いざヴェルハ草原へ!
「だいじゃーーんぷ!!」
「キューー!」
風を切って広大な草原を思いっきり走る。足を伸ばすだけで越えられそうな大地の割れ目を大きくジャンプして越えた。後に続くもふもふも難なく着地を決める。さっすが俺の付き人!
「いやぁすっげー気持ちい!草原最っ高!」
もふもふの様に人懐っこい魔物しか居ないここ、ヴェルハ草原はとてつもなく平和だ。ゴロンと仰向けに横になると日光が当たっていた地面の熱が背中に伝わってじんわりと暖かい。
「平和ってこーいう事言うんだろうなぁ」
「キュ?」
「んはは、もふもふには分かんねぇか」
この世界に住んでいればきっとこの景色が当たり前なのだろう。もふもふはやたらとテンションの上がっている俺を不思議そうに見つめていた。綿菓子の様な可愛い見た目のこいつがあの男なんて未だ信じられねぇけど…まぁこの世界なら有り得んのかな。うんうん。
「なぁもふもふ、薬草はともかくガラス石ってこの辺で取れんの?」
「キューキュ!」
目の前でピョンピョンと跳ねる。もふもふのこの反応はYESだ。てっきり洞窟に行く事になると思ってた俺はホッと胸を撫で下ろした。
「じゃちゃちゃっと終わらせて早く帰りますか!」
十分にこの長閑な雰囲気を堪能した所でようやく素材集めを開始した…かったのだが、あまりに心地よい地面は俺の体を離してくれない。許せ、これは不可抗力なんじゃ…!!
「キュッキュ!」
「んぉ?どした?」
起きたい自分とまだ堪能したい自分が天使と悪魔になって葛藤する最中、もふもふが俺のすぐ隣で地面を叩いている。そしてな石ころを俺の方に投げてきた。
「いってぇ!!石投げんなよ!?」
「キュー!」
当然避けられるわけも無く、頬にクリーンヒットする。大きさの割にやたらと固く重たいそれはガラスのように光っていた。これはもしかして…?
「お前これ…もしかしなくてもガラス石だよな!?」
「キュ!」
「ナイスぅ!石掘りのプロ!」
手の平サイズのガラス石でいいのか?とも思ったがサイズについては特に指摘も無いのでまぁよしとしよう。体を起こして辺りを見るとあちらこちらで光が反射していた。
「これ全部ガラス石なん!?」
「キュッキュ!」
反応はYES!楽勝じゃんこのクエスト!!早速指定された通りに3つを皮袋に入れ、落とさない様にしっかりと紐を締める。そして残りの薬草を探す事にした。
何だかんだ探し回る事1時間、街から離れ過ぎない距離をくまなく探したが一向に薬草は見つからない。これもしかして簡単だと思ってた方が難しいパターンでは…?
「うわぁこの前の森だ…。この中入らないとダメなのかな…誰も出てきませんよーに…」
薄暗い森に足を踏み入れる。最初に訪れた…というか転生させられた初期地点なのだが、今改めて入るのは少し抵抗があるのだ。日光のありがたみを痛いほど感じるわこれ…。
「キュー!」
「薬草あった!?」
「キュッキュ!!」
遠くでもふもふが跳ねている。いつの間にあそこまで行ったんだよ…と言うのは置いといて。跳ねてるという事はここに薬草が!!
「ここにあるのか……って…これ無理だろ!?」
目の前に聳え立つ岩盤の上に丁度人一人が立てる程のスペースがあった。と言ってもかなりのヒビが入っており、一歩間違えれば地面に体がダイレクトアタックするだろう。
「いやいやいや!普通薬草ってそこら辺に生えてるもんじゃない!?こんな決死の覚悟で行くの!?」
「キュッキュ!」
「YESなんだね!?こればかりはNOと言ってくれよぉ…」
下から見る限りそのスペースには薬草が5…6、、いや8つはある。一度行ければもう大丈夫だろうが行くまでが苦難過ぎるのだ。
「これどーすんのよ…登んなきゃなの?」
「キュッ…キュ!」
運動部にでも入っておけばよかった…と今更後悔しても遅い。他に探しに行って日が暮れてからここに戻るのだけは勘弁だと思った俺は、意を決して比較的安全そうな足場を選ぶ事にした。
「よっ、、ほっ!よっし完璧!」
怖い故の慎重さが功を奏し、地上5m位にあるスペースへと到着した。案外行けるもんなんだな。
「結構デカイなこれ…いやこういうもんなのか?薬草なんて見たことねぇから分かんね…」
「キュー!」
「今取って戻るからちょっと待ってt…」
「グルルルル…」
「…は??」
下で鳴くもふもふに返答し、皮袋に薬草を6つ詰めた時だった。岩盤の上から狼の様な唸り声が聞こえてくる。しかもそいつは胴体1つに対して2つの顔がついている生物。
俗に言う…ケルベロスだ。
「…うわぁぁぁぁ!?!」
サッと血の気が引き、俺の中で一瞬止まった時は彼らの奇襲と共に動き出す。
「逃げんぞもふもふ!!これやべぇって!」
「キュキュ!」
足場が数個崩れたのは最早気にしない。ってかその余裕が俺にはねぇ!!運動会の某BGMが流れそうな地獄の追いかけっこが幕を開けてしまった。
「キューー!」
「お前走んの早!?ちょ、置いてくなってば!!」
森を抜けてた途端、普段のんびりと俺の後ろを着いてくるもふもふが馬並のスピードで真っ先に逃げていく。
「はぁ…な、、なんとか振り切った…」
無我夢中で走り続け、門にたどり着いた頃にはもう追っ手は来ていない。こんな事になるならズルしてでも薬草買った方がマシじゃね…?まぁ俺金ないけどさぁ。
「次何すんだっけ。えっとメモは…あれ?どこいった?」
今の追いかけっこでどこかに落としてしまった様だ。ポケットに入れていたはずの紙が見当たらない。取りに戻ろうにもまた出会す事を考えると自然に体が拒絶反応を起こす。
「確か交換屋だったよな。回復ポーションとかなんとか」
皮袋を手に人が多い通路へと足を進めた。ポーションの聞いた時に某ゲームの透明化を思い浮かべた俺の記憶に間違えはないはず!!
前に大将に案内してもらった商店街は昨日とはまるで別の場所の様に人が多い。これが普通で昨日が特別なのは分かるが…俺にとっては今日が異常事態にすら見える。
「こんにちは~…?」
「へいらっしゃい!」
ここ寿司屋か?!と思う返答を返してきたのはねじり鉢巻をした中年のおじさんだった。交換屋のプレートが下げられた店に足を踏み入れる。
「あのこれ…回復ポーション3つと取り替えて欲しいんですけど」
「薬草6つとガラス石3つか!ほいよ、トレード成立だ!」
「早っ…」
中身をカウンターに乗せると後ろの棚から三本の瓶を渡してくれた。これが回復ポーションなのだろう。薄桃色の透き通った液体が入ったそれを皮袋に入れて店を出ようとした…その時。
「あり?兄ちゃんもしかして大将んとこの転生者かい?」
「ぅえ!?」
「その反応…やっぱりそうか!いやぁ昨日から匿ったって聞いたからいつ会えるのかって楽しみにしてたんだよ」
そう言って笑う交換屋の店主は選別だ、とポーションを一本おまけしてくれた。
「あ、ありがとうございます…!」
「いいって事よ!今後もご贔屓にな」
優しい人で助かった…と思う一方で貰っていいのかと迷う気持ちもあったが有難く受け取る事にする。いざって時に使えるかもしれないからな。
「さてと…大将のとこ戻ろっか」
「キュッキュ!」
たかが素材を取りに行くだけの2時間…のはずだったのだが、体感的には倍以上の時間を費やしたように思える。俺達は平和な街並みに安堵しながら酒場を目指したのだった。