元精霊が語るただの裏事情
「玲音やっぱり危ないから止めた方がいいんじゃないかい?」
「イ、ヤ、だね、絶対!」
あれから数日経ったというのに、まだレオディアスと玲音の攻防戦は続いていて。
しつこい父親に嫌気が差した玲音は自室へとこもり、愛する子にすげなくされたレオディアスはエデルトルートの目の前のソファーに、肩を落として座った。
そのまま、暫くうつむいていたレオディアス。
だが、急に思い付いたのか、
「・・・・そうか、簡単じゃないか!
あの空にあるゲートを壊してしまえばいい!」
そう言いながら立ち上がり、
エデルトルートは呆れた目で、「そんなことをしたら、それこそ完全に詰むぞ」と、言えば、
「バレなきゃ大丈夫だ」
何故だか自信満々に言う。
( バレなきゃって・・・、そりゃムリだ )
そもそもそんなこと出来るのは、そのゲートを作った本人、今は行方不明の魔王と、その息子であるレオディアスだけだろう。
容姿も力も受け継いだ美しい男。レオディアスにはそれだけの力がある、それは玲音にも承知の事実で、
「確実にバレるな」
当然のことと告げれば、レオディアスは再び肩を落としてソファーに座り込んだ。
エデルトルートは一度ため息をつくと、開いていた本を閉じ、立ち上がりレオディアスの横へと腰を下ろす。
そしてヒューブレリオンとよく似た顔立ちの男を除き込んで言う。
「メルヒオールもラインハルトも行くのだから大丈夫だろ?」
「余計心配だ!」
自分が告げた言葉に、瞬時に反応すると不満げな顔をするレオディアス。それを見て、
「あんまり、ラインハルトをいじめてやるなよ」と、
エデルトルートは苦笑した。
レオディアスの笑顔がここ数日前、体育祭の頃から、
明らかにラインハルトに向けてだけ、その笑みが深くなった。
言葉の端々にもそれは現れていて、ラインハルトもそれは感じ取ってるようで、レオディアスには微妙に距離を置いている。
まぁ、ムリもない。
玲音自身に自覚はないようだけど、ラインハルトには随分心を許してるようで。
玲音がラインハルトに向ける態度が父親としては許されないのだろう。
ただめったに帰らない癖に、帰って来た時だけ必要以上に構うレオディアスを、鬱陶しがる玲音の気持ちも分かる。だから、
「あんまり過保護にしない方が良いよ。構い過ぎても、その逆でも。
それは身に染みて知ってるだろ?」
エデルトルートがそう言えば、その言葉に、レオディアスは視線を落した。
魔王ヒューブレリオンが、息子であるレオディアスを気に掛けることはなく、
彼はラウルとエデルトルートによって育てられたと言っても過言はない。
だから、レオディアスが行方不明の父親を気にかけないのも仕方がないことかも知れない。
だけど、玲音はそんなことはないだろう。
現に次の日には、レオディアスが居ないのを見計らってだが、エデルトルートの側に来ると、
「・・・言い過ぎたかな?」と、ポソッと尋ねてきて。
エデルトルートは小さく笑みを浮かべると、
「そんなくらいではめげないだろ、あいつは」と、玲音を安心させる。
そして、そのまま横にポスンと座った玲音に、
「玲音はラインハルトが好きなのか?」と、尋ねれば、
「───はっ!?」
( ・・・うん、ラインハルトと同じ反応だな )
唐突に尋ねたことに、即座に真っ赤になって反応した玲音を見て思う。
そして、「違うし・・・っ!」と、赤い顔のまま拗ねたように言う玲音が可愛くて、エデルトルートは目を細める。
玲音は、私やレオディアス、ましてやヒューブレリオンよりも、エルヴィラに似ているな。と、
拗ねる我が子を見て、玲音の祖母である少女を思い出して懐かしく思う。
私達とは違い、彼女も感情を直ぐに表に出す少女だった。
玲音が女性という選択肢を選べば、それを強要する訳ではないが、
あの亡くした少女との時間を再び取り戻せるような気がして。
レオディアスには悪いが、エデルトルートとしてはラインハルトには頑張って欲しいところなのだが。
そんなふうな勝手な応援を受けるラインハルトは、玲音より大人な分、自分の感情をちゃんと理解していて、
だけど逆にそれが自らの立場をも分からせているようで、
「何だよ! ライも親父の肩を持つのかよ」
同行には反対の意見を示し、玲音が不満を口にする。
「そういう訳ではないが、向こうの動きが分からないままでは簡単に頷けるもんではないだろ?」
「でもっ・・・!」
「それに魔力も力もない玲音では、何かあった時に護れる術がないじゃないか」
「・・・・・」
ラインハルトが言う正論に、玲音は何も言えず口をつぐむ。
「・・・・・でも、
ダンジョンだって連れていってくれるって、
・・・約束したじゃん」
再び口をひらくと、小さな声でポツリと呟いた玲音。
うつむいた、その寂しそうな姿に、
「うっ・・・!」と、今度はラインハルトが言葉を詰まらせる。
傍から見ていたエデルトルートでさえ胸にグッと来たのだから、真正面で向き会うラインハルトには相当に堪えただろう。
「そ、そうだけどっ!」と、
ラインハルトは持ちうるだけの精神力全て使って反論を試みようとしたようだが、
「それに、ライが護ってくれるんだろ?」
玲音の上目遣いのお願いに、その努力は呆気なく陥落した。
( 我が子ながらなかなか末恐ろしいな・・・ )
顔を抑え、天を仰いでいるラインハルトを見て思う。
何も言わないことを、承諾の意と捉えた玲音は、
「やっぱりライは俺の味方だよなっ」と、
無邪気な笑顔で言えば、すごく複雑な表情を浮かべたラインハルト。
エデルトルートは、そんなラインハルトに少しだけ同情した。
既にあきらめているメルヒオールを除いて、後は一番頑なだったレオディアスだったが、
「分かった。行っていいよ、玲音」
帰ってくるなり開口一番そう言った。
レオディアスの姿を見て、さっさと自室に戻ろうとしていた玲音は「──えっ!?」と、足を止めると、
「マジかよ!」と、明るい顔で詰め寄ってきて、
そんな玲音を満足そうに眺め、レオディアスは笑顔で告げる。
「その代わり、僕らも同行する」と。
玲音は、うーん。と、唸った後、
それくらいなら別にいっか、と頷いたのだけれど、
「──言っとくが、私は同行出来ないぞ?」
エデルトルートは、僕らと言ったレオディアスに向けて言う。
「えっ・・・、
───あっ!? そうか・・・」
思い出し口を押さえた男に、
「忘れてたな? 私があちらに行けないことを」
呆れたように言う。
エデルガルトと決別した時に、その力は教会に封印され、女神の名においてあの地から追放された。
もう二度と向こうの世界に行くことは叶わない。
でもそれは全く構わないことで、あの地に居たくないと望んだのは自分。
それ以上、母である女神を憎みたくなかったから。
「・・・どうしよう?」
困った顔をするレオディアスに、
「私は別にひとりでも大丈夫だぞ? ラウルも居るし」と言えば、
僕が嫌だ。と即座に返される。
そのまま暫く悩んでいたレオディアスは、仕方ない。というようにため息をつくと、
「・・・不本意だが、メルとラインハルト、玲音を頼むよ」
ダイニングで成り行きを見守っていた男達に言う。
私はひとりでも全く困らないと言っているのに、レオディアス自身が言うのだからしょうがない。
策略を巡らした訳ではないが、一番面倒くさいお目付け役を省いた、自分が望んだ形での、玲音の異世界ドキドキ旅行が遂行されることとなり、エデルトルートはほくそ笑む。
我ながらひどい母親だとは思うが、玲音が女子力を身につけるにはドキドキハプニングが必要なのだと。
その矢面に立たされるラインハルトには気の毒に思う。
けど、仕方ない。元とは言え、精霊は自分の欲求には忠実なのだから。
そしてその通りに、矛先は彼に向かったようで、
「しいては君と少し話がしたいと思うんだよ、ラインハルト」
深く笑みを浮かべたレオディアスが言う。
ビクッと体を揺らしたラインハルトは、助けを求めるようにこちらを見たけれど、
エデルトルートは小さく首を振ると、ただ肩をすくめただけだった。




