20 頼朝のストライクゾーン、頼朝の恋
世の中の大概の男性は女性が好きであろう。
好きなタイプは、個々に異なる。
容姿重視。性格重視。熟女がよい。若い娘がよい。
容姿に重きを置くとしても美人タイプが好き、可愛いタイプが好きと人によって好みは異なるであろうし、そもそも美人、可愛さの基準も各人各様である。
性格のよさが外面に滲みでてその容姿を美しくしている、というケースも多いであろう。
さて、では頼朝は、どうであろうか。
平たく言えば
「何でもござれ」
なのであった。
華やかな美女が好き、たおやかな美女が好き。
客観的には美女とは評されていない女性についても、頼朝は、その女性個々の美しさを見出す。
対象年齢の範囲も広く、
性格についても、儚げな女性も、勝ち気な女性も好きなのであった。
それだけに正妻、政子の嫉妬深さには閉口していたが、それとて、その嫉妬深さを愛でて、政子を怖がる振りをしているのかもしれなかった。
頼朝はかつて義時に
ー 儂は、経ばかり読んできたから、この世は仮の姿、何がどうなろうと大したことではない、そう思っておる。
などと宣っていたが、こと女性に関してはとんでもない話。俗の極みなのであった。
源頼朝、四十三歳は、要は
「ニヒルを気取ったエロオヤジ」
なのであった。
そんな頼朝であったが、葛西清重の妻、能子には特別な感情を持っていた。
葛西清重の館で、能子が夜伽に侍ったのは、もう九年も前のこと。その時、能子は十九歳。秀麗な美貌だった。
清重のもてなしは頼朝を喜ばせたが、夜伽に差し出された当人はどんな気持ちだろうかと、頼朝は、その心を慮った。
が、そのたおやかな風情に似ず、能子は明るかった。
寝間に入ってきた能子は、
ー 高貴なお方にこのように侍らせていただき大変な名誉と思っております。
と、ハキハキと言上したあと、恐れ入っている風もなくにっこりと微笑んだ。
そのあとの時間でも、合間、合間に、寝物語は弾んだ。
その話の中で、
能子と清重が、仲睦まじく、お互いを深く愛し合っている、ということが頼朝にはよく分かった。
頼朝は、清重に対し、妬ましいような気持ちになった。
多くの女性との経験が豊富な頼朝にとっても、これほどの楽しさを感じたそれは、他に記憶がないほどであった。
それからの頼朝はおりにふれ能子のことを思い出し、またあの夜のようなことがあれば。
と念じた。
ー 三郎に素直に願えば、あるいは。
頼朝は、そうも思ったが出来なかった。
能子は、あの夜、誉れと言いつつもそこには、
「今宵ひと夜の」との形容詞がついていた。
能子が何を言いたいかは、察することができた。
その意あるところを汲まず、三郎に、再びの夜を望めば、能子は、儂のことをただの野暮天、あるいは汚らわしき好き者と軽蔑するであろう。
頼朝は、能子にどう思われるかを案じぬいた。
そう、頼朝は、能子に恋していたのであった。
ー お主らを死地に向かわせるわけにはいかぬ。
そう言いかけた頼朝は、その言葉をのんだ。
ー もし、この地で、三郎がその命を散らすようなことありせば、あの能子を我が物とするは、容易きこととなる。
頼朝は、葛西三郎清重らの望みを受け入れた。
人妻バテシバを得るために、その夫ウリヤを激戦地に向かわせたダビデ王と同様のことを、頼朝も行なってしまったのであった(出典、旧約聖書)。




