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思いの木  作者: 暇したい猫(桜)
番外編 もう一つの思いの木
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EX チャプター4


 でもその日から彼は思いの木に来なかった。次の日も、また次の日も来なくて、十日過ぎにやっと誰かが来ていた。 でも、私の知っている人ではなかった。スーツを着こなし、髪を後ろに結んだ女の人だった。


「あなたが、深海蒼さんですか?」

「はい……?」

「私は大空輝青の家のものです」


 私の前に現れた彼女は彼の親戚の人だった。彼女は私に気づくと軽く挨拶だけして要件を告げる。彼が死んでいる事を。彼は最後私の事を呼んでいてくれた事を。


「空が海のように蒼い」


 それが、最後に彼が言った言葉だった。

 一人になって、私はビー玉を思いの木に置いた。彼に返さないといけない気がしたから。これは彼の大切なお守りだから。

 見上げると、思いの木はいつの間にか私の背を越していた。そして、空は海の蒼ではなかったけど青かった。私の顔は微笑んで、涙はなぜか出なかった。


     ◇


 あれから数年たった今でも涙は出ない。私って意外と薄情なのかも。


「あ、いけない、いけない。手が止まってる」


 再び赤ペンを握りなおして国語の採点をしなおす。


 ――「んじゃ、また思いの木で」


「え!!」


 後ろから彼の声が聞こえた。振り向くと誰もいない。


「……今日は彼と出会った日」


 けれど、ふと思い出す。


「青井先生!!」

「は、はい!!」


 いきなり呼ばれて青井先生は驚いたように跳びあがる。採点間違いをしたのかとおびえる。


「ここにある国語のテストの採点もお願いします」

「はい……って、えー!!」


 私は青井先生が驚いている間にバックを持って職員室を出る。目的地は思いの木。そんな私を見て青井先生は深いため息をついた。


「私ってもしかして大損してます?」


 青井先生は周りの先生から「ドンマイ」と言われる度に頭を抱えることになった。


     ◇


 思いの木の手前で私は一度立ち止まる。右手には花束が握られていた。。考えれば、彼が死んでから一度もここにきていない。もう彼がいないことを知っていたからだろうか?

 でも、今なら行けそうな気がした。ゆっくり一歩ずつ歩いていく。


 ――「よ、遅かったな」


 また彼の声が聞こえた気がした。丘の上で私を待っているように感じる。私は丘を駆け上がった。一歩、また一歩と。

 でも、そこで待っていたのは彼ではなかった


「つばさ君?」


 そこにいたのは二年前の私の生徒だった。何を期待したのだろう……私は落胆しながら思いの木を見上げた。もう彼はいないのに。


「先生?」


 つばさ君が心配そうに言う。


「ああ、ごめんなさい。ちょっと動揺しちゃった……。」


 私はゆっくりつばさ君の隣まで歩いた。そして、花束を静かに置く。


「つばさ君はどうしてここに?」

「……ここにいると、つながっている気がするから。明や志穂と」

「そっか。つながる、か」


 つばさ君も親友と呼べる人を亡くしていた。もしかしたら私とつばさ君は似ているのかもしれない。


「先生もね。つながっていたい人がいたの」

「つながっていたい人……」


 つばさ君が私の顔を見る。


「だけどその人は突然いなくなったんだ。ほんと……急に」

「……その人幸せだと思う。いなくなっても、それまでそこにあった思いと時間は本物だから」


 それを聞いた時は少し驚いた。確かにここにあった思いと時間は私達のものだ。それがわかって、私が涙を流していることに気づいた。きっと今まで夢のように思っていたんだ。私は涙をぬぐう。


「……そうね。うん、そうよね」


 そこから見上げた空は前より青く感じられた。


「いたー! つーばさー」


 つばさ君と同じ制服の女の子が登って来る。さらにもう一人駆け上がってきた。


「うん!! 今行くー」


 つばさ君は駆け上がってくる二人に返事をした後、自分のかばんの中から小さな小包を取り出した。


「先生、これあげます」

「え、でも」

「いいんです。何故かあげないといけない気がするから」


 つばさ君はにっこりと笑って、私の掌に小さな小包を置いた。


「それでは、いってきます」


 つばさ君はかばんを持って丘を駆け下りていく。


「いってらっしゃい。これ、ありがとうね」


 私は優しく応えて見送った。そうして、つばさ君が見えなくなって、私は小包を開けてみる。


「ビー玉……!?」


 小包の中に入っていたのは彼が持っていたビー玉だった。私が持っていたビー玉と違って蒼い。本当に宇宙があるように思えた。そのビー玉を空に透かして辺りを見回して見る。そして、気づく。


「大好き」


 大きく育ち枯れた思いの木の幹に書かれた小さな文字。

 遠い昔の告白。


「……生きててよかったよ。輝青君」


 そして、私は泣いた。ずっと聞きたかった言葉を、呑み込みたかった言葉をやっと聞けた気がした。

 次の日の朝、私はいつもと同じ朝を迎える。

 私が思うには泣くには勇気がいる。誰かに支えてもらわないと泣けない。だから、一生懸命泣くことで前に進める。明日、第二歩を踏めるように。


「いってきます」


 ふいに見上げれば、そこには海よりいっそう蒼く清々しい空があった。




 まずはここまで読んでくださりありがとうございます。

 この小説は著者にとって初めて書いた小説ということもあり、思い入れもあって、あえてあまり手を付けずにそのまま投稿させていただきました。


 正直、この小説を読んでいただいて楽しんでいただけたかは私にはわかりません。ですが、少しでも「読んでよかったなー」と思っていただければ幸いです。


 (長々とあとがきを書かせていただきました)桜でした。

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