異世界勇者のただの日常
玲音の両親は直ぐに海外に旅立つと思っていたが、しばらく日本に留まるらしく。
エデルトルートは空き家だと思っていた隣へと、
どうやらそこも持ち物で、玲音も一緒に暮らそうとしつこく誘うレオディアスを引きずるように帰っていった。
次の日、珍しく朝からきっちりとした格好の玲音は、
「俺、今日から学校だから」と、7時半には家を出た。
朝には部屋から出てきたメルヒオールと、ラウルの店に行くにはまだ時間の早いラインハルトは、淹れたての珈琲を飲みながらダイニングに着いている。
少し憔悴したような男の姿にラインハルトは何となく気まずく思い、
「そう言えば玲音は学校だと言ってたけど、幾つなんだ?」と、
思い付いたことを尋ねてみれば、
相変わらず敬称を付けないラインハルトにメルヒオールは少し顔をしかめたが、
やはりあまり元気がないのか声を荒げることはなく言う。
「12才だ、こちらでいうとこの中学一年生になる」
中学一年生というのが、どういう意味かは分からないけれど、玲音の年齢を聞いて、そうか。と、
頷いたラインハルトの口から漏れた言葉は、
「・・・二次性徴が終るのって何歳くらいなんだろうな」
「・・・? 大体17か18才くらいだろ?」
急に何言ってんだ?という顔でメルヒオールが答える。
「え・・・?」
あれ? 今・・・、
(俺、口に出てた!?)
今更だが、口を手で塞ぎ、顔を赤くするラインハルト。
訝しげな顔を向けるメルヒオールに、
「イヤイヤイヤ、何でもないよ!」
慌てたようにそう言うと、
「さっ、俺もう時間だから行くわ!」と、
まだ時間は充分あるのだけれど、立ち上がりさっさと用意を済ませると、ラインハルトは家を出た。
「うわぁー、本当に何なんだろ・・・俺」
ラインハルトは歩きながら頭を抱える。
こちらに来て勇者という職務から外された生活を送ってる内に、何だか駄目になってる気がする。
そもそも魔族や魔族に関する人々、関することを選んだ人々と仲良く、
か、どうは分からないけど、一緒に暮らしているこの状況。
これはもう既に裏切りと言われてもしょうがないかも知れない。
だけど、この状況をさほど嫌と思ってない自分がいて。
それどころでなく、むしろ──・・・、
それ以上は考えてはいけないような気がして、ラインハルトはブンブンと頭を振る。
そして、大きくため息を付いた後、視線を上げると、前方でこちらを眺めている人影に気づいた。
朝出ていった玲音と同じ服を纏った少女、ズボンではなくスカートではあるが。
ただ少女は、日本人が持つ黒髪黒瞳ではなく、ラインハルトが持つ色彩と同じ光る金の髪と深い青い瞳。
その瞳が自分を咎めているような気がして。
「───?」
見たこともない少女の視線に怪訝な顔を向ければ、
彼女はふいっと顔をそむけ、そのまま行ってしまった。
(何だったんだろう?)
ラインハルトは首を傾げるが、知らない少女だし考えてもしょうがないと、去った少女とは逆の、店がある路地へと入る。
店の前には、もうラウルが来ていて、箒と塵取りを持ち掃除をしていた。
おはようございます。と挨拶を交わしラウルと共に店に入る。
「昨日レオディアスとエデルトルートが帰ってきたんだろう?」
カウンター内に向かうラウルの問いかけに、ええ、まぁ。と、微妙な表情で頷いたラインハルト。
それ以上何も言わないラインハルトに、こちらを振り返ったラウルは少し笑う。
ラインハルトの浮かべている表情に、
「仕事前の一杯でもいこうか」と言うと、お湯を沸かす準備を始めた。
この店は珈琲専門であって、モーニングやランチをやってる訳ではないが、
何となく慌ただしい昼時を終え、午後のゆったりとした時間。
朝から長時間居座っていた常連のおば様方が、見たい番組があるからと帰っていった机の上の、食器を集め運んでいたラインハルトは、そう言えばと、
「中学一年生って何なんですかね?」
カウンター内のラウルに尋ねる。
今日はカミラは休みで、自ら洗い物をしていたラウルは、ラインハルトの問いかけに、
「ん? 玲音くんのことかい?」と言うと、
そうだなー、向こうとは大分違うから難しいけど。と簡単に説明してくれた。
「ふーん、小学校から大学まで、随分長いんですね」
ラインハルトは言う。
大学生とは自分と同じくらいの年頃の者達が通っているのだと聞いて、
15才で成人とされる向こうと比べると随分長い間勉強するのだなと、ラインハルトは思ったが、王宮アカデミーみたいなものかと何となく納得する。
「玲音くんのとこは小中高が一貫と聞いてるから、大学以外は余程のことがない限り通うことになるだろうね」
ラウルの言葉に大学の前、高校が終わるのは17、8才だったなと思い出し、
同時にまた別の意味も思い出して、自己嫌悪を覚える。
急に肩を落としたラインハルトに、ラウルが不思議そうに「どうしたんだ?」と尋ねてきたが、
「いえ、自分の葛藤と戦ってるので気にしないでください・・・」と、
ラインハルトは肩を落としたままボソッと呟いた。
夕方前、客足が途絶えたとこでラウルはちょっと早いけど、と店を閉めた。
家に帰る途中、路地から通りを曲がったところでラインハルトの背後から声がした。
「あれ? ライじゃん」
振り向けば、その中学生とやらの制服を着た玲音と、その後ろに男女二人の姿。
「今日は早いんだな」と、笑顔でこちらに近づいてきた玲音。
その笑顔を見て、何となく動揺したラインハルトに、
後にいた一人が玲音を引き留めると、もう一人が前に出てきた。
出てきたのは少年の方、金髪の、根元が黒いとこを見ると染めているのだろ髪をツンツンと立てた、玲音と同じ制服なのだろうが、着崩し過ぎてもはや原型を留めていない服を着た背の高い少年。所謂少し柄の悪い。
少年はラインハルトに近づいてくると、鋭い目で睨み付ける。
だけどラインハルトにとって、そんな少年の態度は何の威圧にも成らず、目線一つ上から見下ろすと、ニッコリと笑う。
そういうやり取りは向こうでも何度も経験してきたので今更だ。
少年などまだ可愛いもので、自分よりもっと体格の良い、強面の大男ともやり合ってきた。
自分より弱そうに見える勇者が許せなかったのだろう。
(でも今、自分が睨まれる意味が分からないのだが?)
全く怯みもしないラインハルトに、少年がちっと舌打ちをすると、
今度は、玲音を引き留めていた少女が前に出てくる。
朝に遭遇した少女とは違う、黒い髪を肩でスパッと揃え、縁のない眼鏡をかけた、
先ほどの少年や玲音より少し年上に見える少女。
その少女が何か言おうと口を開いたとこで、玲音が声を上げる。
「先輩方さー、ライに絡むの止めてくんね?」
何か恥ずかしいし。と、
呆れた顔で二人を押し退けると、ラインハルトの腕を取り、そのままさっさと家の方向へ歩き出した玲音に、
「玲音君!」と声を上げた少女。
それを無視し、歩き去ろうとする玲音にラインハルトは言う。
「いいのか? 友達なのだろ?」
「いいさ、ほっとけば。別に友達でもないし。
昔っから勝手にくっていてくるだけで」
そう言って振り返りもしない玲音に、気になったラインハルトが残された二人を振り返れば、
二人が浮かべる表情は玲音を心配するそれ。
ああそうか、俺が怪しい奴だと思われた訳だな。と納得する。
動揺したのは確かだし、ラインハルトとしても言い訳は出来ない。
だけども、何だかなぁ。と、玲音に引きずられながらも小さくため息をついた。
今日も玲音の両親、レオディアスとエデルトルートはこちらで夜ご飯を食べ、やはり昨日と同じくエデルトルートに引きずられて帰った。
その姿に、先ほどの自分を重ねながらも、片付けを全て終えてリビングのソファーへ腰を落ち着けたラインハルトは、
「あっちに行ってあげなくていいのか?」と、
寂しげに肩を落としたレオディアスの姿を思い出し、玲音にそう尋ねれば、
「嫌だよ、面倒くさいもん」
スマホを弄ったまま素っ気なく言う。
報われないな・・・。と、ラインハルトはしんみりとする。
玲音を想っている人達が、彼の周りには沢山いるけれど、それらは玲音にとって全部煩わしいものと捉えられてるのかも知れない。
(俺もあんまり近くにいると嫌がられるかもしれないな)
何となく・・・他意はないけど! 何となく、それは避けたい気で、自室に引きあげようとソファーから立ち上がったラインハルトに、
スマホから視線を上げた玲音が、
「ライ、甘い珈琲いれてよ」とお願いする。
こちらを見つめるその顔を見れば、
報われなくてもいいんじゃないか?と思ってしまって、
わかった。と返事をすれば、その顔は笑顔に変わる。
( ───!!)
玲音が前に言っていた、むやみに笑顔を向けるべきではないと。
その意味がようやく分かった気がする。
火照る顔を押さえながらも、玲音の為に珈琲をと、ラインハルトはキッチンへと向かうのだった。




