儚いモノものよ 2
夏の太陽は高く、午前中で既に中天にあり、城の中庭を照らしている。
キンッと金属同士がぶつかる音が響く。
「息が上がってるんじゃないか!」
ブウンと、ヴィレムが体に見合った大剣を振るって言う。
大降りな剣を後ろに飛びずさり交わして、
「確かに、ちょっと体力戻さないとな。でも──、」
呟いたラインハルトは、直ぐに身を翻して懐に飛び込む。
「胸元がガラ空きだぞ!」
その言葉にヴィレムはニヤッと笑うと、短い詠唱を口にした。途端に盛り上がりはぜる地面。
「───!! ズルいぞ!」
「魔法禁止とは聞いてない。油断は禁物だな」
はぜた地面の土砂に紛れて繰り出されたヴィレムの剣を、ラインハルトは目を凝らすよりも、勘と空気の流れだけで自分の剣で受け流す。
その反対側の腕から繰り出されようとしている拳に、相手の剣の反動で飛び上がり、足を絡めて反転し背後を取り腕を決めた。
魔法を使えないので泥臭い戦い方となるが仕方ない。
「いてててててっ! 待った、たんま、ちょっとストップ!」
声を上げるヴィレムに、ラインハルトは意地悪げな笑みを作ると、
「じゃあ、今日は俺の勝ちだな。
──玲音、昼飯何奢って貰おうか?」と、
木陰でのんびり見学中の玲音に笑いながら声を掛ける。
こちらに戻っての二日ほど、勘を取り戻す為に、朝はヴィレムと剣を交えている。
「んー・・・、俺、魚食べたい!」
お刺身ね!との、玲音の言葉に、
ヴィレムの腕から手を離したラインハルトは一瞬悩む。
「それはちょっと難しいかも?」
「生魚食べない感じ?」
「そんな感じ」
えーーー。と、残念そうな玲音の顔を見て、捕まれていた腕を「いてて」と回しながら、
どうした?と、ヴィレムが尋ねてきて、
「生魚って食べれるとこあるか?」
「酢付けでなく完全に生か?」
頷いたラインハルトに、ヴィレムは少し考えた後、
「ここらでは難しいが、北の方の街の漁港では食べると聞いたことがある」
「そうなのか!?」
「近くの街まで転移ゲートがあるからそんなに遠くはないぞ。
──行ってみるか?」
そのヴィレムの提案を、玲音に伝えようと振り替えれば、
向こうからやって来るエレオノーラが見えた。
エレオノーラは、姫と言えども深窓の令嬢とは程遠い、表舞台で王の片腕として活躍するような人物だ。報告や書類の目通しなどと午前中は何かと忙しい。
それよりも、城の中庭とは言え侍女も引き連れず一人で歩いているのもどうかと思うのだが。
「エレオノーラ、どうした? こんな時間に?」
ラインハルトが不思議に思い尋ねれば、
近付いて来たエレオノーラは、木の影にいた玲音に気付き、そして、ラインハルトを見て言う。
「玲音もここにいたのね、良かった。
──ラインハルト。 ローマン公が午後に来られるわ。話の席に着くそうよ」
「・・・? 自ら言ってきたのか?」
「ええ。 ・・・ただ、玲音も同席が条件なの」
少し神妙な面持ちで言うエレオノーラに、
眉間にシワを寄せ、「──何故?」と問えば、分からない。と返事が返る。
「私の執務室での対談となるので、変な小細工は出来ないとは思うけれど・・・」
エレオノーラが話す言葉を聞きながら、ラインハルトは玲音に目を向ける。
ふいに向けられた視線に、その表情に、
何かを感じとったのか、玲音は複雑な顔でこちらを見て、
「・・・何? 何か面倒くさいこと?」
そう尋ねる玲音に、ラインハルト自身も複雑な表情となる。
ローマン公はエルヴィラの弟である。自分の推測が正しければリュークと同じく、玲音にとって彼は大叔父ということになる。
・・・ローマン公はどこまで知っているのだろうか?
エデルウォルドにはバレているのだから、玲音が魔王の孫であることは知っているだろう。
エルヴィラと魔王、そしてエルヴィラを手に掛けたかもしれないラウル、それに何ら関わるだろう女神。
彼は何を知っていて、知って尚、女神と関わるのか・・・。
ラインハルトは玲音を見つめて、小さくため息をつく。
考えたってこれ以上はどうせ分からない。
「──だから! 何なのさ!? ため息までついて・・・!」
こちらを見たままだった玲音が不機嫌そうな声で言い、ラインハルトは首を振って、
「何でもないよ。 折角、ヴィレムが魚が食べれるかも知れないとこ教えてくれたんだけど、午後から来客があるみたいで今日は無理そうなんだ」
だから今度行こうな。と笑って言えば、
ふーん。と、あまり納得のいっていない顔で、
「・・・まぁ、いいや。 ───で、何?」
そう玲音が言う。
「ん?」
「俺にも用事なんでしょ? こっち見てたじゃん」
「ああ・・・、その来客の相手が、玲音も同席して欲しいんだそうだ」
「そんなこと? ・・・何それ。 別にいいけど、そんなくらい」
呆れたように言う玲音は、
「でも何で? 知ってる人?」と、
不思議そうに尋ねてきて。ラインハルトは、
「パーティーで俺が倒れ時に話していた白髪の人覚えてる?」
頷いた玲音に、「あの人。ローマン公」と伝えれば、
ふーん。と今度は、興味無さそうな返事が返った。
「──で、結局どうなった? 魚の件は中止か?」
話が終わるのを待って尋ねてきたヴィレムに、ラインハルトは告げる。
「遠出は無理そうだな。食堂でお昼でも作ってもらうか」
「今からか? 遅くないか?」
「3人分くらいなんとかなるだろ、多分」
「それなら私が連絡をしといてあげるわ。
それと、ラインハルト。 約束の時間は2時だから、玲音を連れて時間までに来てね」
急に会話に参加して来たエレオノーラに、
「俺は出席しなくていいのか?」と、
一人だけ除け者にされたように感じたのか少し不満そうな声でヴィレムが言う。
一瞬黙ったエレオノーラはこちらを眺めて、
「ラインハルトと貴方が二人も揃ったら、巧くいく話もいかなくなりそうだから、出来れば止めてね」
艶やかな口元に綺麗な笑みを浮かべながらそう言うと、じゃあ、また後で。と、優雅に去っていった。
「・・・・・」
「・・・・・どういうことだ?」
「・・・・・さぁ?」
ラインハルトだけでなく、ヴィレムにも駆け引きなどと言うものは苦手な分野で。
「昼飯前に風呂に入りたいからもう行くぞ」
ラインハルトの声に、あ、俺も。とヴィレムが応じ、
「玲音。一旦部屋に戻ろう」と、
木陰から日差しの中に出てきた玲音と共に建物の方へと向かった。
ラインハルトは2時前にはエレオノーラの執務室へと赴き、
話の相手、ローマン公も時間になり侍女に伴われ部屋にやって来た。
「お忙しい中、時間を割いていただきありがとうございます。ローマン公」
エレオノーラが優雅に微笑み挨拶を述べる。
「忙しいなど・・・、姫様に比べれば私など自由気ままの身ですよ」
穏やかな笑みを浮かべたローマン公アイヴァンはエレオノーラと視線を交わした後、部屋の隅にいるラインハルトと玲音を見て目を細める。
「どうぞ、そちらにお掛けになって。 ──ラインハルト、貴方も」
その声にソファーへと腰を降ろしたローマン公の、向かいの席へとラインハルトも座る。
部屋にはもう一人リュークもいて、大叔父であるローマン公が苦手な彼はアイヴァンの視線から隠れるように、部屋の隅で玲音と座っている。
それは護衛と言うよりも既に玲音と片言で会話が出来るようになってるリュークに、必要ならば通訳をしてもらう為。
「 ───さて」と、
アイヴァンは組んだ足の上に肘を付き、色素の薄い茶色い瞳をラインハルトに向けて、
「僕に聞きたいこととは何だろうか?」と、
少し笑みを浮かべて言った。




