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勇者の衝動 少年の事情 3

ラインハトは心を落ち着ける為、コーヒーミルを挽いている。

リビングではソファーで親子三人がくつろい・・・ではなそうだなと、キッチンから玲音の顔を見て思う。


「おい、いい加減に離れろよ」

玲音は顔をしかめながら、スマホに視線を落としたまま横に座る父親に言う。


ダイニングと同じくソファーでも、玲音の隣に座わると、

組んだ指先に顎を乗せ、ニコニコと息子を眺めるレオディアス。

助けを求めるように向かいの母親へと視線を向けるが、

エデルトルートは二人が並ぶ姿を満たされたような表情で眺めていて、

玲音はあきらめたように大きなため息を吐いた。


「結局、何しに帰って来たんだよ。こんな時期に帰って来ることなんて普段ないだろ?」

「そんなの、愛しい息子に会う為に決まってるじゃないか!」

間髪いれずに返ってきた答えに、胡散臭げな表情を向ける息子。


それを面白そうに眺めたレオディアスは、

「いや、半分は本当なんだけど。 


──あ、メルヒオール」

笑いながら言った後、後ろを横切った男に声を掛けた。


洗濯かごを抱えたメルヒオールは自分を呼ぶ声に足を止め、

「向こうから何か連絡来てなかった?」

振り返り尋ねるレオディアスに少し眉を寄せると、


「今その最中なので、連絡はないですが?」

そう答えたメルヒオールに、そうか。と頷くと、レオディアスは再び姿勢を戻した。

用件は済んだとばかりに、男はかごを抱えそのまま行ってしまったが、何の話だ?と玲音は父親を見る。


玲音の視線を受けて、「そうだね、確定ではないんだけど」と、一度言葉を切ると、


「父が・・・魔王が消息不明らしいんだよね」


そう呟いたレオディアスの言葉に、

規則正しく回していたミルのリズムが狂う。


父親の言葉に驚き確かめようとした玲音より早く、

キッチンの方から声があがる。

「どういうことだ?」


ラインハルトはリビングへとやって来ると、レオディアスの横に立つ。

「今の話はどいうことなんだ?」


静かにこちらを見たレオディアスは、

「僕も正確には分からないよ。だけど、」


魔王が倒された。と噂を聞いたんだ。と



そんな馬鹿なと、ラインハルトが呟く。

魔王を倒すことが出来るのは、唯一勇者だけで、

その者が死ぬか、力を受け渡さない限り新しい勇者は生まれない。

しかもそれは直ぐに生まれる訳でもない。

それよりもだ、現在勇者であるラインハルトは今ここに生きているのだ。


確かめる為にも早く戻らなくてはとラインハルトは焦ったが、

「扉が無くなってる以上、今はどうしようもないよ?」

焦らす原因を作った男がのんびりと言う。


「それに、倒されたというなら向こうにとってはハッピーエンドなワケだろ?」


それは確かにそうなのだが、

「まぁ、しょーがないじゃん。取りあえずは様子見ないと」

同調するように玲音も言う。


倒されたかもしれない魔王は一応、二人の親であり祖父なのだが。この親子は・・・と、ラインハルトは二人を見る。

だが二人の言う通り、ラインハルトが焦ったところで、今は何も出来ない。

何となくエデルトルートを見たが、彼女は肩をすくめただけで、何も言わなかった。


結局、魔王が倒されたかもしれないという話に、一番驚き動揺したのは、家事を終えて戻ってきたメルヒオールだった。




現在、部屋に籠り使い物にならなくなっているメルヒオールに代わり、レオディアスがキッチンに立つ。

「よーし、父さん、可愛い息子の為に頑張ってお昼つくっちゃうぞ!」

張り切って上げられた声に、


リビングで、今度は母子ゆったりとくつろぐ玲音が言う。

「マジで作れんのかよ?」

「そりゃー、愛するエデルの為に良く作ってたからな」

卵を器用に片手で割りながら、レオディアスは妻に微笑みかける。


何か手伝おうと横に立っていたラインハルトは、そう言えばと、

「闇の・・、あの方は実体なのですね?」

「ん? ああ、そうか。君は光の精霊の愛し子か。

──あ、ちょっとバター出してくれる?」


頼まれたバターを冷蔵庫から取り出し渡す。

ありがとう。と、レオディアスがそれをフライパンで融かすと、辺りに良い香りが漂った。


「エデルはこちらに来る時に精霊を止めたからね。だから、厳密にはもう精霊ではないよ」

まぁ、人でもないけど。と卵の入ったボウルをかき混ぜながら言う。

それは──?と、尋ねようとしたしたラインハルトに、

「さて、今からはスピード勝負だから、ちょっと会話は無理かな」


後で本人に聞いてみて。と、レオディアスは答えると、フライパンへと視線を落とした。

ラインハルトは今は質問することは諦めて食器の準備をすることにした。



正直、レオディアスが作ったオムレツは非常に美味しかった。

玲音もあっという間に完食したので美味しかったのだろう。ただ、横でニコニコと自分を見つめる男の手前、始終不満げな顔ではあったが。


食事を終えると、玲音は閉じこもったままのメルヒオールの様子を見に行き、

ラインハルトは食べ終えた食器をまとめ、流し台へと運ぼうと立ち上がるが、レオディアスがそれ取り上げる。

「エデルに聞きたいことがあるのだろ?」

僕がやっておくよ。と、食器を抱え流し台へと立った。


話を振られたエデルトルートは、

「そう言えばそうだったね。どうぞ、何でも聞いてくれ」と、


改めてそう言われると、何を聞けばいいか困って黙ってしまったラインハルトに、

「君はあれだね、なんだか、エデルガルトの気配がとても強いね」

目を細めたエデルトルートが静かに言う。


女神の気配とはどういう意味だろうと、視線を上げたラインハルト。

エデルトルートは微かに笑みを作ると、

「──うん、まぁいいだろう。君が聞きたいのは私がここに居ることについで良いかな?」

切り替えるように尋ねる。


先ほどの言葉も気になるが、聞きたかった話の流れにラインハルトは頷く。

エデルトルートは、レオディアスも言ったと思うけど──、と、続けて、

「私はもう精霊ではない。彼と共に居たいが為に受肉にて、精霊であることを止めたんだよ。

だからエデルガルトと袂を分かちここにいる」


そんなことで精霊であることを止めたのかと、少し呆れた顔をしたのがわかったのか、エデルトルートは苦笑すると、

「精霊は強く美しいものが好きだからね。容姿だけでなく。


──だけど、醜いモノには嫌悪しかない」

低く声を落としてそう言った。


「教会は私を封印したので、もう向こうでは闇の魔法は使えないのだろう?」

静かなエデルトルートの問いに、

「そうです。賢者エルヴィラ以降はもう誰も・・・。でも、封印とは?」


教会は禁止はしたが、封印とはどういうことだろう?と、ラインハルトは尋ねたが、

エデルトルートは、懐かしそうに「エルヴィラか・・・」と名を呟いただけで答えを返そうとはしなかった。


俯いてしばらく黙っていたエデルトルートが顔を上げる。

少年とも少女とも取れるその顔立ち。

レオディアスは玲音の父親としておかしくない年齢に見えるが、エデルトルートは玲音の姉と言われても頷ける。


精霊ではなくなったとは言え、やはり人ではない為、歳を刻まないだろう姿。

色彩は違うがラインハルトが知っている姿と重なる。

「エディシアスも会いたがってると思いますよ」


自分を守護する光の精霊、その名を出せば、

「いや、多分すごく怒られるだろう」と、対であった元闇の精霊は笑った。


エデルトルートは線の細いどちらかと言うと女性寄りな感じなのだが、光の精霊のエディシアスはもう少し男性的で、

──そう言えばと、


「玲音も性別がないんですね? 精霊ではないのに?」

ふと尋ねたラインハルトに、

「ああ、あの子の場合はまだ未分化の状態なだけで、人として二次性徴が終わる頃にはどちらかになってるだろう」


エデルトルートはそう言うと、何故か笑みを作り、

「そして、それを決めるのはあの子の心次第で、今は少年の気持ちが強いみたいだけど・・・、」

一旦、言葉を切った後、身を乗り出してラインハルトの肩を叩く。


「まだ君にもチャンスはあるから、頑張ればいいさ」


その言葉に、「──え?」と、呟くと、

「・・・・・え?」と、

同じように呟く声が横から聞こえる。


横に立つのは片付けを終えたレオディアス。

彼は魔王譲りの美貌ににこやかな笑みを刻みながら、

「今の話の流れはどう解釈したらいいんだろうか?」と、

ラインハルトに尋ねる。


「え!?」

自分は何も言っていないのに?と、エデルトルートを見るが、やはり彼女は肩をすくめるだけで、


「ん? どういうことだ?」

笑顔なのに黒い背景を背負ったように迫ってくるレオディアスに、

ラインハルトは、「あはは、どうなんでしょうか?」と、

誤魔化すように笑うしかなかった。

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