その果ての始まり 2
目覚めたラインハルトが、一番最初に目にしたのは真っ赤な目をした玲音。
その顔は少し怒っているような?
直ぐ隣には同じく少し目を赤くしたエレオノーラがいて。
戻って来たのを理解して、一旦状況を把握しようと身を起こそうとしたラインハルトだったが、力が入らずに、
ぐっとその背を支えたのは、こちらは完全に怒ってるだろう憮然とした表情のヴィレム。
そして誰も言葉を発しない。
その沈黙を最初に破ったのは、
「あれだけ血を流したのだ。まだ力など入る訳ないだろうが」
腕を組んだまま玲音の後ろからこちらを見下ろして、メルヒオールが言う。
「──あっ! ちょっと待って、今、回復魔法掛けるから」
次に聞こえたのはリュークの声。それと共に温かい力が全身を巡るのを感じた。ラインハルトは、ありがとう。と、礼を言おうとして、
「───、 ───!?」
違和感と音にならない自分の声に気付き、そんな焦るラインハルトに背後から声が掛かった。
「君は馬鹿かい? 当たり前だろ、あんなに盛大に喉を掻き切ったのだから」
声帯もいってるに決まってるだろう。と。
──そうか、魔王が言ってたもう一人とは・・・。
親子揃ってに馬鹿は呼ばわりされたラインハルトは振り返り、死角にいた、やはり魔王によく似た男、レオディアスを見る。
更にその後ろにはアイヴァンも見えた。
呆れ顔のレオディアスがラインハルトの側にしゃがむと、
魔王と似通う彼の容姿に対してだろう、直ぐ側にいたエレオノーラとヴィレムの体が緊張するのを感じたが、
レオデォアスに対して平然としているラインハルトの態度を見て、複雑な表情で二人は一歩下がった。
レオディアス自身はそんなことなど気にもせず、すっと手を伸ばしてラインハルトの喉元に触れる。
ただ、それだけ。
ただそれだけで、ラインハルトの感じていた喉の違和感がなくなり、
「・・・すまない、ありがとう」と、すんなりと声は復活した。
回復魔法を施していたリュークが驚きと好奇心とその他もろもろな表情を浮かべて、
「僕いらなくない?」と呟いたのは無視しとこう。
「──さて」と、立ち上がったレオディアスに続いて、魔法のおかげで体も大分楽になったラインハルトも、同じく立ち上がろうとしたが、
グッと服の裾を引っ張られて再びしゃがむ。
「ん?」
掴んでいるのは玲音の手。そして、こちらを見つめる黒い瞳には先ほどとは違い、明らかな怒りが見えて、ラインハルトは驚く。
「え!? れ、玲音・・・?」
「ライは、馬鹿なの?」
「・・・・・」
最後は玲音まで。親子3代に渡って馬鹿呼ばわりされたラインハルトは少しへこんだ。
怖い思いをさせてしまったことで怒っているのだろうかと、
「ごめん、玲音」と謝れば、
「何に対しての『ごめん』さ?」と、怒りを含んだまま静かに尋ねる。
「・・・いや、ほら、玲音の目の前で、あんなことしちゃって・・・、怖がらせただろうと・・・」
しどろもどろで説明するラインハルトに、玲音が急に声を大きくして、
「やっぱりライは馬鹿だ!!
そういうことじゃないじゃん! そんな謝罪ならいらない! ───違うだろ!?」
「・・・玲音・・?」
「何であんなことしたのさ! あんなにあっさり・・・。 そんなライの犠牲の上で助かったって、俺は嬉しくない!!」
「・・・でもあの時はそれが最善で・・・」
「──分かってる!! 分かってるけど・・・っ!」
頭では分かってはいても心はそうはいかない。
そう簡単に割りきれるほど大人ではない玲音には、それ以上の言葉を紡ぐことが出来ずに、ただうつ向くしか出来ない。
そんな玲音に、「・・・ごめん」と、
やはり、ラインハルトは呟く。
きっと、止められたとしても自分はまた同じことをするだろう。だから、伝える。
「ごめん、玲音」と。
暫くの沈黙の後、──ポスンッと、
胸に預けられた玲音の頭。うつ向いたままで、その顔は見えない。
「今度同じことしたら許さないから・・・」
ラインハルトの胸元からくぐもった声が聞こえる。
「絶対許さないから!」
「・・・・うん」
「・・・ライの馬鹿・・・」
「うん」
また馬鹿と言われたけれど、それは甘く聞こえて。
ラインハルトは腕を回して、自分の胸にあるその頭を囲い、顔を埋める。玲音の髪が頬をくすぐるままに。
「出来るだけ善処するよ」
ラインハルトが告げた言葉に、玲音が何か不満を口にしたようだがそれは良く聞こえない。でも「うん」と頷いて、
ラインハルトは玲音に顔を落としたまま笑う。
喪うことなく、今自分の腕の中にあるこの存在を確認して。
「──おい、そろそろ・・・」と、
メルヒオールの声が聞こえた気がして顔を上げれば、何故か神妙な面持ちの男の顔が見え、
「限界だと、思うぞ?」
その謎の発言に、ラインハルトもハッとする。途端に、妙なプレッシャーを背後に感じて、
しまった・・・っ!と、そう思った時には既に遅く。
「何だか、玲音と仲が良いよね、ラインハルト」
剣呑な──言葉は普通なのに、何故だかひどく剣呑な声がする。
その声の主は見ずともわかるが、ゆっくりと振り向いたラインハルトの視線の先には、声とは違い麗しいほどのレオディアスの笑顔。なのに、とても怖く感じるのは何故だろう。
「レ、レオディアス、いや、これは、その・・・」
「──玲音。 こっちに来なさい」
ラインハルトを無視してレオディアスは、まだ自分の胸元にいる玲音に視線を送る。もちろん、囲っていた腕は既に外している。
が、この状況で玲音が側から離れれば、
(俺・・・、死ぬかも?)
そんなことを思ったラインハルトの、胸元にいる玲音は、そんなことを知ってか知らずか、
ラインハルトの服をぎゅっと掴んで、
「嫌だ、ぜったい行かない!」と。
「・・・玲音・・」
どっちにしても、何らかの制裁は受けるのだと、諦めて玲音に離れるように促せば、
玲音も同じくラインハルトを無視したまま、
「だって親父、ライのこと虐めるだろ! だから行かない!」
「・・・・そんな訳、ないだろう。だからおいで、玲音」
「今の間はなんだよ? その笑顔が嘘くさい!」
「これは玲音に久しぶりに会えた喜びじゃないか」
「親父は全部嘘くさい!」
「ひどいなー、玲音」
ラインハルトを蚊帳の外に、間に挟んで続けられる会話の応酬。
助けを求め、視線の合ったメルヒオールは、どうしようもない。と両手をあげて。
エレオノーラとヴィレムは相変わらず複雑な表情でこの応酬を見ている。リュークは何となく言葉を理解できているのだろう少し楽しそうで、アイヴァンに至っては既にいつもの穏やかな表情。
目覚めたと同時に同化を解いていた光の精霊エディシアスは、ボロボロの聖なる精霊エデルウォルドに手を貸しながら、完全に我関せずだ。
ラインハルトは、いつの間にか至近距離で睨みあう──レオディアスは笑顔だけど、そんな二人にため息を付く。そして、何か言おうと口を開いたラインハルトだが、
ふいに笑顔消したレオディアスが、チッと舌打ちをして。
メルヒオールが、スッと跪くのを見た。
同時にざわっとした力の波動を感じて、エディシアスが「ラインハルト!」と声を上げる。その直後、
「騒がしいな。 何をやっているんだお前達は」と。
この空間を全て支配するような、静かな声が響き渡り、同時に黒い影が地面より沸き上がり人影を容取る。
その声は言わずと知れた。
「ヒューブレリオン・・・」
ラインハルトは、先ほども一緒には居たが、改めて見てもため息を覚えてしまうその姿に、思わずその名を呟いた。




