体育祭は恋のバトル 5
伸びて倒れてる男達は、観覧席に案内してくれたひょろ長い男を捕まえて、後は全て任せた。
意識を取り戻した少女はやはり何も覚えてはおらず、ならばもう用はないだろうと玲音がさっさと連れて行ってしまった。
「じゃあ、僕は玲音の勇姿を見ないといけないからグランドに行くよ」
レオディアスが言う。
この自分の疲労感の半分はこの男のせいだと、ラインハルトが怨みがましい目で見れば、レオディアスは思い出したように、
「あ、そうそう。観覧席の手前の廊下に落とし物をしたんだよ」
拾っといてくれないかい?と、笑顔で告げて去っていった。
まぁ、どうせ戻る道すがらだと、その場にたどり着けば、転がり伸びてるツンツン頭の少年を見つける。
( 落とし物ってこれか・・・?)
だけど、面倒くさそうだったのでそのまま通り過ぎようとしたら、ピクッと、運悪く少年が意識を取り戻したようで、
仕方ないので少年の横に屈み声をかける。
「おい、大丈夫か?」
「いってぇー・・・」と、頭を押さえ起き上がったマサトは、横に屈みこんでるラインハルトに目に止めると、
「あっ! お前っ!」と、立ち上がった。
そして、辺りを見回した後、「玲音はどうしたんだよ!」と聞くので、
「もう大分前にグランドに戻ったぞ」
お前を置いて。と、哀れみを込めて言えば、
マサトは、ばっ!とこちらを振り返えり、ぐっと唇を噛みしめたが、最後はしょぼんと肩を落とした。
その姿に、何となくラインハルトも同情し、観覧席に食べ物があるから来ないかと誘えば、もう文句を言うこともなく肩を落としたままトボトボと着いてきた。
「あはは、何、この子? 面白ーい」
追加で用意されていた軽食を、ガツガツとやけ食いするマサトを眺めてカミラが言う。
途中むせた少年に、「あーあ、珈琲飲む?」と世話まで焼いている。なので、少年のことはカミラに任せて、ラインハルトはエデルトルートとラウルの側へと向かった。
「大丈夫だったか?」
何だか分からないけど、心配そうに尋ねるエデルトルートにラインハルトは、大丈夫だ。と頷くと、
エデルウォルドに会ったことを伝えた。
「・・・そうか。確かに、あいつは一番こちらでも活動しやすいだろうな。『魔』と同じく、『聖』もこちらには溢れているからな」
エデルトルートは頬杖をつき、遠くを眺めるように言う。
彼女の向かい席に座るラウルは、
「でも良かったではないか、ヒューブレリオンが倒された訳ではなくて・・・」
そこまで言って一旦言葉を止めると、ラインハルトを見て、
「君にとってはどっちなのだろうね」と、
労るような笑みを浮かべた。
そして、ラインハルトが複雑な表情をしたのを見て軽く笑うと、
「すまない、意地悪な質問だったね、忘れてくれ」
ラウルはそう言うと、視線を落とす。
「しかし、どこに行ってしまったんだろうね、あの方は」
誰にでもないラウルの問い掛けに、ラインハルトも答えることはなく、グランドでは既に体育祭の閉会式が行われていた。
レオディアスとエデルトルート、それにメルヒオールは先に引きあげた。
一度教室に集まってから解散という玲音を待って、
残りの四人は一旦ラウルの店までタクシーで向かい、近いからと帰り道を二人並んで歩く。
「玲音荷物渡して」
広い通りに出てラインハルトは、玲音が肩にさげてる荷物を受け取ると、通りの車道側を歩く。
「ライってば、結局全然見てなかったじゃん」
微妙に拗ねた口調で言う玲音に苦笑しながらも、確かにその通りだなと。
色々あって結局のところ玲音がグランドにて競技をしている姿をラインハルトはひとつも見ていない。
そう、色々──。
女神の劵属、聖なる精霊エデルウォルドの言い分を聞くに、やはり自分が玲音の側にいることは良くないかも知れない。
魔王が倒された訳ではないということは自分の使命はまだ残っていて、
それは果たさなくてはいけないもの。
だが、今の自分は・・・。
「──ライ?」
不審げな顔で玲音がこちらを覗き込んでいる。
ラインハルトは険しくなっていただろう自分の顔を緩めると、
「なんでもない」と告げて、そのまま静かに玲音を見下ろす。
何も言わないまま、だだ自分を見つめるラインハルトに不安を覚えたのか、
再び玲音が「ライ?」と呼び掛けて、
自然に手が伸び、その白い頬に触れる。
「なっ──、何!?」
驚いたように、でも身を引くことはなく、頬に赤みが差した玲音。
急に伸ばされた手に動揺する玲音の姿を見て、ラインハルトは少し苦笑する。
それに、見えるはずないのだが、マンションからプレッシャーのようなものも感じるので。
「玲音、顔凄い汚れてる」と、
汚れなどないその頬を拭う素振りをすると、ラインハルトは、さ、帰ろう。と玲音を促す。
「何なんだよ!」
怒る玲音に笑顔を向けながら、
早急に向こうに戻ることを考えなければと、ラインハルトは心を決めた。
夕食を終えて、玲音が自室に引きあげた後、
リビングで今日撮った画像の整理をしているレオディアスに、ラインハルトは尋ねる。
「向こうに渡る手立ては何かないだろうか?」
真剣な表情に、男の隣に座っていたエデルトルートが、「ラインハルト?」と、疑問の表情で名を呼ぶ。
自分が手を打たなくとも、暫くすればまたエデルウォルドが声を掛けてくるかも知れない。でも、不利な条件を出されるなら、
玲音をダシにされるくらいなら、こちらから向こうに戻った方が得策だろうと。
そう思い、レオディアスに尋ねてみれば、
タブレットから視線を上げて、ふーん。と、ラインハルトを眺めた男は、
「・・・やはり君は勇者なのだな」
それが性か。と、よく分からないことを言うと、
「行けないこともないよ」
あっさりとそう答えた。
その答えに、
「本当に!?」
「レオディアス?」
ラインハルトとエデルトルートが同時に声を上げる。
「──ん? だって、ピーちゃんは向こうに渡れるんだから」
当然のことのように言うレオディアス。
「それは、そうだが・・・」と、エデルトルートが難色を示せば、
「魔王様を探したいので、私も一度向こうに戻りたいんですが?」
片付けを終えたメルヒオールも話しに加わってきた。
取り残されたラインハルトは、
「いやいや、待ってピーちゃんて何!?」
いつもの如く、そのまま放置されそうで慌てて尋ねれば、
「君も会ったんじゃないのかい? うちで飼ってる可愛いペットのピーちゃん」と、
不思議そうな顔のレオディアスに尋ね返されてラインハルトは困惑する。
だけどそこに、メルヒオールからの助け船が入って、
「こいつは会ってないですね。
──ほら、お前が来た時に連絡を取ると言っていただろう」
こちらに視線を向け言うメルヒオールを見て、
連絡とは、玲音が言ってた伝書小鳥のことだろうか?とラインハルトは思ったが、
「小鳥だって・・・?」
「ああ、小鳥だな」
肯定されて、更に困惑する。
そんなラインハルトに、今度はエデルトルートからの助け船が入る。
「ピーちゃんは、こっちでは小鳥だけども、実際は古代竜なんだよ。だから大の男二三人乗せて飛ぶことなどはどうって事はないんだ」
( ──はっ!? 古代竜って・・・)
竜の最上位種ではないか・・・と驚くラインハルト。
エデルトルートは、──けど。と続けて、レオディアスの方を向き、
「さっきも言おうとしたけど、こっちでは竜の姿にはなれないだろ?」
エデルトルートが言う。あっ!と、メルヒオールも口を開いたが、
「それは、僕が何とかするよ」と、
レオディアスが余裕の笑みで答えた。
「──じゃあ、俺も行く!」
急に聞こえたその声に、
レオディアスの笑みが固まった。
そして、ここにいる全員が声の主へと目を向けると、
そこには部屋に戻ったはずの玲音が、腕を組んで仁王立ちでいて、
「俺も行く」と、再び繰り返した。
「い、いや・・・、玲音?」
珍しく焦ったようなレオディアスの声に、
「俺・も・行・く!」
玲音は、一言一言句切るように三度同じ言葉を繰り返す。
誰よりも玲音の保護者歴が長いメルヒオールは、深くため息をつくと、
「こうなった玲音様は何を言っても無駄ですよ」
あきらめて下さい。とレオディアスを見る。
「今更撤回すれば、余計玲音に嫌われるぞ?」
妻のエデルトルートさえもそう言う。
話の流れ的に何となく口を挟んではいけないような気がして、
ラインハルトは黙っていたのだが、
レオディアスがお前のせいだとばかりにこちらを眺めてきて。
確かに最初に話の流れを振ったのは自分かもしれないけども、
玲音がそれに乗っかってくるだなんて、わからないじゃないかと。
( いや、でも何となく、その為に玲音が部屋に戻った時を見計らったんだけどね)
ラインハルトは男の恨みがましい目から逃れる為に、
「今日は何か疲れたなぁ。先に失礼しますね」と、笑顔で告げてさっさとリビングを後にした。




