儚いモノものよ 5
転移ゲートがある避暑地の都市から小一時間。王都より北にある漁港の村は夏でもやはり涼しかった。
「何の魚かわかんないけど、満足ー!」
漁港のすぐ横の小さい定食屋さんで、お刺身的な物を食べることは出来たのだが、流石に醤油は無くて。でも玲音が満足と言っているのでまぁいいか、と。
「ねえ、ヴィレムは一緒じゃなくて良かったの?」
日差しを避ける為の帽子のつばの下から、玲音の紫色の目がこちらを見上げる。
今はもうスカートなどは履かずにズボンとシャツという格好だが、やっぱりボーイッシュな女の子にしか見えない。
「うん、まぁ・・・」と、曖昧に返事して、
黒色ではない玲音の瞳を見つめた。
黒はこの世界では魔族が纏う色。黒い髪の人は稀にいるが、黒髪黒瞳は魔族だけ。それはラインハルトにとっても倒すべき悪の対象であったのだけど、今は玲音の瞳が黒色でないことが残念な気持ちになる。
そして、そんな玲音を見下ろしたまま、無意識にその頬に手を伸ばしていたみたいで、
「・・・ライ、最近スキンシップ過剰じゃね?」
少し頬を赤く染めた玲音に言われてやっと気付く。
でも気にせず頬に手を添えたまま、
「──うん。玲音が可愛いから仕方ない」
にっこりと悪びれずに言えば、
頬は更に赤くなり、何か言おうと口を開いた玲音だったけど、
「おい、お前・・・。 それ以上やるとレオディアスに殺されるぞ?」
後ろから聞こえた声に驚いて口を閉じた。
その声は、髪と瞳の色を変えただけで端正な容姿はそのままのメルヒオール。案の定、道行く村人が呆然とした顔で男を見ている。
そんなメルヒオールに、
「でも玲音が可愛いのは本当のことだし」
当然のことを言ってるだけだ。と、ラインハルトが平然と言う。
「・・・? お前・・・、なんか吹っ切れたな?」
「・・・そう?」
驚いたような呆れたような複雑な表情のメルヒオールに素っ気なく返事を返せば、今度は確実に呆れた様子で、
「まぁ・・・、別にいいんだがな」と、小さくため息をついた。
「良くない!!」
──と、ラインハルトとメルヒオールの視界の下からそんな声が上がる。
「・・・玲音様? どうしたんですか? 急に」
「──玲音?」
「玲音様だ!」
話しかける二人に見下ろされて、ふるふると震えた玲音は、
「・・・色々と言いたいことはある──、けど。 とりあえず、絶対っお前らの身長抜いてやるからな!!」
捨て台詞のようにそれだけ言って、踵を返し歩き出した玲音の後を、ピーちゃんが慌てたようにパタパタと追った。
せっかく北に行くのだと、メルヒオールと連絡を取って示し会わせて。
それにここには魔物対策の石碑はない。そんな小さな村は沢山あり、けれどどこも比較的平和だ。
過剰に防衛を施したとこほどそれに対応して被害があり、それがどういう意味をもたらすのか?
ラインハルトは小さな漁村を離れた丘の上から見下ろして、ふとそんなことを思う。
「それで? お前の仲間はそれを受け入れたのか?」
丘の上に一本立つ青々と繁る木に背をもたれ掛け、まだすねているのか少し離れた場所でピーちゃんと一緒にいる玲音に視線を向けたままのメルヒオールが言う。
「・・・・・、どうだろう・・・?」
あれからヴィレムとは顔を会わせていない。というよりもラインハルト自身が避けている。
「・・・だろうな」
視線をラインハルトに戻して、
「──で、どうするんだ?」と、メルヒオールが尋ねる。
「ああ、とりあえず教会に行くよ。
レオディアスの術を解いて直接女神から真意を聞く」
「それは・・・、最善ではあるが賢い選択ではないな」
「───? ・・・心配してくれるのか?」
少し驚いてラインハルトが問えば、メルヒオールは嫌そうに鼻にシワを寄せて、
「・・・玲音様の為だ!」と、ボソッと呟いた。
そんなメルヒオールにラインハルトはちょっと笑った後、
「憶測だけど、教会は今、二分しているのだと思う」
「二分? ・・・・女神か?」
「多分、そうだろうな。 教会のトップのローマン公は聖者達のように女神の声を直接聴ける訳ではないからな。
宗教的な支配での力関係であれば信者は聖者の声を取るだろう」
「・・やはり、また女神か・・・」
メルヒオールが苦虫を噛み潰したような顔で言う。
その顔と言葉尻から、
「なぁ、メルヒオール・・・。 賢者エルヴィラを手に掛けたのはラウルなのか・・・?」
どさくさに紛れてそれとなく尋ねてみれば、メルヒオールは一瞬躊躇した後、静かに「そうだ」と頷いた。
「女神のせいだろうと魔王様が言っていた。俺にとっては人間達が殺し合おうがどうでも良かったんだがな」
何気にひどいことをさらっと言って、
「ただ玲音様は別だ。玲音様はお前を気に入ってる。だから勇者を降りるのには賛成だ、女神のことだけを言えばな」
メルヒオールの答えにラインハルトは視線を落とす。
「・・・そうか」
それは予測してたことだった。
「ヒューブレリオンは・・・、どういう意図で俺を向こうに送ったんだろうな・・・」
あの美しく冷たい、静かな黒い瞳でこちらを見下ろしていた男。
勇者である自分を女神の手の届かない地へと飛ばした男。
自分の妻である女性の死に、女神が関係してるだろうことも認識して。尚も自分を殺そうと勇者を送り込んでくる女神に何を思うのか?
「・・・あの方の考えてることは誰にも分からないさ」
その寂しげな声に、視線を戻したラインハルトは、男の姿越しに見えていた玲音の姿が見えないことに気付く。
「───? 玲音は?」
ラインハルトの問いかけに、メルヒオールも振り替える。
男の位置からも玲音の姿は見えないらしく、玲音がいた方向に歩き出そうとしたところに、ピーちゃんの本来の咆哮が聞こえた。
咄嗟に駆け出した男をラインハルトも追う。直ぐに見えたのはもがく竜体に戻ったピアヴォニウスの巨体。白く光る鎖が体に巻き付きその動きを封じている。
そして、それを行ったのはピアヴォニウスの目の前にいる白い服を纏った教会の者達。その中に銀のローブを被った者が3名いて、その一人が肩に担いでいるのは──、
「──玲音様!!」
声を上げたメルヒオールがその手に魔力を込めるのが見えたが、
「無理だ! メルヒオール!!」
そう叫んだラインハルトよりも早く、その魔力は掻き消された。
「──!?」
驚くメルヒオールに、「あれは聖者だ!」と銀のローブの者を差し、
「魔の力は通じない! しかも多分・・・っ」
ラインハルトは言葉を詰まらせ、銀のローブの聖者達を見た。
そのラインハルトの姿に、聖者の一人が声を発した。
「わざわざ王都を離れてくれて礼を言うぞ、ラインハルト」
その声は、そしてその姿も、本来のモノではないだろう。
「・・・エデルウォルド」
そう名を呼ばれた聖者は、フンと鼻で笑う。
「王都は流石に王家の守護精霊共が多すぎて、いくら聖なる精霊の私でも簡単には動けないからな」
──やはり。と。
エデルウォルドが玲音を手に入れたがってることは分かっていたのに。
ラインハルトは気を失っているのだろう、その隣で、担がれたままの玲音に目を止めて唇を噛む。そして、ここ数ヶ月平和ボケしていた自分を悔やむ。
「それで? とうとう今度は魔族と共闘までするのか」と、
並ぶラインハルトとメルヒオールに冷めた目を向けるエデルウォルド。
魔力が無駄と分かったメルヒオールが空間から自身の武器である魔剣を引き出すが、それさえも、
「お前の剣がこちらに届くよりも、我らがこの子供を引き裂く方が早いぞ?」
無駄なことだ。と嘲笑う。
その言いように怒りを覚えてエデルウォルドを睨み付ければ、相手である精霊の瞳にも怒りが見える。
それはラインハルトに向けての怒り。
「───?」
怪訝に眉をひそめれば、
「何故、女神は──・・・、・・・お前などを・・・っ!!」
エデルウォルドは吐き出すように呟き、こちらに背を向けた。
「・・・この子供を返して欲しければ教会に来い」
その言葉が合図に彼らの周りに転移の魔方陣が浮かぶ。
「──待て!! エデルウォルド!!」
ラインハルトが声を上げ、チッと舌打ちをしたメルヒオールが駆け出す中、
魔方陣は彼らを包み込んだままゆっくりと消え去った。




