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それは茶色の魔力 1

流石にこの世界に5日もいれば、色々なことにも慣れてきて大抵のことでは動じなくなった。そのまま受け入れてしまえばいいだけで。

「順応早くね?」

いつものようにリビングのソファでタブレットを片手に、朝食代わりの経口ゼリーを加えた玲音が言う。


「そうなんだろうか?」

ラインハルトはそう言うとポットのスイッチを押し、棚からフィルターを出す。

キッチンに立つラインハルトの目の前には、もう自分の存在は無視することを決めたのか、気にするようすも無くなったメルヒオールがいて、

「玲音様、ちゃんと朝食を食べないと大きくなれないですよ!」

焼いた食パンにバターを塗りながら言う。もちろん、ピンクのエプロン姿で。


「何かお前が言うとムカつく。後、名前呼ぶな」

「俺の身長を抜いたら呼びませんよ」

そんな会話を繰り広げながらも、男の言葉に素直に従いダイニングのテーブルについた玲音は、キッチンに立つラインハルトに目を向けると、

「さっきから、何してんのそれ?」

不思議そうに尋ねた。


沸いたお湯を注ぎ口の細いポットに移し、何度かに分けてドリッパーに注いでいたラインハルトは、

「ペーパードリップ珈琲を作ってるんだ」と。

その言葉に、「へ?」と、更に不思議な顔をする玲音。


「前にタブレット借りただろ? あの時に調べて、キッチン探したら道具もあったから作ってる」

サーバーに落ちてくる茶色い液体を眺めながらそう言うと、

「いや、確かにマスターが来ることもあるから道具はあるだろうけど・・・やっぱり順応早くね?」

今度は目の前に座るメルヒオールへと、玲音は尋ねた。


男はこちらについての話などしたくないのか憮然とした表情を浮かべ、

「勇者補正ってやつでしょ」と、どうでもいいように答えると、

「何だよ、それ?」

それでは分からないと玲音が不満そうに言い、今は抽出を待ってるだけの当の勇者本人であるラインハルトも初めて聞く言葉に聞き耳を立てた。


メルヒオールは、不本意だが仕方ないというように一度ため息をつくと、

「神託を与えた時に、その勇者に普通の一般人には持ち得ない色々な恩恵と加護を与えるんです。まぁ、言わばえこひいきってやつですよ」


そして、細めた目でラインハルトを見て、

「だから、こいつが人の身で在りながら我ら魔族と戦えるのも、タブレットを自在に扱えるのもそういうワケです」

ピシッと指を差しながら、えらく極端な比較を出して説明するメルヒオール。


ああ、それで窮地になると神様からの手助けが入るのかと、

ちょっと情けなく複雑な気持ちになったが、茶色い液体が溜まると共に増えてゆく香しい薫りに、ラインハルトはうっとりと口元を綻ばせる。

話しはまだ続いているようだが、既にどうでも良いと、薫りを楽しむことに決めた。


「ああ、それじゃあ、もう字も読めるようになってるのはそういうワケ?」

「じゃないですか?」

「じゃあ、マスターの時も直ぐにそうなったのか?」

「いや・・・、違いますね?」

「どうゆうことだよ」

「・・・・・さあ?」


ダイニングテーブルの方から黒い瞳が二組、不審げにこちらを見ていたが、溜まった茶色い液体をカップに注ぎ、その味を堪能しているラインハルトは全く気にも留めなかった。




午後になって世話になっている代わりにと、せっせと風呂場の掃除をしていたラインハルトに玲音が声をかける。

「ライー、ちょっと出掛けよう」


「ラインハルト」は呼ぶのに長いからと、短く二文字で呼ばれる自分の名前に不満はないが、

出掛けると言う言葉に、やはりまだ外に出ることに抵抗のあるラインハルトは渋る顔をする。 


そんなこちらの表情を見て、玲音はにやっと笑うと、

「美味しい珈琲が飲めるとこに行くんだけど?」


そう言われれば、仕方がない。

「すぐ用意する」

ラインハルトは即答えると掃除はささっと切り上げた。


直ぐ準備を整え玄関へと向かえば、少年の横には珍しくメルヒオールがいて、黒い上下に黒いニット帽でサングラスという出で立ち。

場合によっては不審者と間違えられそうな雰囲気なのだが、

サングラスで隠されてはいても整った顔はそのままなので、まるでお忍びの芸能人のようだとラインハルトは内心思った。


あるがままを受け入れたラインハルトが最近覚えたこと、それは知識を得る為にテレビを見ること。

ただ、それが主にワイドショーで。

黒ずくめの男を見て、微妙な笑みを浮かべたラインハルトに、

当のメルヒオールは何かを感じたのか、嫌そうな表情をうかべると、

「さっさと行きましょう!」と、ラインハルトから視線を反らし少年を促した。



またバスにでも乗るのかと思えば、行き先は近場のようで、歩き出した二人の後をラインハルトも着いて行く。

大きな通りをしばらく行くと路地へと曲がる、車も入れないないような細い路地。大通りからちょっと入っただけなのに、そこは両側の建物の庭木が繁りまるで森のような感じで、

二人はその建物のひとつ、古ぼけた煉瓦の、壁が蔦に覆われた建物の扉をカランコロンと鳴らし、中へと入って行く。


二人に続いて中へと入れば、建物の中は少し薄暗いが窓から差し込む光が良い雰囲気を醸し出していて、静かに流れる音楽がこれまたそれを相乗させている。

それよりも、この空間に漂う薫りにラインハルトは目を輝かせる。


ここは店舗なのだろう、カウンターの向こうにいる初老の男と玲音は挨拶をかわしていて、メルヒオールは一番奥のテーブルへと一旦、席を落ち着けたようだ。

ラインハルトは少年の側へと近づくと、初老の男を見る。灰白色の髪に栗色の瞳で、所謂日本人では無いようだ。そんなことより、

「ライ、こっちがマスターで、」と、紹介する為に口を開いた玲音を遮ると、


「美味しい珈琲下さい!」


そう声を上げたラインハルトに、呆れた顔を向ける少年。そして少年にマスターと呼ばれた男は可笑しそうに笑った。




今、ラインハルトの目の前には2杯目の茶色い液体がカップに注がれている。

「さっきのはストレートで、今度は僕がブレンドしたものです」

どうぞ。と、出されたカップを持ち上げ、その薫りを、そして風味を思う存分満喫しているラインハルト。

完全に違う世界に浸っている勇者を、席を移動してきたメルヒオールと玲音の黒い瞳が眺める。


「珈琲を教えた俺が悪いのか?」

「いえ、奴は存在すること事態が悪いです」

極端なことを言うメルヒオールにマスターは少し笑うと、

「気持ちはわかります。あちらの珈琲は飲めたものじゃないから」

あちらの、と、そう話したマスターに、「あ、やっぱりわかるの?」と玲音が言えば、

マスターは「何となくですけど」と答えた。


「でも彼、とても流暢に話してますね? 大分前に来たんですか?」

「──そう! それ!」

マスターの言葉に尋ねたかったことを思いだし、人差し指を立てた玲音の背後の扉が、カランコロンと鳴る。


「マスター、戻りましたー。

・・・あれ? 玲音様」

と、メルヒオール。そう声が掛かった。

ついでに付け足したように呼ばれた男はジロッとその声の主を睨む。買い物袋を抱え店に入って来たのは、緩やかな波打つ黒い髪と黒い瞳の美女、正真正銘の魔族である魔女。


「どうしたんですか? 二人揃って?」

睨む男は無視し、玲音に声を掛け、買ってきた荷物をカウンターに置くと、もう一人のカウンターの人影に気付く。

「あらやだ、イケメン」と、女は頬に手を添え、トリップしたままのラインハルトへと近づいたが、

こちらの気配に気付き、振り向いたラインハルトを正面で見て、

「げっ!! やだっ、最悪! 勇者じゃん!」

そう言うと、少年の側へとそそくさと戻ってきた。


「──勇者?」

女の言葉に、確認するように問いかけてきたマスターに、

やっとこっちの世界に戻ってきたラインハルトは、そうだ。と頷く。

その後を玲音が引き継ぐと、ぴっと立てたままだった指でラインハルトを指差し言う。

「カミラが言うように、現役勇者様だよ。


ってか、カミラ、邪魔!」

名を呼ばれた女は玲音を護るつもりなのか、少年を背後から抱きしめラインハルトを睨み付けていたが、少年に叱られると、しゅんと肩を落としてカウンター内へと入っていく。

それを見て鼻で笑うメルヒオールと、再びキツい目を男に向けるカミラ。

魔族同士は仲が悪いのだろうか?

そんなことを思っていたラインハルトの耳に、玲音の声が響く。


「──そして、こちらが引退した勇者様」

その声に玲音を見れば、少年の指先はマスターを差していて、

「えっーと、ライの前の前だっけ? その前か?」

なんかそんな感じ。だと話す。


ラインハルトが、驚いてマスターを見れば、

「もう随分昔のことだけどね」と言いながら、カウンター内のマスターは穏やかに笑った。



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