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北条義時  作者: 恵美乃海
19/70

19 鎌倉出陣

文治五年(1189)七月十九日、源頼朝率いる大手軍が鎌倉を出立した。先陣は知勇兼備とうたわれた畠山重忠。二十六歳の若き驍将である。


源義経が、平泉、衣川において自害してから、まだ三ヶ月も経ってはいなかった。


前後して、千葉常胤、八田知家率いる東海道軍、比企能員、宇佐美実政率いる北陸道軍も出立。

東海道軍は常陸国を、北陸道軍は越後国を目指した。


大手軍は鎌倉街道中路から進み下野国に至った。

二十五日、宇都宮社に戦勝を祈願した。

大手軍には途中各地の武士団も陸続と加わった。

東海道軍、北陸道軍も同様で、

鎌倉は三軍合わせて、二十八万四千騎と公称される大軍勢となった。


二十九日、大手軍は、下野国と陸奥国の境、白河関を通過した。奥州軍の抵抗は無かった。


頼朝は、傍らに控える梶原景時の嫡男、対木曾義仲の宇治川の合戦の際、宇治川を馬にて渡る佐々木高綱との先陣争いで名を挙げた、梶原源太景季に言葉をかけた。


「のう源太。能因法師の歌を思い出さぬか。


都をば霞とともに立ちしかど秋風ぞ吹く白河の関」


源太景季は、しばし考えたあと、さほどの時もおかず

歌を返した。


「秋風に草木の露を払わせて君が越ゆれば関守も無し」


「おお、見事な本歌取りじゃ、さすがだな源太」


ー 御所様は余裕綽々だな


頼朝の身近に控えていた義時は思った。


ー 伊豆での挙兵、目代、山木兼隆の館の襲撃。石橋山の合戦。富士川の合戦。常陸の佐竹攻め。

御所様が陣頭に立たれたのはそこまで。あとは弟の蒲殿、九郎殿に大将を任せ、おん自らは鎌倉を動こうとはなされなかった。


ー が、この奥州征伐。御所様はあたかも物見遊山でもあるかのように楽しげだ。

さもあらん。負ける要素などどこにもない。もし奥州に九郎殿在りせば、いつどこでどの様にいくさを仕掛けてこられるか、ゆめゆめ油断することなく、行軍は緊張を強いられたであろう。

しかし、今の奥州がいくさの常道を外した策を施すことはよもあるまい。


八月七日、大手軍は抵抗を受けることもなく伊達郡国見駅に到着した。


行く手には、国衡が阿武隈川の水を引き入れた長大な堀が広がり、さらに三重に築かれた防塁が行く手を遮っていた。


「ほほう、なかなかに大掛かりな仕掛けを施したものじゃな。

小四郎、伝令を発し諸将を呼びよせよ。軍議を開く」


「はっ」



「重忠、あの堀をなんと見る」


「阿武隈川の水を引き入れましたな。壮観ではあります。しかし如何せんさほどの時をかけたわけでもない急拵え。要所を埋め戻せばただちに水は引き、堀はその効力を失いましょう」


「なるほどな。埋め戻すのに何日かかる」


「半日あれば」


「なに、半日じゃと」


「は、奥州勢は何らかの仕掛けを施すであろうということは予測できましたので、かくもあらんと、熟練の人夫を八十人、わが陣に用意しております」


「おお、さすがじゃ、重忠。では半日でというのであれば、今夜はどうじゃ。夜の内に堀を埋め戻す。さすれば、朝になって干上がった堀を見た奥州勢は動転しようぞ」


「おう、さすがは御所様。が、それはいささか難しいかと」


「ふむ」


「奥州勢は、防塁の向こうに陣を張っております。熟練の人夫どもゆえ、あの陣に気づかれることなく、夜陰に紛れて静かに作業をすすめることは可能かと。

が、今見やるに防塁の前、堀の傍らにも、二十、三十の物見の兵がおりまする。それは夜も同じでございましょう。

作業を始めれば、さすがにそれらの兵は物音に気づき作業はままならず、また防塁の向こうの敵本軍も討って出てまいりましょう」


「では、夜陰に紛れてこちらから兵を出し、先ずはその物見の兵を亡き者にすれば」


「可能でございましょう。が、さほど多くの人数を出すわけにはまいりますまい。少数にてそれをやるとなれば、かなり危険な任務かと。

分かり申した、御所様。それがしが、それを成しましょうぞ」


「いや、お主には、人夫らの作業を指揮してもらわねばならぬ。誰ぞ」


「御所様。その任務、ぜひそれがしにお任せあれ」


帷幕におれと命じられ、功名に逸る葛西三郎清重だった。


「それがしにも」


「それがしも」


宿老、三浦義澄の嫡男、義村。工藤行光ら。

名乗りを挙げたのは、葛西清重を含めて七名だった。


いずれも頼朝が目をかけ、将来を嘱望している若き武者たち。


ー いや、そなたたちを、そのような死地に送るわけにはいかぬ


 特に葛西清重は、頼朝にとって特別なお気に入りであり、いくさ全体を総覧し判断できる男とみなし、我が帷幕においた人物。


却下しようとした頼朝の脳裏に、ひとりの女人の面影がよぎった。

 葛西清重が特別なお気に入りとなった、その大きな理由。

 葛西清重の妻、能子(よしこ)の面影だった。



登場人物に、出典のない名前を作者か勝手に作るのは、これまで謹んできました。


が、葛西清重の妻を、これから

「畠山重能の娘」というネーミングで、書き継いでいくのは、なかなか難しそうなので、出典は何もありませんが、能子(よしこ)と、名付けさせていただきます。

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