異世界旅行は波乱がいっぱい 1
出発は玲音の夏休みを待つこととなり、
その夏休みを数日後に控え、予定より大分遅れてやっとピーちゃんも戻って来た。
だけど、携えた書面に書かれていたことはエデルウォルドが語った内容と差ほど変わりはなく、
大役を終えたピーちゃんは今、リビングへと出してきた鳥籠の中で羽繕いしている。
ラインハルトは鳥籠に近寄ると扉を開ける。
ピーちゃんは一度首を傾げるような仕草をした後、ピッと鳴き声をあげて、差し出した手の上にちょこんと乗った。
その愛らしい姿は竜だと言われても全く想像出来ないが、ふっくらとしたキラキラとグレーに光る羽毛の色は古代竜の鱗と同じ。
そのふくふくの姿を、目を細め幸せそうに眺めているラインハルトを見て、メルヒオールが呆れた声で言う。
「ユキの時も思ったが、お前小動物が好きなのか?」
「いや、このもふもふを何とも思わない方がおかしいだろ?」
そんなラインハルトの返答に、メルヒオールは表情さえも呆れさせた。
けれど、その表情を改めると、
言っておかなければならないことがある。と、
「向こうに渡れば──、俺とお前は敵同士になるわけだが、」
そう静かに言うメルヒオールを見て、ラインハルトも、
「うん、そうだね」と、声を落として答える。
来た当初であれば、この男に敵意を向けることは容易かっただろう。けど今となってはそれは難しいかもしれない。
三日も暮らせば情が移るというが、既に三ヶ月も経過しようとしている。
それだけでなく、メルヒオールは玲音にとっては身内も同然だ。
口では色々と文句を言っている玲音だけど、実際、心の底でどう思っているのかなんてことは、他人では計り知れないことで。
出来るなら玲音を悲しませるとこはしたくない。
それは魔王に対しても然りで。
向こうに戻ったとして、そんな自分に勇者としての使命を全うすることが出来るのだろうか?
場合によっては───・・・、
「──まぁ、玲音様が一緒にいる限り俺がお前と敵対することはないから安心しろ」
一度止めていた言葉を再び続けた男に、思考の中に入り込んでいたラインハルトは視線をあげる。
「お前が玲音様を傷付けるはずがないと知ってるからな」と、
そう言うメルヒオール。そして、しかし──、と続けて、
「お前は困難な道を選ぶのが好きなのか?」
やはり呆れた声で尋ねる。
その言葉に、ラインハルトは、アハハと乾いた笑いで返した。
というのも、レオディアスによる『向こうにおける玲音に対する規約』というモノが作成されていて、それは多岐にわたり30項目にも及んだ。
でも途中、エデルトルートからの物言いが入り、10項目に減らされた上に、
『この項目は玲音自らが行うことについては、それを含まない』と但し書きが追加されて、
そこについてはレオディアスとエデルトルートで大分揉めてたようだが、結局のところエデルトルートが勝ったようだ。
まとめられたそれを見て、ラインハルトは、何だかなぁ・・・。とは思ったが、
レオディアスの笑みが怖かった為、口には出さず受け取った。
夏休みに入り、初めて迎える新月の夜に、
「ライ、これも持ってく?」
出発前の最終確認をしてるラインハルトの元に、少し髪の伸びた玲音がタブレットを持ってやってくる。
「玲音、それ持っていっても多分使えないと思うぞ」
「えー、何でさ?」
「いや、だって電波ないだろ? オフラインで使えたとしても充電切れたら終わりだけど?」
「えー・・・、でも持ってこっ」
モバイルバッテリーも沢山積んどこー。と、急いで部屋に戻る玲音は何だか楽しそうだ。
玲音にとっては遠足気分なのだろう。
玲音の後ろ姿を見送った後、荷物をまとめ終わったラインハルトは部屋を見渡す。
こちらで過ごして来たこの部屋、もう戻ることはないだろうと綺麗に清掃も済ませた。
コンコンと、ノックの音を聞いて振り替えれば、開けられたままの扉の横に立つエデルトルート。
「えらく綺麗に片付いてるな」
整えられた部屋を見て言う。
ラインハルトが、ええ。と頷くと、
「ラウルにも挨拶をしたみたいだね。
・・・・もう、戻らないつもりなのか?」
そう静かに問いかけてきて。何も言わずに、ただ笑みで返せば、
エデルトルートは一度小さくため息をついた後、「レオディアスが用意が終わったら屋上に来てくれと言っていたぞ」と告げた。
エレベーターからキーを使い屋上に上がると、みんな既に揃っていて、
「ライ、遅い!」と玲音に怒られた。
その玲音の肩にちょこんと乗るピーちゃん。レオディアスはそのピーちゃんを指先に乗せると、
「みんな少し下がっていて」
そう言って指先に止まるピーちゃんを空に掲げた。
レオディアスが何か言葉を紡ぐと、その指先が黒い球体に包まれて、レオディアス自身も後ろへと下がる。
球体はそのまま徐々に大きくなり、避難していたみんなの目前まで迫ると、今度は萎んでひとつの姿を形取った。
ここから見下ろす街並みのような、暗闇にキラキラ光る鱗を纏った赤い瞳を持つ巨大な竜。
レオディアスは赤い瞳で見下ろす古代竜に手を伸ばすと、
「その姿では久しぶりだね、ピアヴォニウス」と、目を細めた。
美しい巨大な竜は、鼻面をレオディアスへと近づける。まるで、じゃれるように。
ピアヴォニウスとは、この古代竜の名前だろうか?
小鳥だからピーちゃんじゃなかったのか。と、男と竜の交流を眺めていたら、
レオディアスがラインハルトの方を向き、
「今度は君の番だな」と、こちらに近付いて来た。
その言葉に首を傾げるラインハルト。
「あのゲートを通るには君の女神の気配が邪魔なんだ」
だから、暫く消さしてもらう。と、レオディアスは夜空のように美しいブルーグレーの瞳で視線を合わせ、ラインハルトの額に手を当てた。
途端にピリッと走る痛み。
「──っ!!」
その痛みに、思わず瞑った目を再び開けると、
自分の額に当てていた手を押さえているレオディアスがいて、その手からは滴り落ちる血が見えた。
「!? レオディアス!!」
慌てて声を上げれば、
「大丈夫だよ、これくらい。 ・・・それにしても、
父親だけでなく僕も相当に嫌われているようだね、女神様には」と、皮肉げに笑う。
横にいたエデルトルートが、メルヒオールが差し出した布を受け取りレオディアスの傷付いた手を包む。
「ったく、お前は人間なのだから傷付き血も流れるのだぞ」
「うん、そうだよね。 でもまぁ上手くいったよ。
これで女神からの妨害は暫く防げると思うんだけど」
レオディアスが口にした言葉に、ラインハルトは怪訝な顔をする。
「女神からの妨害?」
ああ、そうだよ。と、包んでいた布を器用に巻き直したレオディアスが言う。
「ゲートを通過するのに邪魔なのはそうなんだけど、
向こうに入った途端に君の気配を女神側に察知されてしまうからね。その為の処置だよ」
そう言われて、
「どうしてそんな必要が?」と口にすれば、
レオディアスは眉間にシワを寄せると、
「君・・・、ちゃんと規約読んだよね?
『玲音に降り掛かりうる障害が、事前に察知出来るなら速やかにそれを排除すべし』
・・・・・玲音が女神側から狙われていたこと忘れてないよね?」
低く尋ねるように言う。
あっ!そうか!と、ポンと手を打ちたくなったけど、それは何とか押さえて、
「そっ、そんなっ、忘れるだなんて、無いですって!」
アハハーと、思わず大きな声がでる。
レオディアスはまだ何か言おうとしてたようだが、ラインハルトはこれ以上ここにいるとまずい気がして、
そそくさとその場を離れると、古代竜ピアヴォニウスと戯れている玲音の元へと移動した。
「あっ、ライ、ピーちゃん凄くね! めちゃくちゃ格好いい!」
こちらへと来た自分に、本来の姿に戻った古代竜を見ても、まだピーちゃんと呼ぶ玲音。
ピアヴォニウスも別に気にしている様子もなく、むしろ、
「俺、この姿のピーちゃん見るの初めてだけど、すげー格好いいじゃん・・・」
憧れのような眼差しをむける玲音に、満更でもなさそうだ。
そして、気を良くしたような古代竜は頭を下げ、玲音に騎乗を促して、
玲音もそれが分かったのかピアヴォニウスの背に乗ると無邪気にはしゃいでいる。
( うーん、やっぱり遠足気分だよな・・・ )
レオディアスの心配をよそに、玲音はやっぱり楽しそうだ。
ラインハルトは同じく戻れることに少し浮かれていたのか、色々なことをすっかり忘れていた自分に、カツを入れるように両頬を軽く叩く。
まずは玲音とメルヒオールと共に、彼らにとってはまだ安全であろう城砦都市シュバルツブルクに向かおう。
そして、玲音と別れてから教会に向かい、女神エデルガルトと対面しよう。
そう計画を立てると、既に騎乗を終えてるメルヒオールの後ろへとその身を躍らせた。




