陰謀はパーティー会場から 2
一応、祝賀会との名目のパーティーではあったが、国王からの正式な発表もなく、
戸惑う者もいたが機敏な者達は何かを感じ取ったのか、敢えてそこは追究せずに普段の夜会と変わらぬ場を過ごしている。
会場を歩き、ローマン公の姿を探してみたが見つけることが出来ずに、一度皆の元へと戻ったラインハルトは、そこに華やかな人垣を見る。
その中心にいる人物、穏やかな笑みを浮かべた男は、近づいて来るラインハルトに目を止めて言う。
「ああ、今日の主役のお戻りだぞ」
「・・・・お久しぶりです。ローマン公」
男の声と共に割れた人垣の隙間に玲音を見つけて、ラインハルトは体を滑り込ませその姿を背後に隠くし、目の前の男へと挨拶を述べた。
そんな一連の動作を、男は面白そうに眺め、
「何も取って食いやしないよ。そちらが君のお姫様だね。
はじめまして僕はアイヴァン・フランドル。皆が言うようにローマン公でも大丈夫だけどね」と、
身を屈め、玲音に視線を合わせて笑い掛けた。
言葉が分からない玲音には、彼が何を話したのかは理解出来ないが、向けられた笑みに、返事を返すように笑顔を浮かべた。
その笑顔に、一瞬虚を衝かれたように固まった男。
───だが、直ぐに元の表情に戻るとその身を起こす。
「すみません・・・、ローマン公。
彼女はこちらの言葉は分からないので」
ラインハルトが玲音についての説明の言葉を口にしたが、男にはその声は届いていないのか、静かに玲音を見つめたまま、
「やはり・・・、似ているのだな」
そう小さく呟いた。
「・・・? ローマン公?」
「ああ・・・、───いや、何でもない。
こちらこそ、お邪魔したようだね」
彼は取り繕うよう口元に笑みを刻むと、
「──では、皆、失礼しようか」と、
伴に連れだった者達に声を掛けた。
そこに、叔父様──。と、
「ちょっとお話よろしいかしら?」
エレオノーラの声が掛かる。
ローマン公爵家は元々は王国の直系から分岐した、代々教会の代表を務める家系で。遠く離れたとは言え、王家に連なるもの。
「姫様のお願いなら断る理由はないね」
ローマン公はそう穏やかに告げると、周りの者達に合図を送り、去るのを確認してから再びエレオノーラと向き合う。
ラインハルトは、玲音から離れ一歩踏み出すと、気付いた男はこちらを見て、
「話の相手は君かい?」
何故か楽しげな表情を浮かべた。
「今回の魔王に関しての教会が出した声明について話を聞きたいのですが?」
駆け引きなぞなく、思ったことをそのまま口にすれば、
男は一瞬目を見開き、あははは。と、声に出して笑った。
「──い、いや、すまない。そんな直球で来ると思わなかったから」
「・・・ラインハルト・・」
それについては同意見だったのか、エレオノーラも呆れた声をあげる。
ラインハルトは、むっ。としながらも、まだ笑いを堪えるような仕草の男に、
「何故あんな嘘を?」と、引き続き問いかければ、
「・・・嘘? なんのことだろうか?」
いつもの穏やかな笑みに戻った男が、そう返事を返した。
「──!! 何って!?」
「僕は今回のことは何も関知してないよ? どういうことだい? 君は魔王を倒したのではないのかい?」
「なっ・・・・!」
「祝賀会という名のパーティーだったと思うのだが、王からの声明もないようだし・・・、
一体、どういうことなのだろうかね?」
ローマン公は穏やかに、どこまでも穏やかに告げた。
「・・・・っ! だがっ、」
「──ラインハルト。 ・・・ここではそれ以上の話は出来ないわ」
背後からエレオノーラの声が掛かる。その言葉に男も便乗して、
「では、話はこれで終わりということでよろしいかな、エレオノーラ譲?」と、
ラインハルトの背後へと視線を向けた。
「いいえ、叔父様。 出来ましたら場所をかえて・・・、」
「───アイヴァン」
エレオノーラの言葉を遮るように、公爵の名を呼ぶ声が響く。
呼ばれた本人である男も怪訝そうに声の主を振り返るが、声の主は、去っていった取り巻きの女性の一人。ただ、纏う雰囲気がさっきとは少し違う気がして。
そして女は、名を呼んだローマン公を通り過ぎて、何故かラインハルトの方へと近付いて来る。
先ほどまで怪訝そうな表情を浮かべていたローマン公は、何かを察したのかただ静観を決めたようで、
女は、ラインハルトの目の前まで来ると足を止めた。
「──ラインハルト」
愛しい人を呼ぶように、柔らかく微笑みながら名を呼ばれ、
知らない女性のはずだが、その纏う雰囲気が誰かと被る。
「・・・・・?」
女が向ける眼差しに戸惑うラインハルトの背後で、いつの間にか側に寄って来ていた玲音が、きゅっと服を掴み。
「玲音──?」
眉を寄せて前方の女性を眺めている玲音に、何となく安心させる為にと、ポンポンと頭を撫でれば、
途端に──、突き刺すような気配が前方から襲った。
「───!!」
咄嗟に振り替えれば、居るのは先ほどの女性だけ。
ただ、その姿がぶれて見える。ドレスを纏った女性の姿に被さるように、透けて見えるその姿は、
「エデルガルト・・・、女神・・・?」
ラインハルトが告げた言葉で、透けた姿の女性と視線が絡んだ。
瞬間に、激痛がラインハルトを襲う。
「───ぐっ!!」
頭に走る痛みで膝をついたラインハルトに、「ライ!?」と玲音が叫び声を上げ、
遠退く意識の中で、こちらへと駆け寄るリュークと、
「──誰か! 直ぐに!」
指示を出すエレオノーラの姿が見えた。
倒れて意識を失ったラインハルトの身は、侍従達に運ばせた。
「ライは!?」
焦ったように尋ねる玲音に、言葉は分からなくてもその感情はちゃんと伝わって、エレオノーラは、
「大丈夫。 ちゃんとお医者様に見てもらうから。
───リューク、貴方なら直ぐに話せるようになるわね? 付いててあげて」
直訳すれば、さっさと通訳出来るようになれ。との言葉を告げて、
「うへぇ」という顔をするリュークに玲音を預け、公爵と向き合う。
「叔父様、とりあえず今日はこれで失礼します。 また後日ご招待致しますので、その時は」と、ニコリと微笑めば、
ローマン公は穏やかな笑みを崩すことはなく、
年齢からくる訳ではない家系の、エルヴィラと同じ白い髪を揺らして、
その彼女の年の離れた弟である男は、
「お手柔らかに」と、胸に手を当て体を折った。
教会は独立した組織と言えども、王国に連なる者、女神に仕える者としてやはり影響力は強い。
こんな人衆の目のあるとこでの会話は下手を打つことは出来ない。
それに、ラインハルトのこともあるので今日のとこは引き下がる方が得策だ。
エレオノーラは倒れた彼の元に行きたいのであろう、ソワソワとした玲音とリュークを連れてその場を後にした。
エレオノーラに連れられて、去ってゆく玲音の背を見つめながら、ローマン公アイヴァンは、珍しく笑みを浮かべることもなく硬い声で告げる。
「女神、何故勝手なことを・・・」
女に宿ったままの女神エデルガルトは何も言わず、アイヴァンは小さくため息をつくと、
「──で、勇者殿に何をしたんですか?」と、少し責めるように尋ねれば、
女神は暫く黙った後、
「・・・・・私は、何もしていない、するわけがない。
ただ、向こうに掛けられた術と反応しただけで・・・」
一度言葉を切ると、人間臭く爪を噛んで、
「──忌々しい、あの男も、あの男に連なるものも!」
その声と共に女の姿が再度ぶれて、支配から解かれた女の体はその場に崩れ落ちた。
「きゃっ!」と、近くにいた者達が驚き騒ぐ中、アイヴァンはさっさと身を引きその場を離れると、騒ぎを遠目に足を止める。
傍らにはまだ微かに残る女神の残滓。
ラインハルトとは違いアイヴァンには、何かに宿らぬ限りその存在を臨むことは出来ない。女神像から想像するエルヴィラに似ているその姿を。
実際にそれは逆なのだが。
アイヴァンは、玲音の笑顔を思い出す。
姿や顔立ちが似ている訳ではない。ただ、ふっと浮かぶ表情に姉の面影を見る。
「・・・どうしたいのだろうな、自分は」
アイヴァンは皮肉げな笑みを口元に浮かべると、まだ人がざわめく会場に背を向けた。




