15 北条の立場
政子の話は続く。
「小四郎は、父上とは会っているのか」
「いえ、ここしばらくは。が、明日は父上の館を訪ねようと思います。奥州征伐も間もなく全軍出立の日を迎えます。色々と詰めておかねばならぬ議もございますゆえ」
「ふむ、久しぶりの合戦よのお。気はもめるが、殿の伊豆でのお旗上げのあと、石橋山の合戦で敗れたとの知らせを聞いた時のことを思えばな」
「さようでございますなあ」
「あの合戦では敵は三千、味方は、わずか三百であったと聞いた。よう生き延びられたものよ。それが、今は二十万を超える兵で奥州攻めじゃものなあ。今度は、兵の指揮をとるのか」
「いえ、家の子として、やはり御所様のお側で務めまする」
「では、なかなかに手柄はたてられぬな。北条は父上が率いられるのか」
「はい」
「父上は、牧の方に、政範が産まれて今はもうめろめろの猫可愛がり。
ふん、牧の方、政範と長く別れねばならんのはさぞ残念なことであろ。いい気味じゃ」
牧の方。政子とさほど年齢も変わらない時政の後妻。
その牧の方に今年、息子が産まれた。
「父は若いおなごを妻にして嬉しゅうてたまらぬかったからのお。見苦しいほどに。そのおなごに息子ができたとなれば」
……
「父上は、家督は、そなたではなく、政範に譲りたいと思うようになるやもしれぬぞ。心して臨みなされや」
老いの坂を迎えた男が、若いおなごを妻にして、その妻にほだされ、その子に家督を譲りたく思う。
歴史上、よくある話だ。
さすがに姉は見るべきところは見ている。
まあ、牧の方のことが嫌いだからというだけのことかもしれないが。
北条時政の館。
「のう小四郎、お主少しは、御所様に働きかけておるのか」
「いえ、なかなか」
「政子がいて、お主が常に御所様のお側にいる。これほどの立場にありながら、御所様は北条の所領をなかなか増やしてくださらぬ。今度の合戦にしても、我が北条が整えられる兵は、千にも満たぬ。これでは、どれほどの手柄もたてられぬ」
「正室の実家というのは、嫡男の外戚ともなりますので、権力を持ち専横に振る舞う。そういう例は歴史上、枚挙にいとまがありませぬ。御所様は史書にも通じておられるので、そのことをご存知。
ゆえに、北条家が大きな兵力を持てぬようにする。そういうご配慮があるのでございましょう」
「儂は万寿様の外祖父。我が北条は万寿様の外戚。しかし、御所様は、その万寿様を比企能員に委ねられた」
「それも、御家人の間で、過大な力を持つ家が出ないようにしようとされる御所様のご配慮かと」
ー 御所様は、伊豆の流人として少年時代からの日々を過ごされた。もともとただの一兵も譜代の臣は持っておられぬ。
この関東では稀な高貴な血筋と、元々東国に根をはっていた源氏の嫡流であることにより、この関東武士団は、権威の象徴として、我らの上に担ぎ、その命に服す。
御所様はご自分のお立場をよく分かっておられる。
だが、その有力御家人の中で、我ら北条はいかなる方策を持って抜きんでることができるのか。
「比企か。万寿様がその家中にありとなれば、一族の娘をその室として、外戚になろうとするであろう。あの美女で評判の姫の前は万寿様より十歳も上だが、ありえぬ話ではない。
万寿様もお気に入りで、実家に戻ってきたときは、
「姫の前、姫の前」
と、まとわりつかれるそうな。
その姫の前か」
ー そうか、姫の前は万寿様にも好かれておるのか。
ー それほどのおなごを儂は妻にと望んでおるのか。
その姫の前は、儂のことは何とも思っておらぬようだ。
義時はため息をついた。
「まあ、姫の前は、政子が騒いでおる。殿のお手つきのようだし、さすがにそれはないか。
さすれば、能員は自分の娘を万寿様の妻にしようとするかな」
比企は、我が北条の前に立ちはだかることになるか。
が、姫の前はその比企一族の娘なのだ。
時政の後妻、牧の方が、産まれたばかりの政範を、胸に抱いて居室に入り、義時に挨拶する。
若いな、と義時は思う。
そして乳飲み子の政範。
ー この赤ん坊が、儂にとって代わろうとする日がくるのであろうか。
政範の幼名が分からなかったので、ありえない話しですが、元服後の名前で記しております。




