プロローグ 魔王の目覚め
何書けばいいのか分かりません。
過去に執筆した旧シジル戦記を、設定や展開、伏線を大きく変更してお送り致します。
また夢を見た。きっと今日の寝起きは最悪だろう。
エストルは国の大通りに立っていた。普通なら馬車に轢かれて重傷を負うことを心配するだろう。
だがここは現実ではない。しかし、そうであることを拒みたい感情が身体の中に渦巻いており、無意識的に苦い気分になる。
賑やかな声の絶えない国民たちの姿はない。活気などまるで存在しない。
見慣れた美しい街並みは、その姿を大きく変え、彼を弄ぶ。
ベージュ色が基調となっていた壁は、血のような赤黒い色彩へ変貌している。絵具に塗れたというより、水に溶いた塗料をぶちまけたかのよう。
本来ならば青く輝く川。それもまた血のような液体がながれている。若しくは、これは液体の色ではなく、似た色をした空を映しているのかもしれない。
ある意味では見慣れた街並みを横目に、エストルは街道を歩く。その先にあるものと関わるか、壁に頭を叩きつけて頭蓋を砕く以外に、この夢から覚める方法は無い。
目的のものが見える。
それは女の姿をしている。こちらに背を向けたそれの金色の長い髪が、風に煽られるような動きで揺蕩う。
だがあれは普通の女ではない。頭頂部に毛で覆われた、獣のような耳を生やしている。腰にも、同じような毛で覆われた尾が伸びている。
所謂【獣人】という種族である。ヒトでありながら獣と似た部位を持つ、この世界ーー現実の世界における特有の種族である。
なぜそんなものが夢の中に現れるのか。そもそもこの女は誰なのか。エストルは知らなかった。否、思い出せないという表現が適切だろうか。
女はこちらに気付くと、一瞬微笑むが、間もなく困ったような顔をする。そしてそのまま、こちらへ近づいてくる。
正直見飽きた。少しは変わった反応を見せてくれてもいいと思うのだが。
女は立ち止まり、何かを語りかけてくる。注意しなければよく聞こえないが、とても愛らしい声をしている。
「どうして……を見つけたの? ……なくていい、貴方には……」
大事な部分は聞こえない。これでも、最初に見たときよりは聞き取れている。
エストルは「君は誰だ」と声をかけてみるが、向こうからの応答は無い。変わらず困り顔を向けてくるのみだ。
またか、と諦めの気分になったエストルへ、女は腕を伸ばしてくる。細い腕を彼の首へ近づける。
そのまま小さな手で、
彼の首を絞めた。
女の細い腕からは想像もできない力で気道を圧迫される。肺が悲鳴をあげ、堪らず自分の手で女の腕をどかそうとする。
だが、女に触れようとした途端、エストルの腕は溶けた。比喩でもなんでもなく、本当に液体と化した。それが地面とぶつかり、粘り気のある音をたてる。どうやら、彼の腕は血のような液体になったようだ。
抵抗できない。
そのまま意識が薄れーー
ーー現実の世界へ戻る。
汗で枕や布団、寝間着が湿っている。予想通りの最悪な目覚めとなった。
あの女から首を絞められるのは初めてではない。むしろ何度見たところで、あの息苦しさに慣れることはできそうもない。
「また悪夢でも見たのですか?」
不意に声をかけられ、反射的に声の出どころを見てしまう。それは見慣れた顔をしており、エストルは安堵した。
「あぁ……イスカか。まただよ。流石にもう見飽きたね」
イスカはエストルの側近だ。丈の長いメイド服を華麗に着こなし、特徴的な水色の髪を編み込み、落ち着きのある姿はクールな印象を与える。
「お気の毒ですが、二度寝は許されません。朝食の用意ができています。机の上に置いておきましたので、少しは食べてください」
横目に事務用の机を見ると、銀色に光る盆に、二切れのパンと少しのスープがのっているようだった。悪夢を見た日の朝は、いつもこのような質素な食事となっている。
「……ってちょっと待って。君は何時からここにいたの? しかもこのメニュー、私が悪い夢見てたって知ってたの?」
「今から一時間ほど前からですね。その時は既に汚らしい汗で濡れていましたので、急遽この朝食を用意致しました」
恐ろしい。メイドさんとはこのぐらいの奉仕が基本なのだろうか。
「……本当、君ってすごいよね」
エストルはハハハと笑いながら呟く。
ようやくベッドから降り、現実世界に戻ってきたことを実感する。
そのままの脚で自室のテラスへ向かう。落下防止の柵に手をかけ、自分の国を眺める。快晴の空に照らされて、とても美しい景色だった。あの悪夢とは雲泥の差だ。
朝の空気を目一杯吸い込み、大きく吐き出す。
「さてと……勇者たちの様子は?」
「大事はありません。一週間後に、ここへ訪れることは確定しています」
勇者。それは世界を救う者と言われる。
人間たちの間では英雄として扱われているらしい。彼らは非常に強く、賢く、慈悲深い。何より、その誠実さ故に多くの国民から慕われている。
今のところは、という話であるが。
「そうか。もてなしの準備をしておこう、どうせまた殺し合いになるんだしね」
気乗りなどするはずもない。戦わずに済むならそれが一番であるのは常識だ。だがそれは綺麗事などではない。
エストルにとって、戦争は起こしたくない。誰だってそうだろうが、彼の理由は違う。自分の目的において、余りにも不都合が多すぎる。
勇者への対応、国の和平、悪夢に現れる女……目的が多い為に、可能な限り近道をする必要がある。
「……全く、これだから魔王ってもんは嫌なんだよ」
エストルはつい愚痴を零す。後ろに側近がいることすら、一瞬忘れてしまった。
「あっと、イスカに言い忘れたことがあったよ」
エストルはイスカの方へ向き、言葉を伝えようとする。
彼女は無言だったが、表情で疑問を示す。澄んだ目でこちらを見つめる。
エストルは浅く息を吸い込む。
「……おはよう、イスカ」
側近は軽く吹き出し、そのままの笑顔で応える。
「おはようございます。エストル様」
何書けばいいのか分かりません。
旧作をご存知の方であれば、「なんかすごい変わったね」と思われるでしょう。私もそう思う。
今までの作品の概念は捨てた方がいいかと思われますが、ご自由に。
何書けばいいのか分からないのでこの辺にしときます。