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それは茶色の魔力 2

その勇者の名前はラウルといった。

ラインハルト以外で唯一、魔王ヒューブレリオンと相見まえた男。

そして、彼には志を共にする仲間がいたはずだ、

賢者エルヴィラ、白い髪をもつ美しい女性。


「エルヴィラはもういないよ、何せ40年以上も前のことだしね」

コーヒーミルの手入れをしながら、かつて勇者ラウルと呼ばれていた初老の男が静かに話す。


ラインハルトは3杯目の珈琲に口をつけながら、

「ラウルさんは、ヒューブレリオンに殺されたのだと、俺は教えられました」

それが、生きていること、ましてやこっちの世界にいることがラインハルトには不思議で、「何故、こちらに?」と、尋ねれば、


「ヒューブレリオンと取引をしたんだよ」

ラインハルトの横に座る玲音に、一度目を向けた後、微かに笑みを浮かべて言った。

「じいちゃん?」

玲音はラウルの口から出た名前に、カップに落としていた目を上げる。


ラインハルトと玲音、不審げな二人の瞳を受けたラウルは、でもそれ以上は何も言わず、

話を逸らすように、

「で、何が聞きたいことがあったんじゃないのかい?」

逆に聞かれた玲音が、そうだった!と。


「ライってさー、5日前に来たんだよ。でも何だか普通に馴染んでてさ。マスターはどうだったんだろうって?」

「5日・・・? それは、凄いですね」

ラウルは驚いた後、感心すると、

「僕はこの世界に馴染むのに3ヶ月ほど掛かりましたよ」

彼には大分迷惑を掛けました。と、苦笑いで言い、また定位置へと戻ったメルヒオールを見た。


その視線を受け憮然とした表情のメルヒオールは、

「お前の理解力が無さすぎたんだ」

そう呆れた声で言った言葉に、カウンター内でエプロンをつけたカミラが反応する。

「あんたの教え方が悪いだけでしょ! マスターのせいじゃないわ!」


何かと噛み付き合う二人に、ラインハルトが少年を見れば、

ラインハルトの視線の意味を理解したのか、

「カミラの上司っていうか、じいちゃんの側近と、メルが仲良くないから? て、言うよりみんなそんなに仲良くないけどね」

ミルクと砂糖が絶妙にブレンドされた、ラウル特製の玲音の為のカフェオレを飲み干して言う。

「それと、カミラはマスターが好きだから」


ニヤッと、空になったカップを持ち、そう言った少年に、

「玲音様!」と、少し顔を赤らめた美女が声を上げ、当のラウルと言えば穏やかな笑みを浮かべそれを見ている。


元とは言え、勇者だった男と魔族達の間に漂う雰囲気はとても自然で、ラインハルトは複雑な気持ちになる。


魔族は悪だと、倒すべき存在だと、そう教えられた。

勇者である自分はその為に生まれたのだと。

敵として出会った魔族達は、自分達パーティに非情であった、ただそれだけ。

しかしそれを外れた、この世界で会った魔族は皆、表情も感情も豊かで、どう表現していいか分からない思いに、ラインハルトはラウルを見る。

穏やかに笑っている、この元勇者である男はどう思っているのだろう?


ラインハルトの視線に気づいたのか、ラウルがふっとこちらを見る。

複雑な表現を浮かべたままの現勇者の姿に、少し目を細め口を開こうとしたが、結局は何も言わず、

手入れをしていた手を止めると、棚においてある白い皿を取り出して、

「これは琥珀糖と言って、君が今飲んでいる珈琲にも合うと思うよ」

キラキラとした小さい塊が乗った白い皿をラインハルトの目の前に置くと、優しく微笑んだ。


「うわっ、出た、マスターの必殺。あたしもヤられたわー」

「顔だけで言えばメルが一番なんだけどな、マスターには負けるんだよな」

うん、うん。と、頷きあうカミラと玲音に、ラウルはゴホンと咳をつくと、

「しかし、5日とは・・・?」

少し不思議そうに言う。


「恩恵なのだろ? 勇者特有の?」

端の席からメルヒオールが声を掛ける。


「恩恵? それはこの世界では通用しないだろう? 女神がいないのだから」

そう答えたラウル。

ラインハルト達の世界の神、それは全てを司る女神エデルガルト。

しかしそれはリテニアにおいての。

この世界にはエデルガルトの力は及ばないはずだ。来たその日にラインハルトも試してみたのだから。

「じゃあ、どういうことなんだ?」

更に問いかけてきた男に、ラウルも答えられずに黙る。


ラインハルトは自分の事についての話が、なぜか難しいことになってしまったように感じて申し訳なく思うと、玲音もそう感じたのか、

「そこまで難しくなんなくても」と、ラインハルトの目の前の皿から琥珀糖を一粒取ると口に放り込む。

「じゃあさー、聞いて無かったけど、ライはどういう状況でこっちに着たのさ?」

そこで何かあったとか? 

口の中の琥珀糖のほんのりとした甘さに、玲音は目を細めて聞く。


問われたラインハルトがこちらに来た経緯を話せば、

ラインハルト以外の全員が複雑な表現となった。

「え? どういうこと? ちょっとよく分からないんだけど・・・」

そう玲音が言えば、メルヒオールも不可解な顔をする。

「魔王様の扉に文字なんて刻まれてましたっけ?」カミラは問いかけ、

ラウルは「驚異なる叡知・・・」と呟き黙る。


「そもそも、うちのとこと繋がってた扉は城の入り口の広間にあって、そんな扉じゃなかったんだけど?」


魔王ヒューブレリオンが納める地、それは北の彼方にあって、城砦都市シュバルツブルクと呼ばれる。

ヴァイスフリューゲル城とは対象的な、雪と針葉樹林に囲まれた極寒の地、そこに建つ黒き城。

ラインハルトがたどり着い扉は、その最上階であったはずだ。

「いや、俺が居たのはもっと先の・・・、」


その扉にたどり着くまでに、仲間達は傷付き倒れ、だがそれ以上の魔族を自分は倒し続けた。

そこに後悔はない、後悔はないはずだが、ためらうように言葉を止めたラインハルトに、ラウルが肩を叩く。



そんな勇者と元勇者二人を見つめ、三人集まった魔族達は、

「どういうことだろ? こっちに送ったのはじいちゃんてこと?」

玲音が呟く。基本あの扉は魔王か、こちらからなら、結構な魔力を持った者しか開けられない。


「そういうことなら、ヤツが順応早いのも何となく理解出来ますけど・・・」

「魔王様が勇者を? 何故?、あり得ないわ!」

「だが、ラウルをこちらに招いたのも魔王様だぞ?」

「ぐっ・・・、でもマスターは慣れるまで時間が掛かったって言ったじゃない!」

更に謎を呼んでしまった現状に玲音がため息をつく。

ラインハルトとラウルは何か話をしているようだ。何故か目を輝かせてる現役勇者の姿が見える。


「どっちにしても、連絡が来ないとことには何にも出来ないし。現状別に困ってないからまぁいいかー」

玲音がそう言えば、

「一緒に暮らしている俺は不満一杯です」

メルヒオールが答える。

そんなメルヒオールにざまあみろという顔を向けたカミラ。

そして、ラウルと話を交わしていたラインハルトはキラキラした目のままこちらを向き、

「玲音、俺しばらくここに通うよ! 珈琲のこと教えてくれるんだって!」


嬉しそうに話した勇者に、カミラが凄く嫌そうな顔をし、メルヒオールはほくそ笑んだ。

だけど、そんな対象的な表情をした魔族二人は、

「「玲音様でしょーが!」だろーが」

息ぴったしに、声を揃えて言った。





いつでも好きな時に来ればいいと、店のマスターであるラウルが言っていた。

ベージュのカフェエプロンを身に着けたラインハルトは蔦で覆われた壁に向かって、ハサミを持って何かを発掘している。


格闘の末、出て来たのはこの店の看板である銅板で出来たプレート。

刻まれているのは、日本の文字ではなくアルファベットと呼ばれる文字で、『Elvira.』

読みはエルヴィラだと言う。

満足げにそれを眺めた後、箒を持って格闘の末の残骸を片付けていると、背後から声が掛かった。


「お店、空いてますかー?」

小さな冊子、ガイドブックだろうか? それを持って訪ねてきた若い女性二人。

「ええ、空いてますよ? 珈琲好きなんですか?」

珈琲しか無いようなこの店にわざわざ訪ねて来るので、何となく聞き返してみれば、そうだ。と頷く二人。

同士を見つけたと嬉しくなったラインハルトは、

「俺も好きなんですよ」

玲音に何か言われてたような気がするが、すっかり忘れ、飛びっきりの笑顔でそう言うと、扉を開けて客を中に招き入れる。


中には、カウンター内に、渋いが優しい雰囲気を纏った初老のマスターと、

モデルか女優としか思えないほど美人のウェイトレス。

カウンター席では、こちらを振り返った少女とも見紛う中性的な顔立ちの美少年。

そして店の一番奥のテーブルに、入り口からは少し見えにくいが、驚くほど容姿の整った男が座っていて、


転がるように中に足を踏み入れて、直ぐに固まったように止まった二人にラインハルトが声を掛ける。

「好きな席に座ってもらったらいいから」

それでも二人は固まったままで、

「え・・・・・、何ここ・・・?」

そう呆然と呟くだけだった。



その後、SNSにて、

『ちょーまじ、ヤバい。尊すぎるー』

『あそこだけで話が作れそう』

『あんたどっち派よ?』

『私、ウェイトレスやりたい・・・』

『いや、無理でしょ』

『じゃあ、俺ウェイターで』


等と盛り上がりを見せたのだが、

増える好奇心丸出しな客達に嫌気が差した魔族二人に寄って何か操作されたのか?

直ぐに純粋に珈琲を楽しむ人々しか来なくなった。まぁ要するに常連客だけに戻ったわけで。

顔見知りの客に話しかけ珈琲をテーブルへと届けると、ラインハルトはカウンターへと戻ってくる。


ラウルが差し出してくれたカップを受け取り、カウンター席にいる玲音の横に同じように腰掛けると、良い香りを漂わすカップを持ち上げる。

中には言わずと知れた茶色い液体。それを満足げに眺め、カップを口へと近づけるラインハルトに、

横に座る玲音が言う。


「ホント、好きだよなー」

呆れたような声、そして続けて、

「まぁ、何でもいいけど、そーゆー顔は気を付けろって」

言ったよなーと、ため息をつく玲音。


今は自分の顔など見れないのだから仕方ない。

玲音はああ言うが、この茶色い液体を前にしては口元が綻びるのはどうしようもないことで、

「善処するよ」

ラインハルトはそれだけ言うと話しを止め、珈琲だけに集中することを決めた。

この茶色い、魔力を持つ液体には逆らえないのだから。



実はコーヒー飲めません。

なので彼の気持ちはわかりません。(笑顔)

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