初めての友達
絶えず聞こえてくる笑い声にジョッキがぶつかり合う乾杯の音。ここはとある世界の酒屋、バーデンである。
「兄ちゃんおかわりー!」
「こっちも追加で2つ!」
「はぁーい!大将!追加3で!」
ここでウェイターとして働くこの男はライム・フルカワという転生者だ。ま、俺の事なんだけどね!
「ライム!手が空いたら武器屋にお使い頼んでもいいか?」
「もちろん!何すればいいんだ?」
「この素材でノーマルソードを作ってもらってきてくれ」
「了解!!」
この強面のおっさんは酒場の大将。言わば俺の師匠だ。最初はダメダメだったけど、今じゃウェイターの仕事をこなしながらお使いや採取、クエストカウンターまで幅広く任されてるんだぜ?すげぇだろ俺!!
現世で車に跳ねられた俺が転生してから約1ヶ月。最初こそは不安だったこの世界での生活も今では当たり前になっていた。起きて働いて寝る、という退屈そうに思える毎日だが意外と楽しいんだこれが!
「大将店番お願いしまぁす!」
「おぅ!安心して行ってこい」
「行くぞもふもふ!」
「キュー!」
店前でマスコットキャラクターの如く座っている綿菓子の様な生物、もふもふを連れて商店街の先にある武器屋へと走る。いつも賑わう通りの奥にある薄暗い洞窟が武器屋の入口だ。
「ノルド爺さん!」
「よく来たなライムよ。今日もわしの仕事を見に来たのかい?」
「ううん、今日は注文に来たんだ。大将がこれでノーマルソードを作って欲しいって」
すっかり私物と化した皮袋から鉄と銅を3つずつ取り出してノルド爺さんの前に置く。もふもふがまたどこかへ持ち出そうとする前に抱いておくのも毎日の恒例だ。
「ノーマルソードじゃな、任せておきなさい。夜には出来るだろうから伝えておいてくれ」
「はーい!じゃあまた後で!」
「キュッキュ!」
来た道を通って酒屋に戻る。するとまた聞こえてくる賑やかな声に思わず頬も緩みそうだ。学校もない、就職もない、時計やお金も無い。…まぁスマホ無いのは悲しいけど。とにかく自由度にガン振りした様なこの世界は今日も平和の極みである。
「ただいま大将!」
「おぉ、随分と早かったじゃないか」
「もう迷わなくなったからな!夜には出来るだろうから伝えておいてって言ってたよ」
「了解した。後で久々に呑ませるとするか!はっはっは!」
ノルド爺さんって顔に似合わず酒弱いんだよなぁ…大将に潰されないか見とかないと。
「キューキュ!」
「ん?どした~もふもふ」
「キュ!!」
「いててて!!」
さっきまで大人しかったもふもふが急に俺の腕に噛み付いた。こいつの歯地味にいてぇんだよ!しっぽよりマシだけど!
「何すんだよもふもふ!」
「キュー」
地面に着地したもふもふはプイッとそっぽ向いた。ではここでクイズ!こいつは何でいきなり不機嫌になったのでしょーか!
1、お腹が空いた。
2、嫌いな人が来る。
3、ただの気分。
正解は…
「らーいむぅ!おかえり!」
「おわっ!?レオ!?」
2番でしたー!!ってこいついきなり後ろから背中叩くのまじでやめろ!ビックリするから!
「今日も来てたんだな」
「あったりまえやろ!友達には毎日会いに来るで」
ごく普通の…というか普通すぎて現世にも居そうな見た目のこの男はレオ・ラーファという冒険者だ。かっこよさ4の可愛さ6とモテそうな見た目に反し、ヴェルハ草原の魔物にすら勝てないという奇跡のバトル音痴である。
「嬉しいけどさぁ…何その怪我、また負けたんだ?」
「せやで…全く仲間の奴ら、また僕を置いて逃げたんや!ほんま酷ない!?」
俺より少し背の低いレオはカウンターに突っ伏してぐずり出す。こいつも中々過酷な人生だからなぁ…。
「まぁまぁ…そんな泣くなよ。一杯いつもの飲む?」
「の”む”!!」
「はーい。ちょいまち」
鼻水と涙でぐしゃぐしゃな顔はいつ見ても気の毒に思ってしまう。俺は甘味料として売られている飲み物を取るべく樽置き場へと向かった。
準備している間にレオの事を少し話そう。あいつは10日程前から酒場に来るようになった冒険者。他にも数名の仲間らしき人がいたが、彼らは無傷でレオだけはいつもボロボロ。心配した大将が話を聞いたんだが、どうやらパシリにされたり盾にされたりするらしい。
俗に言う…いじめられっ子だ。
かといって生まれつき弱くて寂しがり屋なレオは一人で生きられる訳もない。故に無理に明るく振舞っては盛り上げ役兼使いパシリとして共に行動しているとか。
「ほら、飲み物持ってきたよ」
「ありがと…」
どの世界も弱い者イジメは無くならないものだな。俺もかつて1人だったからレオの気持ちは分からなくもない。まり姉が居なければ虐められてでも誰かに付き纏っていただろう。
1人は、孤独は何よりも寂しいものだから。
「そんな目に逢うくらいならいっそ縁を切ればいいじゃないか」
俺の気持ちを代弁するかの様に大将が口を開いた。だよな、大将。同じ気持ちだよ。と俺も大きく頷く。
「せやけどなぁ…」
「また寂しいからって理由か?」
「…うん。それに…」
「1人になったらやられるから、か」
「そうそう、大将さん正解」
「そこは嘘でも否定しとけよ!?」
「だって本当なんやもん!」
何度もレオの嘆きを聞いている大将は言わずとも気持ちを理解している様だ。俺のツッコミにしっかりと食いついてくる辺り、今日はまだ元気な方だな。
「キュ…?」
「もふもふちゃぁん…お前も心配してくれてん?」
「…キュ」
「ほんま可愛えわ…なぁ僕の付き人になってやー!」
カウンターに乗ったもふもふをすかさず抱き締めるレオは、自称もふもふ愛好家である。もふもふも少しは心配しているのだろうが…この行動が嫌われる原因なのだ。
「レオ、何度も言うけどもふもふは男だぞ?」
「絶対嘘!こんな可愛い子は100%女の子やろ!」
「それがほんとに男なんだって!!」
レオはもふもふの事を真剣にメスだと思い込んでいる。まぁ確かに見た目は愛くるしい生物だが…割と普通の男だぞ中身は!1度だけ会った事のある俺からしたら複雑で複雑で…。
「はっはっは!そいつはまぁ、、美人だぞ?」
「大将!?!?!」
「ほらやっぱり!ライム自分の付き人独り占めしたいからって…ズルい奴やわぁ」
「いやいやいや!!ちょっと待って?!大将何言ってんの!?」
「おっと、用事を思い出した!店番は頼んだぞライム」
「おーい!?!?!」
とんでもない戦犯となった大将はスタスタと店の外へと歩いていく。用事なんて絶対嘘だ。嘘振りまいて逃げたよあの人…!
「キュッキュー!」
「痛っ!!?え、どうしたの…?」
「キュ!」
「あぁぁ待ってー!僕のもふもふちゃぁんー!」
こいつらはこいつらで何やってんの!!?もふもふは大将を追いかけて外に、置いてかれたレオは慌てて後を追っていく。ちゃっかりとカウンターにはガラス石が5個も置いてあった。
「はぁ…。全くもー…」
この世界ではお金の代わりに素材でのやり取りが行われる。因みにバーデンではジョッキ1杯がランク1素材を3つ。おかわりの場合は追加で1つ増える。
「ジュースなら2つでいいんだけどなぁ…」
話を聞いてくれたから、とレオはいつも多めに素材を置いていくのだ。あいつは根っから良い奴なんだよな。
小さく漏れた笑みを隠して慣れた店番を再開する。すると背の高い男が店に入ってきた。俺はすっかり言い慣れたフレーズを笑顔で繰り返す。
「いらっしゃいませ!ご要件はなんですか?」