異世界旅行は波乱がいっぱい 3
教会は女神エデルガルトを主体とする組織。
国に属すことは無く独自の制度の元に運営されている。
勇者という存在は女神に寄って選定されているのだが、それは教会とは別の、女神自身からの特別視である為、教会に縛られることはない。
今までのラインハルトなら別段教会に思うところは無かったのだが、
エデルトルートの話、エデルウォルドの言動、聖の魔法を司る聖なる精霊は教会の守護者で。
それを顧みると教会に疑問を持たざるを得ない。それに女神が関わっているのかは別として。
教会の白い服を纏った一団の、一番先頭に立つ男が、
満身創痍のラインハルトを見下ろすと、
「勇者ラインハルト、我々と共に来てもらうか」
その連れの者も。と、玲音に視線を向ける。
咄嗟に、身につけていた外套で玲音を隠すと、男はニヤリと笑った。嫌な笑みだ。
教会に行くことはラインハルトの目的の一つでもある訳だが、今は玲音が一緒にいるのでそれは避けたい。
「断る選択肢は?」
「今の貴方にそれが出来るのなら」
思ってただろう返事が返る。男の顔を見るにそれはもう決定事項なのだろうことは分かっていたのだが。
「さぁ、一緒にいきましょうか」と、
優位な笑みを浮かべて言う男は、後ろに控えていた男達に合図を送り、その合図を受けこちらに近づいてくる男達。
だが、反対方向から聞こえてくる足音に気付き、慌てて詰め寄って来ると、急いでラインハルトの腕を取った。
脱臼している方の腕を捕まれ、痛みに声をあげれば、指示を出した男は「早くしろ!」と、声を落として言う。
それを見て、ラインハルトはわざと大きく声をあげて痛みを訴えれば、男達は一層慌てて動揺した。
どうやら、秘密裏に事を運びたかったようだ。
「今、声が聞こえたぞ!?」
「こっちだ!」
すぐ近くで声が聞こえた。
それと同時に姿も現れて、今度こそ思った通りの国王軍の兵士達だ。
「・・・ん? 何で教会の者が・・・?」
目的の場所に到着すれば、怪我をした状態の自分と教会の者達がいて、兵士達は不思議そうな顔をする。
ラインハルトは男達が何か話す前にと、咄嗟に声をあげた。
「俺は勇者ラインハルトだ! 国王軍なら近くに将校か誰か居ないか!」
「──え!!」
「勇者様!?」
「うっそ、マジで!?」
ざわざわと兵士達の間でざわめきが起こり、
教会の男はチッと舌打ちをしたが、直ぐに笑顔を作り、
「いやー、たまたま通り掛かったら、怪我してる勇者様が居たもので。
専門ですので、良ければこちらで治療させて頂きますが?」と、
にこやかに言う。
それに対して口を開こうとしたラインハルトだが、
「勇者だと!? ラインハルトなのか!?」
声と共に兵士達を掻き分けやって来る大柄な男の姿を見て、その口を閉じた。
険しい表情を浮かべた大柄な男は、目の前まで来るとこちらを見下ろし、
見上げたラインハルトが、
「やあ、久しぶりだな。ヴィレム」
再び口を開き笑いかければ、
男は急に顔を歪めて、
「お前どこ行ってたんだよぉぉー、心配したじゃねぇかぁぁー」と、
大きな声をあげた。
その声に周りが驚く中、ゴツい体を屈めラインハルトに抱きついてきたヴィレムは、ラインハルトのパーティーだ。
現在、後二人仲間はいるが、体格的にもヴィレムは完全物理的攻撃派の戦士で、
だけど気は優しいという、あちらで言うギャップ萌えというヤツで。
ラインハルトはヴィレムの背をポンポンと叩きながら、目の前に立つ男を見た。
教会の男は今は分が悪いと判断したのか、
「お仲間がいらしたのなら、私達はもうお暇いたします。
これからはお気を付け下さい、勇者様」
不敵な表情を浮かべ鼻白んで言うと、仲間と共に去っていった。
とりあえずは一難去ったと、まだ抱きついている男に、
「そろそろ、離してくれ。でないと、俺とお前の間で潰れてしまう子がいるんだ」
ラインハルトがそう告げると、涙と鼻水を垂らした男が体を離し、自分の胸元を除き込む。
そこに居る目を瞑ったままの玲音を見つけて、不思議そうな顔でこちらを見つめたが、ラインハルトもそろそろ限界で、
「説明したいんだけど・・・、そろそろ俺も限界か、も・・・、」
「──え? あ、おい! ラインハルト!?」
ヴィレムの慌てた声を聞きながらラインハルトも意識を手放した。
───誰かが、泣いてる声がする。
何もない空間。
泣き声の方に目を向ければ、小さな背が見えた。
その背に流れ落ちる長い淡い色の髪、その髪の色で誰かを思い浮かべかけたが、形にならずに消えた。
どうして泣いているのか? と尋ねれば、
結局誰も自分を愛してはくれないのだと泣く。
『私を選らばなかったあの男は、でも私に似たあの子を選んだ』
『私が慈しんだ子もまた、私の元から去った』
「そして───貴方も、
私の前から去ろうとするのね・・・」
「えっ・・・俺・・・?」
自分の口から漏れた言葉で、急速に意識が浮上して、
「──ラインハルト?」
ゆっくりと開けた目の前には、こちらを覗き込んでるヴィレムの顔が見えた。
「大丈夫か・・・・?」
心配げな顔の男に、大丈夫だと告げてラインハルトは身を起こす。
脱臼した肩も、折れた肋や擦過傷も全て治っていて、
「迷惑かけたな・・・色々と、すまない」
怪我の治療のことだけでなく、連絡も取れないまま行方知れずになった事を含めて謝る。
「そんなことは別に構わないさ、でも・・・」
ベッドの脇にある椅子に座ったヴィレムは、事情を聞きたそうではあったが、ラインハルトも何処まで話していいかまだ迷っていて、
口を開こうとして躊躇する。
そんなラインハルトを見て、
「───まぁ、いいさ、 話したくないなら話さないでも。
とりあえず無事で良かった!」
ヴィレムは笑顔と共に言う。
話したくない訳ではないがヴィレムがそう言ってくれるなら今はそれに甘えよう。
「そう言えばお前変な寝言喋ってたぞ?」
「寝言?」
「ああ、何か泣いてるとか何とか?」
「んー・・・?」
そう言えば目覚める前に、何か夢を見ていた気がする。
小さい、震える肩を覚えている。
「・・・──ん? あっ!!」
ラインハルトが急にあげた大きな声にヴィレムが驚く。
「なんだ! どうした!?」
「──玲音は!? あの子はどうした!?」
凄い勢いで尋ねれば、ラインハルトに圧され、「れ、れおん?」と聞き返した男に、
「そう! 俺が抱えてたあの子だ!!」
勢いそのままに再び尋ねる。
「──ああ、あの別嬪な娘か。
・・・何だぁ? そんなに慌ててー」
ヴィレムがニヤニヤ言う。それが少し癪に障るが、
「無事なんだな?」と。
「もちろん。 今は第二居館の来客用寝室に居るぞ」
・・・・・ん? 第二居館・・・?
来客用寝室だと!?
「ちょっ、ちょっと待て!」
ラインハルトが慌てて言えば、──ん?とヴィレムが視線を向ける。
だが、コンコンとドアをノックする音で、
「ちょっと待ってくれ」と席を立った。
ラインハルトは男を待てずにベッドから降りると、急いで窓際へと向かう。
そこから見えたのは見覚えのある街並み。家々の窓には色とりどりな夏の花が咲き乱れていて。
ここは花の都、このリテニア大陸で最も栄えるブルーメシュタット。そして今自分がいるのは、その中心に聳えるヴァイスフリューゲル城だと知った。
唖然としたまま街を見下ろしているラインハルトに、部屋へと戻ってきたヴィレムが声を掛けてきて、すまん。と謝る。
「その、玲音なんだが・・・、」
少し言いにくそうに言葉を切った男は、唖然とした表情のまま振り向いたラインハルトに、
「姫さんが連れてっちまったみたいだ・・・」
申し訳無さそうに言う。
それを聞いて、今度は愕然とするラインハルト。
「ど・・どうして、城に・・・?」
「ああ、姫さんにお前が見つかったこと話したら、今直ぐに城に連れ帰れってさ」
城の転移ゲートで帰って来たんだ。と。
ラインハルトは直ぐに行動に移した。
部屋を出て行こうとしている自分に、ヴィレムが声を掛けてきたけれど、
それに返事を返すこともなく廊下へと駆け出した。




