勇者の衝動 少年の事情 2
「いやっ──・・・でも、そのっ! ・・・そんなこと・・・、」
「うん、ちょっと落ち着こうか?」
驚きで収拾がつかなくなっているラインハルトに玲音が言う。
でも、落着けと言われても土台無理な話で、
「いやいやいや、闇の精霊って・・・どういうこと!?」
「どういうことと言われても・・・」
なぁ?と、横に座るメルヒオールと顔を向き合わせる玲音。
「現在、玲音様に性別がないのはそういうことだ」
色んなことをすっ飛ばしてメルヒオールが話を完結させたが、
いや、そういうことではないのだが?と、
ラインハルトは心の中でツッコミを入れる。
確かに基本精霊には性別はない。
その血を受け継いでいるのなら、性別がないのは分かるのだけど、
では何故、性別のない精霊に子供がいるのか?と、
それも問いたいところなのだが。
それよりも何故──、
女神エデルガルトの卷属である、闇の精霊エデルトルートが、
この世界で、しかも魔王の息子である男と一緒にいるというのか?
火、水、風、土、聖、光、そして闇。
それらを宿す精霊達は皆、エデルガルトより生まれ、リテニアにおける魔法は、その精霊の力を借りることによってもたらされるもの。
闇の精霊エデルトルート、その宿す力から魔族と同じ黒い色彩を纏う為、誰からも敬遠されてしまった精霊。
でもそう言えば、勇者ラウルのパートナーであった賢者エルヴィラは、闇の魔法を得意としていたはずだったな。と、思考が脱線したラインハルトに、
「詳しく知りたいなら本人に聞いてみたら? 明日一度戻ってくるらしいから」と、玲音が言う。
「──え? 誰が?」
急に振られた話に、ラインハルトが聞き返せば、
「親父と母さん、今日SNSで連絡来てた」
そう答える玲音。
ラインハルトはそれを聞いて、狼狽える。
「えっ・・・そんなっ! 俺、どうすればいい?」
「どうすればいいって・・・、普通にしてたらいいんじゃない?」
「いや、でもっ──」
そう言うわけにはいかないんじゃないか?
基本自分は敵対する立場にいるんだから。と、
色々言いたい気持ちのラインハルトだったが、玲音は、
「あんたのことは、もう連絡してるから大丈夫だって。
それより腹へった、メル飯にしよ」
そう話を切り上げ、玲音の言葉にメルヒオールはキッチンへと立った。
ソファーに残ったラインハルトと玲音。
テーブルの上に置いてあったタブレットを引き寄せ、画面を操作し始めた玲音は、思い出したようにこちらに顔を上げると、
「あ、そうそう。うちの親父ちょっと面倒くさいけど、ライに害はないと思うから」
気にしないで。と深いため息と共に言う。
そんなことを言われると余計気になってしまうのだが、玲音はそれ以上何も言う気はないのか、またタブレットへと視線を落とした。
ラインハルトは諦めて小さく息をつくと、忙しそうなメルヒオールがいるキッチンへと向かった。
玲音に言われたように考えても仕方がないと、昨晩はぐっすり眠った翌日。
「おい、味噌汁は沸騰さすなよ」
メルヒオールに注意を受けながらキッチンに立つラインハルト。
なんやかんや言えども、結局のところ面倒見がいいのだろうこの男は、家事を手伝うと言ったラインハルトに嫌な顔をしつつも律儀に要点を説明する。
味噌汁は向こうにはない料理だが、これを飲むと何故かホッとした気分になりラインハルトは気に入っているのだ。
今日は筍とワカメの味噌汁。それを器に入れテーブルに並べたとこで、半パンTシャツの玲音が起きてきて、おはよー。とテーブルに着いた。
「おはよう、玲音」と、寝ぼけ顔の玲音の前に、急須から注いだ熱いお茶を置くと、
「ところで、ご両親はいつ来るんだ?」
尋ねたラインハルトに、置かれたお茶を両手で握りこんだまま、まだ寝ぼけているのか半分目を閉じた状態で、うー。と唸った玲音。
グリルから焼けた魚を皿へと取り出していたメルヒオールが、そんな玲音の代わりに答える。
「いつもと同じであれば、もうそろそろ来ると思うぞ?」
男の言葉に、え?っと聞き返す間も無く、玄関の方で音がすると、
バタバタと大きな足音と共に、メルヒオールと変わらないくらいの長身の、体格の良い男が入って来た。
男はダイニングテーブルに着いている玲音を見ると、カバっと背後から抱きつき、
「玲音~、会いたかったぞー。寂しくなかったか? んー?」
玲音の頭に頬をグリグリと押し付けて言う。
先ほどまで閉じたような状態だった玲音の瞳は、一瞬で見開かれた後、
眉間にシワを寄せ、違う意味で半眼になると、低い声で言う。
「おい、親父。さっさと離せ」
まぁ、そうだろうことは分かっていたが、玲音に親父と呼ばれた男は冷たい声にもひとつもめげず、
「玲音ってば、相変わらす照れ屋なんだからー。そして変わらずちっさいな」と、腕の中にすっぽりと囲い込み言う。
この前から思っていたが、身長のことは彼には禁句なのかプルプルと震えた玲音は、
「俺はこれでも年齢的には平均身長なんだ! お前らの図体がデカイだけで!」
囲っていた腕を払い除けると、ふんっと鼻息荒く席に座り直す。
「大体、日本人の規格に合わせた作りの家に規格外が三人もいればうっとしーっての!」
「え、オレメンバーに入ってるの・・・?」
とばっちりを受けた感じでラインハルトがそう言えば、
「──はっ! 俺より充分デカイじゃん?」
半眼のまま玲音が言う。
「玲音、大丈夫だよ。玲音がちょっとくらい小さくても、可愛いから大丈夫!」
親指を立て、にっこり笑う男。
それは慰めなんだろうか? とラインハルトは悩む。
そんな言葉を口にする父親に、玲音は、
「玲音、玲音呼ぶな!」
キラキラネームつけやがって。と舌打ちをすると、
最後に、部屋へと入って来た人物が、
「なんだ、玲音は自分の名前嫌だったのか・・・?」と、
少し悲しそうに静かに尋ねた。
最後に入ってきた人物、長い黒髪の玲音と同じく中性的な顔立ちの女性。
「──いや、そんなことないよ、母さんっ」
玲音は慌てて訂正すると、立ち上がり女性の元へと向かい、
「おかえり、母さん」と、笑顔で、母さんと呼んだ女性と再会のハグをかわした。
先ほどの父親に対する態度とは真逆のような仕草の玲音を、ふーん。と、眺めていたラインハルトは女性と目が合う。
こちらを見た女性は一度ふっと笑うと、玲音から離れ、ラインハルトの方へと近づいてきた。
この女性が闇の精霊エデルトルートなのだろうか?
光の愛し子であるラインハルトは闇の力は使えない。
そうでなくても、エルヴィラ以降、教会は闇の魔法を禁止した為、
今では誰もその魔法を使うことは出来ない。
「君が勇者ラインハルトだね、私はエデルトルートだ」と、薄く笑みを浮かべ片手を差し出す。
エデルトルートだと自ら名乗った女性。ラインハルトは慌てて自分も手を差し出すと、
「ああ、すみません。ラインハルトです」
そう言い握ったエデルトルートの手のひらには、ちゃんと暖かさがある。アストラル体ではないようだ。
精霊であるはずなのにちゃんとした肉体がある?
そのことに不思議に思ったラインハルト。
それが顔に出ていたのか、エデルトルートは、
「何か聞きたいことがあるみたいだけど、それは後にしてくれ」
そう言うと、玲音の父と母への態度の違いにしょんぼりとしていた男を呼ぶ。
「レオディアス、ちゃんと挨拶したのか?」
エデルトルートの呼び声にしょんぼりしたままこちらに来た男は、ラインハルトの目の前に立つと真顔に変わりこちらを見下ろす。
魔王ヒューブレリオンを十ほど歳を重ねさせたような容姿。
よく見ると瞳は黒ではなく、濃いブルーグレーで、黙ってこちらを見下ろしている姿はやはり魔王とよく似ている。
ラインハルトはその男の視線に、落ち着かない何かを感じて気まずくなったが、男はふっと表情を緩めると、
「なるほど。勇者らしいな」
何が、なるほどなのかはわからないが、笑いながらいう男は先ほど纏っていた雰囲気とは全然違い。優しく目を細め、
「僕はレオディアス。ラウルとはもう会ったんだよね?」
そう言うと、玲音の側へと戻り隣の席に腰かける。
頷いたラインハルトに、
「何かあったら彼に聞くといいよ、同じ勇者なんだし。
まぁ、うちの子でもいいんだけどね、」
机に頬杖を付き、父親を無視してご飯を食べている玲音を嬉しそうに眺めながら言う。
そして嬉しそうな笑顔のままで、「いいんだけど・・・」と言葉を切ると、
「手を出したら、殺すよ」
笑顔そのまま、こちらを見て言う。
いやいやいやいや・・・、ちょっと待って。
どうしてそーなる?
横で味噌汁を飲んでいた玲音もむせながら、
「おい!コラ、親父!!」と、怒った顔でレオディアスに詰め寄っている。
だが、そんな玲音をニコニコと眺めながら、
「うん、玲音は怒っても可愛いね」と、
平然と答えれる神経はやはり魔王譲りなのだろうか?
いや、確かに怒った玲音も可愛いが・・・・・、
・・・────ん?
何か、今、
変なこと思った気がする・・・ような?
あれ?っと、複雑な顔で黙りこんだラインハルトに、
「親父の言ったことは気にすんなよ」と、
玲音がむすっとした表情のまま、こちらを見て言う。
その顔に、やっぱり何故か顔が赤くなり視線を泳がせてしまうラインハルト。
・・・いやいや、待って。
玲音は男性じゃないといっても、性別が無いわけで、女性でもないんだけど?
泳がせた視線の先では、魔王と似た顔立ちの親子が不審な顔でこちらを見ている。
もしかして俺ってこの顔に弱いのか・・・?
ラインハルトは自分の胸に沸き起こった感情の片鱗に、戸惑ったように眉をしかめた。




