散々な1日
心地よい太陽と爽やかな風、そして隣を歩く…青年。これが美女だったら最高なのになぁ、なんて欲が出てくる。まぁ同性でも有難いけどな今の状況は。
「もふも…お前はなんで人の姿を保てないんだ?」
「もふもふでいーよ。結構好きだしその呼び方。まぁ
色々な訳あるんだよねぇ。月に一度、1時間ならこうして人に戻れっけど」
「ふーん…なるほどね?」
頭の後ろで手を組み延々と続く草原を歩く俺に、もふもふは色々な事を教えてくれた。
異世界転生委員会という夢の様な団体が存在する事。
この世界には俺以外にも転生してくる人がいる事。
そして転生者には付き人として委員会のメンバーが1人配属される事。俺にとってはその付き人とやらがもふもふというわけだ。
「にしても神にすら哀れに思われるって笑っちまうよなぁ…」
「前世何してたんだよまじで。最近じゃ滅多に人来ねぇのに」
「まぁ…色々?楽しくはなかったよ、うん」
「ふぅん。ならオレがこの世界じゃ楽しめるよーにしてやるぜ!」
適当で面倒臭い奴かと思いきや、いきなり頼もしいことを言い出すもふもふ。さっきとのギャップに思わず吹き出してしまった。だって笑うだろ、さっきこいつスケッチブックぶん投げてたんだよ?
「何笑ってんだよぉ」
「何でもねーよ!ただお前面白いなって」
「そうかそうかぁ~!オレ面白いかぁ!あっはっは!」
これは素直と言うべきなのか馬鹿と言うべきなのか…。両方当てはまるのではないかとすら思う。まぁ根は真面目なんだろな。さっきからずっと俺の少し後ろを着いてきてるし。犬みたいとか言ったら怒るだろうから言わないでおこう。
さっきもふもふに聞いた話によると、哀れの間とは神が「こいつの人生哀れやな~」と思った人のみが行けるとんでもなく馬鹿にされた場所だ。言わば人生の再選択場らしい。三つの看板は左が「現世で生きたい」中央が「異世界に行きたい」右が「あの世に逝きたい」の意味の様で、一歩間違えればお釈迦になっていたという。いや軽率に怖すぎんだろ…。今後の選択は全て真ん中にしようと心に誓う。
「見えてきたぜ!あれがライムの暮らす街、フェアーナだ」
「おぉー!想像通りの初期地点だ!」
もふもふの指差す方向には街…というかは村寄りなこじんまりとした開拓地があった。木で出来た大きな門の前には人は居らず、旅人様いらっしゃいなどと書かれている。
「ここで俺は何をすればいいんだ?」
「キュキュ!!」
「きゅ……ん??もふもふ!?」
「キュー!」
いつの間にか1時間が経過したのだろうか。もふもふは名前の所以なる姿に戻っていた。いやこれどうすんのよ!?俺はどうすれば!?
「もふもふぅぅ!!俺はどうすればいいんだよ!?お前だけが理解者だったのに…!!」
「よう兄ちゃん、旅の者か?見慣れない顔だな」
コミュ障な俺を置いていかないでぇぇぇ!!と喚いていると、いつの間にか後ろから低い声が聞こえてきた。
来たこのパターン!!住人、もしくは俺の手助けをしてくれる人がちゃんと絶えないようになってる!
「えっと…転生者?って奴なんですけど」
「転生者だって!?こりゃ驚いた。本当にいるとはなぁ」
高らかに笑う冒険者であろう男は何処か優しそうだ。まじで助かった…今回の人生はイージーモードだな。俺はもふもふを抱いて自分より背の高い男を見上げた。その瞬間、口元が三日月形に開くのを目にする。
「うひひ、転生者なら高く売れんだよ…ほら兄ちゃん、俺の為に死んでくれや!」
「はぁ!?!」
まさかの敵陣営だったぁぁぁ!!知らない人に声かけられたら逃げなきゃ行けないのかよこの世界も!!
斧を取り出して斬りかかってくる大柄な男は見るからに攻撃力が高そうだ。これに当たれば確実に即死だろう。
「嘘だろ?!ちょ、待ってタンマ…っぶな!!」
間一髪で避けた斧の刃は地面にめり込み、綺麗な大地に割れ目を入れる。
「ちょこまかすんじゃねぇよ兄ちゃん、大丈夫だって痛くない様に殺してやっから!」
「もう二度目の死は勘弁なんじゃぁ!!」
なるべく人の多い所へ逃げ込もう、と考えた俺は街中の商店街と思しき通路へ全力で走る。後ろから追いかけてくる男は幸いにも足は遅い様だ。人混みに紛れれば逃げられる…!
「はぁ…はぁ…ここまで来れば……あぇ?」
だが目の前には殺風景な景色が広がっていた。人っ子一人見当たらない。モンスター1匹さえも。
「キュキュ!」
もふもふが駆けて行った先の掲示板には___
今日は数年に1度の一斉休業日と書かれている。
「なんっでやねん!!」
思わずバシッと掲示板を叩いてしまった。剥き出しの木が手に当たると無駄に痛い。
「終わった…ここまでツイてない事ってある?確かに今朝の星座占い最悪だったけどさ!!この世界では無効になってくれよぉ…」
「あいつどこ行きやがった?」
俺は咄嗟に路地裏に身を隠す。幸いにもここは相手からよく見えない場所のようだ。息を殺して様子を伺っていると足音が遠のいていった。
「ふぅ…行った、か?」
「キュゥー!」
「あれで八つ裂きにされるのは勘弁だからなぁ」
俗に言うドラマの殺人シーンを思い浮かべた俺は身震いする。あんなの有り得ねーよ、と言いたい所だが言えるわけも無い。そもそもこの世界自体が有り得ないの塊なのだから。
「キュッキュ!」
「今度は何ぃ…?」
「お前が転生者か」
またなんか来たよ!?誰このおっさん!!と心の中で叫ぶ俺。先程の奴とは違い、見た目からして強そうで怖いその男は左目が眼帯で隠れている。片目だけでも十分な威圧感だ。
「こっちへ来い」
ブレザーの首根っこを掴まれてずるずると店の中に引きずり込まれる。どう考えても最悪なシナリオしか浮かばないこの状況で俺に出来る事…それはせめてもの抵抗だ。
「嫌だぁぁ!この天国でまた死ぬの!?俺今度こそ地獄行きなの!?」
「つべこべ言うな!」
バタンッと勢いよく目の前の扉が閉まる。死を覚悟した俺はもふもふを路地裏に置いてきてしまった事に後悔した。
「たぁすけてよぉー!もふもふー!」
俺の声は虚しくも暗い建物の中でこだまするばかりだった。