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儚いモノものよ 1

ラインハルトの目の前に女神エデルガルトが見える。

近付いてゆく自分に、少し悲しそうな、でも何かを心に決めたような眼差しをこちらに向けて。


だけどその光景は、悪い電波で画像が乱れるように一旦途切れて、

次に見えたのは、血だまりの中、死へと向かおうとする女神の姿。


( ───!? 何故! どういうことだ!?)


そう口に出そうとしたラインハルトの言葉は声にならずに、

はぁはぁ。という息遣いと、血に染まった剣を握る自分の両手が見え、ガチャッと剣を落とし口から漏れ出たのは、自分の知らない男の声。


「・・・どうして・・・、どうして、君が・・」


苦しげに顔を歪めた女神は・・・いや、きっとこれは女神ではなく、

「貴方の、せい、じゃないわ。こうしな、いと、

貴方が、・・・壊れて、しまう・・から」


「 ──だがエルヴィラ! 君が代わりに犠牲になる必要などっ!」


エルヴィラと呼ばれた、女神エデルガルトとよく似た女性。そう、賢者エルヴィラはゆっくりと首を振り微笑む。


「エルヴィラ!!」

声と共に飛び込んで来たのは、ラインハルトも見知った顔で。

エデルトルートは、倒れ伏したエルヴィラを抱き起こすが、もう既に手遅れであることも悟り悲痛な顔で彼女を見下ろす。


最後だろう会話を交わす二人を、ただ眺めている自分──、ではあるはずもなく、


これは過去の出来事なのだろうか?


この体の持ち主の心までラインハルトは伺い知ることは出来ないが、ただ視線を外すことなくエルヴィラを見ていた。

彼女の体からその命が失われても尚。


精霊である彼女が涙を流すことなどはないが、それでも長い時間、温もりが消えるまでエルヴィラの体を抱きしめていたエデルトルートは、

「・・・何故・・? どうして、エルヴィラが・・」

消え入りそうな細い声で呟いた。


血に染まった自分の手を握りしめて、

「すまない・・・。 すまない、エデルトルート・・・」と、

震える声で告げる男に、ラインハルトも見たことがないような鋭い視線を向けるエデルトルートは、許さない。と、


「女神とは決別したのではなかったのかっ! 何故また支配の元に・・・っ!

───何故だっ、ラウル・・・っ」



ラウル・・・!?



この血にまみれた、

エルヴィラを、手にかけたこの体の持ち主が・・・?

・・・あの、ラウル?


どういうことだ? 

しかも、女神の支配とは・・・。



その先の光景を望んだラインハルトだったが、再びの乱れと共に、プツンと視界は暗く閉ざされた。




「────はっ!」


ガバッと身を起こせば、そこは見たことある部屋。一度目に目覚めた時と同じベッドの上で。

ただ時刻だけは違い、今は夜の帳が下りていて部屋は薄暗い。


ラインハルトが目覚めた気配を感じたのか、控えめに扉をノックする音が響く。

声を掛ければ、外で待機していた侍従が顔を見せて、こちらの容態を確認してきた。


(・・・そうか、あのまま意識を・・・)


問題ない。と答えて、ラインハルトが扉を閉めようとすれば、侍従の男が、

「あの、・・・お止めしたのですが、どうしてもと。

リューク様が構わないとおっしゃったので・・・」

気付いておられないようですので。と、部屋の片隅を指し示した。


その指差す先に目を向ければ、簡易的なベッドが置かれていて、

薄暗くてよく見えないが、こんもりと盛り上がる影。


聞かずとも誰だか推測のついたラインハルトは、少し苦笑する。

侍従に頷き扉を閉め、そのベッドへと近付くと、

夜目に慣れ、すやすやと眠る玲音に視線を落して、

「玲音、起きて、ベッドを変わろう」

そう声を掛けるが、うーん。と唸るだけで起きる気配はない。


仕方ない。と、

「少し動くよ」

ラインハルトは声を掛け、玲音を抱き上げると、自分が先ほどまで寝ていたベッドへと運ぶ。そして、布団を掛けて頬にかかる髪を払い除けて、眠る玲音を見つめる。


瞳を閉じている今は、やはりヒューブレリオンとレオディアスに顔立ちは似ている。でも・・・、



ラインハルトは、ベッドを離れヴィレムが昼間に座っていた椅子へと腰を掛ける。


先ほど見ていた夢。 ・・・だったのだろうか?

その中で、一番最初に女神だと勘違いしたエルヴィラは、宿す雰囲気が玲音に似ていた。


ローマン公が呟いた言葉、エデルトルートやラウル会話。

はっきりと言われた訳ではないが、玲音の祖母と言われる人間の女性は、きっとエルヴィラの事なのだろう。

魔王との関わりも気になることだが、今更玲音の家族構成で驚く事などない。


それよりも───、ラウルが、

勇者であるラウルが、そのエルヴィラを手にかけたこと。

仲間である彼女を・・・。



それが真実だとして、あの光景だけでは、欠けたピースが多すぎて全てを計り知ることは出来ない。


もうひとつ分かっていることは、女神というキーワード。


エデルトルートとラウルに尋ねれば早いことだがそれが出来ない現状では、自分で推測するしか他ないが、


──女神の支配・・・?


女神と直接会話が出来る者は、教会が抱える聖者と言われる者達と、

女神に寄って選ばれし、勇者と呼ばれる者。

そして、女神の意思を願い汲み取ろうとする聖者と違い、女神自身が自らの意思で会話を望むのは勇者の方のみ。


ラウルは、ラインハルトと同じく勇者だ。

メルヒオールは勇者には女神からの恩恵が与えられると行っていた。だが、支配と恩恵では全く意味が違う。


ラインハルトの行動に、支配という形で女神エデルガルトが口を出してくることはなかった。近況やただの他愛もない会話だけで。

あえて支配というのならば、それは一番最初に与えられた言葉。


「ラインハルト、貴方に力を授けるわ。 これは魔王を倒す力。

私の───・・・魔王ヒューブレリオンを、あの男を倒しなさい」


多分、そんな風な会話だったはずだ・・・。


たがやはり、ラウルが勇者であることが気に掛かる。

エデルトルートにもレオディアスにも言われたが、自分には女神の気配が強いと。もしそれが何ら関連があるとするならば・・・、



うーん。と、ラインハルトを思考から引き戻すように玲音が寝返りを打った。


「・・・・」

ラインハルトは立ち上がり、寝返りではだけた布団を直す為にベッドへと近付く。


布団から覗く玲音の白い首。

武器など使う必要もなく、その命を刈ることなど容易そうだ。

「・・・・細いな・・」

ラインハルトは、ベッドの縁へと膝を付き、手を伸ばし玲音の首に触れる。

「・・・・・」



「───今さら、その命を刈るのか?

エデルウォルドに言われたように?」


静かな部屋に自分でない声が響いた。



白い細い首に手を伸ばしたまま、声の方へとゆっくりと顔を向ければ、

薄暗い部屋に淡く浮かび上がる金色に彩られた人の姿。

聞き慣れた声と見慣れたその姿。


「───そんなことしないよ、エディシアス」

ラインハルトはそう答えると、伸ばした手ではだけた布団を整えた。


女神に会ったことにより、レオディアスの術が少し綻んだのだろう。

その綻びから来た、自分が光の愛し子と言われる所以、金色の長い髪と金の瞳を持つ光の精霊エディシアスが、

「何故? その子は敵側なのだろう?」

皮肉げに言う。


「・・・エデルトルートの子でもあるのに、そんなことを言うのか?」 

ラインハルトが憮然とした表情で言えば、


「・・・・・。

・・・やはり、本当のことなのか?」

エディシアスはそう言うと、玲音の側から離れたラインハルトに代わりベッドへと近付く。

エデルトルートよりか、その父親の方に容姿は似ている玲音を見下ろして、

それでも精霊故の何かを感じとったのか、


「・・・本当なのだな。 ──では、エデルトルートはもう・・・」

言葉を切ったエディシアス、その横顔は少し寂しげだった。


( ──そうか・・・、エディシアスなら)

そう思い、あの当時のことを尋ねてみたが、

「エデルトルートは何も言わずに姿を消したからな・・・」と、

エディシアスはポツリと呟く。

「同時に守護する賢者も姿を消したので、当時の勇者が相当慌てていたと風のヤツが言っていた」


ラウルを守護していたのは風の精霊だ。その精霊なら何かを知っているかも知れないが、ラインハルトの守護精霊ではない。

誰も彼もがそれぞれのトップである名のある精霊達と対面出来るわけではない。

一般の者達の元にやって来るのは名もない小さな精霊達で。


風の精霊からその当時の話を聞きたいと、エディシアスに頼もうとすれば、淡く光る姿は薄れかけていて。


精霊の中で一番美しいと言われるその顔を少し歪めて、

「女神の影響が薄れてきたようだな。

・・・まったく、お前にはもっと言いたいことがあったんだが・・・、


──早く教会に行って、その忌々しい術を解け」

捨てゼリフのように言い残して、その姿は薄れて消えた。


「・・・忌々しいか・・」

女神から生まれた精霊達が、母である女神を疑うことなどきっとなく。


魔法が使えないのは不便ではあるが、魔石もあるし、やはり暫くはこのままでいようと決め、それと共に、

なるべく早くメルヒオールと落ち合い、玲音を預けなければと。


ラインハルトは自分の両手を眺める。今その手は、血には染まってはいない。

でもラインハルトが『勇者』で有る限り、あの光景はまとわりつく。


「答えは決まってるもんだよな・・・」

例えそれで周りの人が傷ついたとしても。


微かに明るくなった窓を背に、ベッドで眠る玲音に目を向けて、

ラインハルトが呟いた声は誰に聞かれるともなく、部屋に佇む静寂に消えた。



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