その果ての始まり 6
だけど結局、それは全力で阻止した。
まだ話し合いもしてない上に、魔王も戻っているかわからない状況で、自分達全員が行ってしまっては、それはもう闘いに来た的な?
「まぁ、賢明な判断だな」
ピーちゃんに連れられて、シュバルツブルク城へと来たラインハルトにメルヒオールが言う。
「魔王様もそろそろ戻られるだろう」
メルヒオールの、その言葉の直ぐ後、
玉座が置かれたこの部屋の雰囲気が一気にピンッと張り詰めた。
すぐ横で突如膝をついたメルヒオールの目の前、玉座へと続く絨毯から黒い影が上り、
壇上へ向かいながらその形を鮮明にしていく。
形取られたのは、圧倒的な美しき男。そのまま玉座へと優雅に座る。
不在であったこの城の主、魔王ヒューブレリオンの帰還。
主が場に納まったのがわかったのだろう、遠くに聞こえていた城内のざわめきが一瞬で消える。
有るべき場所に有るべきものがきちんと納まったような。
それを感じ取った力ある者達が動き出す気配を感じる。
だが、玉座に納まったヒューブレリオンはそのまま何気ない動作で指を鳴らして、
邪魔されないよう自分自身とラインハルト、メルヒオールの空間を閉じ込めた。
「・・・いいんですか? 後でうるさいですよ」
立ち上がり、そう話すメルヒオールに、
「構わない。 勇者との話が先だ」と、ヒューブレリオンはラインハルトを見た。
玉座に座る姿も、何もかもが完璧で思わず見惚れていたラインハルトは、ハッと我に返る。
そんなラインハルトを気にするようすもなく魔王は続ける。
「眠りにつく前に・・・、エデルガルドと話をした。
我が手の者がこちらから人に害を為すことはない。魔獣に付いては獣の性だ、断言することは出来ないが」
ヒューブレリオンの言葉に、メルヒオールが唖然とした表情を浮かべ口を開きかけたが、結局は何も言わず、
「必要あらば話の席を設けよう」とまで魔王は言った。
ここまでお膳立てしてもらってはラインハルトも何も言うことはない。
「あ、ありがとうございます・・・。俺・・、私の方からもその旨は伝えておきます」
展開のはやさに些か面食らいながらも答えたラインハルトの横で、
はぁ。というため息と、「・・・揉めそう」と呟くメルヒオールの声が聞こえたが、
彼らにとってヒューブレリオンの言葉は絶対だ、特に力ある魔族には。
多少・・・いや、かなり、揉めようともその言葉は遂行されるだろう。
「───で、どうするのだ?」
ラインハルトに問うヒューブレリオンの声は、ほんの気持ち程度だが、どこかからかうような口調で。
それに気付くこともなく。何が?と、聞き返すこともなくラインハルトは言う。
「向こうに俺を送って欲しい」と。
「玲音に会いにいくのか?」
その祖父という立場である男は手すりに肘を付き、少し目を細めてラインハルトを見る。
その姿は明らかに、面白がっているな。とメルヒオールは横目で見て。でもラインハルトはやはり気付かずに、そうだ。と頷く。
すると、フッと、漏れる息と共に微笑むヒューブレリオン。
思わず、ドキッとしてしまったのは仕方ないと思う。・・・うん。
「では、メルヒオール、お前も行け」と、
ヒューブレリオンはメルヒオールに言う。
唐突に言われて、
「──何故!?」と不服そうな顔を向けるメルヒオールに、
「勇者を向こうに送ったら、部屋を解放するが? お前もこの場に残るか?」
どっちでもいいぞ。という顔をする。
今は静かなこの部屋。だがその外には魔王の帰還を待ちわびていた者達が既に大勢駆けつけているはずだ。
何故か閉じられた部屋、そして、この場にメルヒオールがいることを知れば。
負けることはないが、
「ただでは済まないでしょうね・・・色々と」
渋々と頷くメルヒオール。
「決まったな。 ──では・・・、」
続けようとした言葉を一旦止めて、ヒューブレリオンはラインハルトを見た。
少し無言になった後、
「あいつが何かしたようだが・・・。まぁ、何とかなるだろう」
「───あいつ、とは?」
尋ねたラインハルトに答えることはなく。強制的に景色は暗転した。
「───!?」
また違うパターンの急な移動。
( 毎回毎回、何でこんなに唐突なんだ・・・?)
ちょっと憤りを感じるラインハルトに暗闇の中メルヒオールの声が聞こえる。
「明るい光の方へ行けばいい」
そうすれば目的地につくだろうと。
言われた声にしたがって、進んでるのかどうかもよく分からない暗闇を行く。点のような光がだんだんと大きくなっていくということは、進んでいるのだろう。
眩しさの中で手をかざし、光に慣れた目で見たそこは、
「・・・・・へ?」
玲音の部屋でもなく、あの深淵でもなく、
何の変哲もない路地裏。
(・・・は? どこだ、ここ?)
その狭い路地裏を抜けて、何となく見覚えのある大きな通りに出た。そこには、自動車が走り、黒い髪の人々が歩いている。
それを見ればちゃんとたどり着いたことはわかるが、
( 何でこんなとこに?)
ヒューブレリオンなら思ったとこに送り届けることなど容易いだろうに。しかも、メルヒオールの姿も見えない。
暫く呆然と立ち尽くしていれば、通りを歩く人がジロジロと見てくる。
あ、しまった・・・!と。
そう言えば向こうの格好のままだった。前に玲音に言われた通り、向こうでの格好ではコスプレの人と間違われてしまう。
慌てて一筋中の通りに移動したラインハルトは、そこがラウルの店の近所であると気付いた。
再び蔦に侵食されそうになっている『Elvira.』のプレート。その横の扉をラインハルトは開ける。
「いらっしゃー・・・あれ? 勇者じゃん」
愛想良く振り向いたカミラがラインハルトの姿を目に止めて、なんだぁー。という感じで笑顔を止める。
「・・・・・ラウルは?」
何となく腑に落ちないまま、マスターである男の所在を尋ねれば、本人であるラウルが奥の部屋から出て来て、
「やあ、ラインハルト。もう戻って来たのかい」と。
穏やかに微笑むラウルに、
血に染まった自分の手を見つめ悲痛な声を上げていた、あの姿を思い浮かべることはもうない。
「・・・ああ、取り敢えず」
それでも痛む心を隠してラインハルトも笑った。
常連客も居なくなった閉店時間間際の店に、ラインハルトの後にやって来た客、
「ちょっ、カミラさーん。聞いて下さいよー」と、
ツンツン頭のマサトがしょんぼりとした顔で入って来て、カウンターに座る。
そしてその2つ程隣、少し影になった場所に座っていたラインハルトにやっと気付いて。
「──げっ! 何でお前がこんなとこいんだ!?」
それはこっちのセリフだと、久しぶりの珈琲タイムを邪魔されて眉間にシワを刻んだラインハルトだったが、面倒くさかったので無視すれば、
「お前も行くんじゃないのかよ!」
マサトは今度はそんな言葉を言う。
「・・・どういう意味だ?」
何となく気になって、尋ね返したラインハルトに、またしょんぼりと肩を落として、
「玲音が引っ越すって、玲音の親父さんが今日学校に来たんだ。
・・・・何? お前聞いてないの?」
直ちに行動を起こした。
扉を開け急いで出ていく後ろから、誰かが何か呼び掛けたようだけれどラインハルトには聞こえなかった。
(のんびり珈琲を飲んでる場合じゃなかった!
くっそ! レオディアスのやつ!!)
──そうか! そもそもヒューブレリオンが自分をこちらにやるときに呟いた言葉は・・・。
玲音と過ごしたマンションへと向かいながらラインハルトは思う。
( ・・・素直に、たどり着けないかも知れないな・・・)




