ランク5
開店時間を迎えて賑わう酒屋の戸を開ける。備え付けの鈴がリンリンと高い音を奏で、まるで俺達を歓迎してくれている様だ。
「ただいま~…」
「おっ!おかえりライム。ポーションは手に入れられたか?」
他のお客人と話していた大将が俺を見るなり声をかけてくれた。正直人混みの苦手な俺にとってはかなり有難い。人の目を気にして中々声掛けらんねぇ事ってあるだろ?それだよそれ。
「うん、交換屋に行って替えてもらってきた。店主のおじさんが1つ選別だって多くくれたんだけど…」
皮袋から4本の回復ポーションを取り出してカウンターに置く。大将は3本受け取ったが1本は返してくれた。
「1本はお前の努力分だ。大事に持っておくんだぞ?」
「ありがとう大将!」
「おぅ!部屋のチェストにでも入れておけ」
初めて手に入れたこの世界の物を落とさない様にと慎重に階段を上る。小さい頃に初めて物を貰った時もこんな気持ちになったのだろうか。なんて思い出せるはずも無い事を考えたりした。
「あの子が噂の転生者?」
「そうみたいね。意外と可愛いじゃない」
どうやら俺の噂は町中に広まっているみたいだな。テーブル席に座っていた女性達がこっそりと話しているのが聞こえてくる。
「キュッキュ!」
「わ、キリアくんじゃん!元気にしてた?」
「キュー!」
「ズルいー!私にも抱っこさせてよー!」
魅惑のもふもふボディは男女問わず大人気の様だ。スタイル抜群の女性が1番に抱き上げ、その周りに幼い少年少女が集まっていく。ちやほやされるもふもふは満足気に尻尾を揺らしていた。
「俺も来世はあーいうモンスターになるのも有りだな、うん」
ずるいぞもふもふ!その場所変われ!なんて心で叫びながら3階の自室へと走る。備え付けのチェストを開くとポーション専用のケースが入っていた。
「これをベルトに通せば持ち歩きも出来るのか…なるほどね?」
その作りに感心した俺は試しに自分のベルトに通してみる。その場で一回転したが遠心力により落ちる事は無い。
「はぇー…すっご。次から外行く時は持ち歩こっと」
回復薬があれば少なくとも死ぬ事は無いだろう。もしフィールドに出かける事があれば持って行こうと決め、チェストに戻し鍵を掛ける。
「さて、次の仕事教わりに行くか」
クエスト受給の他に手伝えるとすれば恐らく酒屋のウェイターだろう。現世でバイト経験がある俺にとって採取よりか幾分簡単だ。
「キュー!!」
「あぶっ!?ちょ、いきなり飛び付いてくんなよ!?」
「キュキュ!!キュー!」
廊下に出ようとした途端、目の前が綿で真っ暗になった。いきなり前方からもふもふが飛んできたのである。ったく危ねぇじゃん…と思ったのも束の間、かなり慌てた様子で跳ねるもふもふに違和感を感じた。
「どしたの?なんかあった?」
「キュッキュ!!」
付いてこいと言わんばかりに後ろを確認しながら1階へと向かうもふもふ。頭に疑問符を浮かべながら俺も着いて行く事にする。
先程の空気とは一変、大勢の人がカウンターの周りに集まって何やらザワついていた。何かあったのか…?喧嘩…じゃ無さそうだし、、。
「おいライム」
「は、はい!?」
「こっちへ来い」
にこやかな大将の面影はどこにも無く、低くドスの効いた声で俺を呼ぶ。この声は初対面の時に聞いて以来だ。俺もしかして何かやらかした…?!
その声を聞いた人々が俺が通れる様に道を開けてくれた。縮こまりながら通ると交換屋のおじさんが血相を変えて薬草を手に持っている。
「兄ちゃん!一体どこでこれを手に入れたんだい!?」
「どこって…すぐ近くの森ですけど…」
「西か?!東か?!」
「へ?えっと…多分西、だよな?もふもふ」
「キュッキュ!!」
思わず後退りしてしまいそうになる程の勢いに俺の頭は真っ白だ。咄嗟にもふもふに話を振るとYESの反応を示す。
「西の森って…」
「あの子バケモノのとこ行ったんだ」
「バケ…モノ?」
「…これは説明しなかった俺にも責任があるな」
周りから聞こえるヒソヒソ声に紛れる恐ろしい一単語を無意識に復唱した時だった。ずっと考え込むように黙っていた大将が口を開く。
「薬草は東の森に一生かかっても取り切れないと言われる程生えていたはずだ。だがお前らは西の森に行った。そういう事か?」
東に生えてたのかよ!?やっぱ薬草っていくらでも取れるもんなんじゃん!!
「え、えっと…東の森には行ってない」
「何?最初から西に行ったのか?」
「うん、、もしかして行っちゃダメだった…?」
俺をジッと見つめる大将は深く溜息をつく。何かは分からないがしでかしてしまったのだろうと思った俺は、ごめんなさい!と頭を下げた。やばい…絶対怒鳴られるやつだよ!?どうしようこれ…。
しかし俺の気持ちとは裏腹に、大将は頭を撫でてきた。見ていた通りの大きな手でぽんぽん、と優しく。
「…へ?」
「金輪際あそこに行ってはダメだ。だが、よく生きて帰ったなライム」
「兄ちゃんの行った森は凶暴なモンスターが住み着いててねぇ、入ったら最後命は無いなんて言われてたんだよ」
そういうレベルのとこだったの!?まじで死ぬとこだったじゃん俺!!
唖然とする俺に交換屋の主人は薬草を見せてくれた。俺の持っていった薬草の半分以下の大きさで色あせた草である。
「これが本来の薬草でランク1。で、兄ちゃんが持ってきたのはランク5の超高級品よ」
「ランク5!?」
「そうだ、俺も長年ここで交換屋をしているが実際に見たのは初めてでねぇ。最初は育ち過ぎただけかと思ったくらいだ」
恐らく5はランクの中で最上位なのだろう。頑丈そうなガラス張りの入れ物に入れられて中の水に浮いているそれは、どこか胸を張っている様に見えた。草だけど。
「ねぇねぇしつもーん!」
俺らの様子を見ていた少女が勢いよく手を挙げた。さっきもふもふを抱っこしたいと願っていた子だろう。赤毛のポニーテールがふわりと揺れる。
「転生者様はどこでこの薬草見つけたのー?」
「て、転生者様って俺!?」
「お前以外に居ないだろう、そんなレア物は」
様って言われたの初めてなんだけど!?俺そんなにレアなん!?大将の言葉に暗かった雰囲気から一変、そこら中で笑い声が聞こえてくる。
推定120センチぐらいだろう少女と目線を合わせるべく近くにしゃがむ。真ん丸な赤色の瞳が興味からかキラキラと光っていた。
「森に入ってしばらく歩いた所に大きな岩があるんだ。そこにいっーぱい生えてたんだよ!でも怖い所だから行っちゃダメ。分かった?」
「わかったぁ!ありがとう転生者様!」
めっちゃ可愛いこの子…天使of天使!!あ、別に幼女に興味があるとかそういうのじゃないからな!?俺そこまで危ねぇ奴じゃないし!うんうん!!
律儀にお辞儀までしてくるその天使は小さな手を振って母親と思わしき人の元へ戻って行った。次第に集まっていた人達も次々と自分の場所へ戻り、カウンターには俺と大将だけが残る事となる。交換屋のおじさんはいつの間にか居なくなっていた。
「毎度毎度、苦労は付き物らしいな」
「ほんとに…西の森ダメだって分かってたら行かなかったよぉ」
「はっはっは!!まぁ何事も無かったのだから良しとしようじゃないか!次からは行くなよ?」
「ぜっっったい行きません!!何があっても!」
こうして無事?に終わった初クエストの報酬は護身用の小さな剣だった。
右も左も分からないこの異世界と呼ばれる場所で、俺はライム・フルカワとしての一歩を踏み出す事となる。第2の人生の幕開けじゃい!