はじめましてもふもふ
「ここはどこ?わたしはだれ?…なんてやってる場合じゃねぇ!!」
今いる場所に絶望を感じた心が無理矢理大ボケをかまし始める。俺がボケに回ったらほんとに終わりだぞ…しっかりしろ俺!ここは多分異世界!俺はらいむ!OK!!
「よし。とりあえず誰かぁー!居ませんかー?」
俺の声は虚しくも深い闇に吸い込まれていく。一人が故にゲームをする事が多かった事を今になって感謝する羽目になるとは…。何が起きてもおかしくないゲームのおかげで不思議と冷静を保つことが出来る。大体初期地点にはNPCがいて説明をしてくれるはず、と睨み近くを歩き回ると案の定奥に影が見えた。
「居た!ちょっとすみません…ここら辺に街は…」
「キュ?」
「ん?……モンスター!?!いやいや!初回から戦闘パターンなん!?」
人だと思い声をかけたソレはもふもふとした見慣れない生物だった。驚いて腰を抜かした俺をジッと見てくる謎のモンスター…。
いや、謎のもふもふ。
「キュキュッ!!」
「あら…?あんま怒ってない?」
「キュ!!」
うん!と言わんばかりに飛び跳ねるもふもふは、真っ白で4本足と何処と無く可愛い。というか敵ならばかなり弱そう…なイメージだ。言わばペットだとすら感じてしまう大きさである。
「俺の言葉通じてんの?」
「キュキュ!」
「お!ナイスナイス。じゃあこの森の出口わかる?」
「キュゥ…」
「分かんないかぁ。あのさ、一緒に探してくれたら嬉しいんだけど…」
あからさまにシュンとするもふもふに申し訳なくなった俺は共に行動する事を提案した。するとあっさりと俺の肩に乗ってくる。何こいつめちゃくちゃ可愛いじゃん!
「キュー!キュ!」
「お、なになに?そっちになんかあんの?」
「キュキュッ!」
共に林道を歩く事数十分。もふもふが走り出したので後を着いていくと、ようやく小高い丘が見えてきた。ピクニック関連の絵本に出てきそうな素晴らしすぎる景色。
「こりゃぁ…絶対日本じゃねーわ」
日本のどこかにワープしたのでは?と僅かに思っていた俺の思想を打ち砕くほどの光景が目の前に広がっている。雲一つない青空には謎の飛行生物が群れをなして飛び、草原には多数の生物が蠢いているのだ。
「はは…どーすんのよこれ…」
「キュー!」
「んぉ、どしたー?もふも……ふ…?」
壮大なBGMが似合うであろう景色に圧倒され、乾いた笑いと不安しか出てこない俺を呼ぶ可愛らしい鳴き声。しかし振り向くとこの世界の癒しだと思っていたもふもふの姿はどこにも無い。
「どこいった?」
「…もふもふは仲間になりたそうに貴方見ている」
「可愛い…もちろん仲間に!!って誰お前!?」
目の前にいたのは少し長めの髪を揺らす青年だった。俺よりか頭一つ分ぐらい背が高い。少しムスッとした様に頬を膨らませている。
「あぁぁぁごめん!お前とか言っちゃってごめん!」
「……」
「お、怒ってる…?あ、怒ってます…?」
黙っちゃった…どうするよ俺!元々人と話すの苦手だからじゃ言い訳になんねぇよ!?
風に茶髪を靡かせる青年は俺の慌てっぷりにクスッと笑った。
「んふふ、お前おもろいね」
「へ?そ、そう?」
面白い、なんて言われた事が無い俺は間抜けな声を出してしまった。それを聞いてか青年は更に笑い出す。そして距離を縮めてきた。
「オレの事覚えてる?」
「え、覚えてない…かな…。完全に初対面だと思うんだけど…」
「ふぅん……ならこれは?」
そう言って目の前の天使は筆を取り出した。先端が黒いごく普通の筆。だがとても見覚えがある、記憶に新しい筆。
「すみぬりきょーかしょ、とか言ってたから渡したんだけど」
「まさかお前…あの時の声の人!?」
「だいせーかい!!」
パァッと表情を明るくする辺りはまるで子供の様だった。だがどうも腑に落ちない。あの機械的でカタコトだった言葉とは思えない程流暢に話している。ましてや日本語を。ここ異世界なのに。
「ちょっ…と待ってね、整理したい」
「整理?」
「色々とね、うんうん」
「オレに手伝える事あったら言ってよぉ?」
俺が王で家来にかわい子ちゃんを連れている、なんて設定を夢見たがどうも違うらしい。なんて事を考えてる暇無いだろ俺!全くもって分からない…というのも理解が追いつかないのだ。謎が謎を呼び、謎が増えてく系無限ループが止まらない。
「…説明を頼む……」
「りょ!どっから話せばい?」
「俺が死んだっぽい所から…分かんの?」
「あいよー、オレ天才だからね」
「いや分かるんかい!」
元気いっぱいに返答する青年はどこからともなく取り出したスケッチブックの様な物と筆で小さな紙芝居が始まった。もちろん小高い丘の上で風に吹かれながらという滑稽さである。
「タイトル。ライムの軌跡」
「おぉ~…そこから始まんのか」
「異国の地、日本に住んでいたライムはいきなり死んでしまいました。くるまとか言う奴に殺されました」
開始からヘビー過ぎねぇ?!ってか名前なんで知ってんの!?殺されたって改めて言われるの複雑だけど…まぁそれはもういいか。声に出せば話が逸れてしまうと思った俺は大人しく話の続きを聞く事にする。話し方が違い過ぎるのはきっと読み上げてるせいだと思い込む事にしよう。
「異世界転生委員会であるオレは哀れの間に浮いていたライムに3つの選択看板を用意しました。現世に戻るかあの世に行くか、その二択だと思っていたのですが…なんとびっくり!ライムは真ん中の転生を望まれたのです。面白かったオレは早速転生を行いました」
「…うん、うん、」
「しかしオレは長い事人の体を維持する事が出来ません。その為普段通りの姿でライムの前に現れる事にしました」
笑いながら話す青年…いやもふもふに最早ツッコむ事は出来なかった。というかこの世界に来たこと自体がそもそも不思議すぎるんだよ…ツッコミ所しかねぇんだよなぁさっきから!
「オレは初めて使い人になる身なので不甲斐ないかと思いますが…ってこれ言いたくねぇからいいや」
「言わねぇんかい!!」
「これは言いたくねぇの!変な文章考えんだよなぁあの委員会」
ポイッとスケッチブックを放り投げるもふもふ。俺の直感が言っている、こいつは面倒臭い奴だと。
「まぁいいや…他にも色々聞きたいんだけどいい?」
「ええよー、でもその前にこれ飲んで」
渡されたのは苺ジュースの様な液体が入った小瓶だ。
「これは?」
「酔い止め」
「また!?この世界酔い止め多くね!?」
「これからの人生テレポーテーションで酔うと大変だろ?1回飲めば一生効くから大丈夫」
はぇー…テレポートとか体験出来るんだな俺。真っ向に向けられる笑顔は嘘をついている様には思えないし今更疑った所でどうしようもない。無味無臭な液体を飲み切ると小瓶は勝手に消滅した。
「世界での生態を確認。ライム・フルカワ。登録完了」
この世界の物を口にした為に認識された、という感じだろうか。見慣れない半透明な板を操作するもふもふは俺の視線に気付くなり笑みを浮かべる。
「じゃ、街行こーぜ!話なら道中で聞いてやっから」
ヴォンと目の前に表示された半透明な板。恐らくステータスメニューとかいう類のものだ。その中央にはデカデカと赤い文字が表示されている。
異世界にようこそ、と。