儚いモノものよ 9
少し時間は戻り──、
祈りの間に先に足を踏み入れたラインハルトに続き、部屋に入ろうとしたアイヴァンだったが、
パシンッという音と共に、見えない壁に阻まれて廊下へと一歩下がった。そして、静かに閉まる扉。
「──!? ラインハルト!」
自分の目の前で閉ざされた扉を、拳で叩いたアイヴァンは、その違和感に気付く。
叩いているのは木製の扉のはずなのに響く音は。
(・・・結界か・・)
あり得ないこもった金属音を響かせる扉に眉をひそめる。
(ラインハルトを閉じ込めたのか?)
だとすると、この教会全体がやけに静かなのも。
「・・・女神、何をするつもりだ・・・?」
しかし、自分がここにいてもどうすることも出来ない。と、一旦外へ出る為に踵を返した。
そして一番表の扉を開けたアイヴァンは、
「──あれ? 開いた?」と、
目の前で大きな鉄槌を振り上げているヴィレムを見た。
「・・・・・何を、しているんだ?」
「え? そりゃー・・・」
ヴィレムが振り上げた鉄槌を見る。
それを振り下ろそうとしているのは分かる。分かるが・・・。
アイヴァンは軽くため息を付く。
どうやら、外の扉にも結界が張られていたようだ。
「結界は物理的に壊せるもんではないぞ」
呆れたように言うアイヴァンの視線の先で、
「だから言ったでしょー、無理だってー」
「お前の魔法が役に立たなかったからだろ!」
「えー、だって女神の結界でしょ? そんなの無理、普通」
リュークとヴィレムが言い合って、
「何でもいいから、いい加減鉄槌下ろしなさい。 もう開いたでしょ」
後ろから来たエレオノーラがその二人を止めた。
「ローマン公、すいません」
代わりに謝るエレオノーラに、首を振って、
「どうしてここに?」と問えば、
「あの馬っ・・・リュークが、一緒について行ってしまったので」と。
その更に後ろ、兵士達に遠巻きに囲まれる巨大な竜と、腕を組んで立つ姿さえも絵になるような男に、エレオノーラは一瞬目を向ける。
「だってー、ライライが呼んでるって言うし?」
あの馬鹿と、飲み込んだ言葉でそう呼ばれたリュークが会話に混ざる。
「だからって普通ついて行く!? あいつは魔族よ? 何でラインハルトが関係してるのよ!」
嘘に決まっているじゃない!と、声を荒げるエレオノーラに、
「えっ、だって玲音っ───・・・」
言い掛けて、口を押さえたリューク。
「──? 玲音がどうしたのよ?」と、
エレオノーラが怪訝な顔をして。
問われて、珍しく困った顔をしたリュークに、仕方ない。とアイヴァンが助け船を出す。
「本当にラインハルトが頼んだのだろう。ラインハルトを連れて来たのは彼だからな」と。
その言葉に、「・・・どういうことだよ」と、今度はヴィレムが会話に加わる。だが、
「・・・・・本人に聞くのだな」
自分が話すべきことではないと会話を終えたアイヴァン。
ヴィレムが詰め寄ろうとしたが、エレオノーラがそれを止める。
「ラインハルトは今ここにいるのですか・・・?」
「祈りの間にいる。 だが、同じく結界で入ることが出来ない」
アイヴァンはそう伝えると後ろの男を見る。黒い瞳と視線が合い、男は小さく舌打ちをすると、こちらに近づいてきた。
「───おいっ!」
男を見て、警戒するようにヴィレムが声を上げるが、それを手で制して、
近づいてきたメルヒオールに、
「ラインハルトだけ捕らえて結界を張ったようだ」
「だろうな。 僅かに残っていた人間達もお前以外は弾き出された。そこら辺に転がってる」
どうでもいいことのように告げて、「あの馬鹿は・・・」と顔をしかめ、
「さっき転移ゲートが閉じた気配を感じた、玲音様も一緒だろう。早く案内しろ」
「だが──、教会に入れば苦痛を伴うぞ?」
「それぐらい、どうとでもなる」
そう言って鼻で笑う魔族の男。
頷いて、扉の中へ案内しようと歩き出したアイヴァンに、エレオノーラが声を掛ける。
「ちょっと待って下さい! ローマン公、貴方はっ・・・!」
魔族と通じているのか?と、問いたいのだろう彼女の顔。
立ち止まったアイヴァンを男が急かす。
「早くしろ! 女神の気配が強くなった!」
「女神の気配・・・? お前はさっきから何を言ってるの!?」
魔族の男に食って掛かろうとしているエレオノーラに、アイヴァンは落ち着かせる為に言う。
「すまない。今は時間がないんだ。・・・後できちんと話そう」
それだけ告げて、メルヒオールと共に扉をくぐる。そこで男は一瞬、グッと顔をしかめたが、立ち止まることはない。
力ある魔族だ、魔力に応じて余計強くなる戒めはかなりの苦痛を伴うだろうに、そんな素振りも見せない。
そんな男に感服さえも覚えたアイヴァンは、後ろに続く人影を見る。
納得のいかない顔のままの二人と、あまり何も考えてないような又甥がついて来る。
「──行くぞ」
急かす男の声にアイヴァンは視線を前に向ける。何にせよ、説明は全て決着がついた後でも遅くない。
それに、その話はラインハルト自身の口から説明すべきことだ。彼らは仲間なのだから。
だが───、
たどり着いた祈りの間の結界は既に無く、開け放った扉の先に見たものは、
赤い鮮血の広がる床に倒れ伏したラインハルトと、
その傍らで茫然と座り込む玲音の姿だった。




