朝の心の箍が外れてしまった。
能子に嫌われたくないと九年間秘め続けた思い。
だが、頼朝は戦場で夢を見てしまったのだ。
ー この男亡くせば、能子は我が者に
と。だが、頼朝のその邪念は実らなかった。
三郎清重は、今、困惑しぬいた顔で、頼朝の目の前に座っている。
「なんと、なんと。殿が我が妻にさほどの思し召しをもっておられたとは」
「ならぬか。ならぬかのう、三郎」
清重は瞑目した。
しばしの時を経て
「御所様、能子は、それがしが元服間も無き頃にもろうた我が嫁。元はと言えば同じ秩父一族ゆえ、幼き頃から相知った仲。それがしは、その頃よりこのおなごを我が嫁にと決めており申した。いかに御所様の思し召しとはいえ、こればかりは」
「分かった。分かった三郎。儂が未練であった。鎌倉に使いを出し、能子殿をこの平泉へ呼び寄せよ。夫婦仲良う、この奥州を治めてくれ。さっき儂が申したことは忘れてくれ」